力を背景に、私たちに恫喝紛い……というより、もはやただの恫喝を行っていた双子の魔女と仲間達。
本人たちとしては、縁の有るこの街を護るため、不審な人形に圧を掛けた、程度の認識だったのだろう。
気持ちだけなら
このクランの良識だと思っていた眼鏡は、このクランの中では、と言うレベルでしか無かったし、そもそも強者とは言え普通の人間種の中での話だ。
如何に彼がイリスを諌めようとも、本気で暴れられては止められまい。
力で押さえつけるやり方に慣れすぎて、双子は人との接し方を忘れてしまったのだろうか。
そんな危うい有様では、いつか双子同士で殺し合いに発展する未来も有りえそうだが……忠言をくれてやる義理も無いだろう。
偉そうに批評している私だが、街のあちこちに爆発物を仕掛けて不特定多数の人間たちを人質にしている立場上、あんまり人様に強くは言えない。
「それでは、状況を理解して頂けた所で、私からの要求を変更します。時間魔法と空間魔法、それぞれの魔導書を頂けますか」
非人道的な手段だと自覚しているが、それを選ばせたのは、私に対峙している双子だ。
私は開き直った勢いに任せて、強気の態度を崩しはしない。
私の要求に、リリスが狐面の下で、口元をきつく引き結んだ。
「……魔道士に魔導書を寄越せとか、結構な無茶を言ってる自覚は有るか?」
妹が同じく狐面で表情を隠し、それでも感情を隠しきれずに噛み付いてくる。
破壊されない事を優先していたならば萎縮もしただろうが、今は状況が反転している。
私の破壊が反撃のトリガーなのだから、私の要求がどう転がっても問題無い。
私が消失した後で、彼女たちが霊廟に侵攻することが予想されるが、その対策を講じる時間がなかったのが悔やまれる所だ。
まあ、差し当たっては扉を
「私たちの素性の確認もせず、ろくに話も聞かずに尋問と称した恫喝を行った件。私が真剣に
罪状を指折り数えてやろうかと思ったが、止めた。
数えきれない程有る、と言う訳でもなく、すぐに思い付く大きな事と言えばそのくらいだったのだ。
本当に細かい所で言えば、まあ、この屋敷で暮らしている事そのものがストレスである時点で、出てこない事もないのだが。
「街を盾にしてる分際で、随分偉そうじゃねえか。真っ向から戦って見せろよ、卑怯者……!」
歯噛みするイリスの間抜けさ加減が、そろそろ数周回って愛おしく感じなくもない。
錯覚でしか無いが。
「力を持っていると言うだけの理由で人様を見下す間抜けに、どうこう言われたくは有りませんね。正面から戦うことしか考えないから足元を掬われるのです。何度でも言いますが、この街が滅ぶとしたら、それは
実際、全力の彼女の前に立ったら、私は何秒立っていられるだろうか。
それほどの戦力差を抱えながら、イリスは今、無力だ。
「……良くもまあ、仕掛けも仕掛けたり、ね。範囲が広すぎて、一瞬で回収なんてとても無理だわ。
リリスは口元を歪めると、悔しげに溜息と泣き言を吐く。
「こんな形で出し抜かれるなんて、考えもしなかったわ」
「今実行したら仕掛けた魔力炉が暴走するのでお勧めしませんが、人形を相手にする際には、人形の魔力炉の停止を優先するべきです。下手に追い詰めると、自爆しますからね」
私のように。
イリスの言葉に被せた台詞の最後の文言は、心の中に留め置く。
わざわざ告げる必要もあるまい。
「幾ら何でも遣り口が陰険だろうが。そりゃあ俺達だって、褒められた接触の仕方はしなかったけどよ。だが、その件についても謝ったし、その後だって随分気にかけてたんだぜ?」
イリスもまた、打ちのめされたような声を上げる。
室内の他のメンバーは、静かに私たちの遣り取りを傍観している。
事此処に至って、随分と悠長な事である。
「接触の仕方と言うより、その後ですね、問題が有ったのは。舐めた態度でヘラヘラ笑ってみせるのが謝罪の
怒らせないように努めて言葉を選んでいた鬱憤のタガが外れると、なかなかに楽しい気分になる。
トレードオフは私の生命だが、なればこそ、言っておかねば損であろう。
「マスターの霊廟に無断でポータルを設置までして、口先の謝罪の真似事で済ませようとする見下げ果てた性根で、偉そうに何を仰っているんだ、と言う話ですよ。私たちの大切なものに土足で踏み込んだ報いに、
私は自分で思っているよりも、酷く怒っていたらしい。
眼の前の双子の様に怒りに表情を歪めることはしないが、その傍らの不死姫のように、凍った表情に凍てつく吹雪を纏わせて。
――私は、それ程までに、「霊廟」に愛着があったのだろうか。
「悔しいわね、私たちの敗けよ。仕掛けた場所が巧妙すぎて、遠隔で無力化も出来やしない。そんな事に時間を使うなら、素直に謝罪して、要求に応じたほうが早くて確実よ」
怒りの相を解いて、あっさりとリリスが両手を挙げた。
魔女に降参を宣言させるとは、エマはどんな難所に罠を仕掛けたのだろうか。
「おい! リリス!」
意外に思ったのは、私だけでは無かったらしい。
悔しさの色を濃くして、イリスは姉へと顔と狐面を向ける。
私ですら、怒り狂った魔女に破壊される事しか想像していなかったと言うのに。
「……私だって護りたいものが有るのよ。そもそもの引き金を引いたのは私だし、致命的な失敗をしたのはアンタよ、イリス。もう、謝罪なんてレベルじゃ済まないでしょ、降伏よ、降伏」
手を降ろして狐面を外し、その顔にはどこかスッキリとした色さえ伺える。
この期に及んでまだ上からの発言が気になるし、そもそも、この魔女の言う事は信用出来ないのが本音だが。
「私からは、私が編纂した魔導書の写しを全て。原本を、と言いたいけど……」
「内容が同じなら、問題有りませんよ。使えさえすれば、原本か写しか等、気にもしません」
言いかけたその口を、私の言葉が遮る。
魔女は泣きそうな笑顔を儚く浮かべ、静かに居住まいを正した。
「寛大な言葉、感謝します。内容については、私の名に賭けて、原本と一字一句変わらない事を保証します。その他、妹やクランそのものからの謝罪の形は、もっと詰めて話をさせて下さい」
手元の狐面が揺れたが、表情を隠したい欲求を押し殺し、リリスは私に向けて、深々と頭を下げた。
悔しげに狐面を外したイリスがそれに続き、そんな双子を不死姫様が意外そうな顔を隠せずに見詰め、そして私に向き直ると静かに頭を下げた。
私も意外に感じていた。
頭を下げるのならば、イリスだけだろうと思っていたのだ。
そのイリスの口からはまだ謝罪の言葉は出てこないが、寛大にも、と言うか呆然として、私はそれを敢えて見過ごす。
彼女からの謝罪の内容次第では、また荒れることになるだろうが。
「畏まりました。それでは、後日お話を伺いますが、今日の所はお暇させて頂きますね。――そうそう、『霊廟』への不正な侵入が発覚した場合には、如何なる理由であれ、仕掛けた魔力炉を即時爆破させます。お気を付け下さい」
緊張の糸が切れたらへたり込んでしまいそうで、私は気を張りつつ、凍った笑顔で告げる。
さり気ない脅迫を、背を向ける動作でバラ撒きつつ。
「お前……!」
当然のように反応したイリスの言葉に、待っていたかのように足を止めると、私は少しだけ振り返り、片目だけでそちらを見る。
「ご自身の立場を理解して、口を慎む事をお勧めします。誰の所為でここまで
まだ怒りの火を灯したイリスは、リリスに横目で睨まれて動けない。
そんな彼女に、私は完全に表情を殺し、冷めきった目を向けて。
「自業自得だ、馬鹿が」
短く告げて完全に背を向けると、そのまま執務室を後にするのだった。
いかなる時でも、言葉遣いは丁寧になさいと、あれほど……。