迷子のマリア   作:naow

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「霊廟」の無事は確保出来たのでしょうか。


136 晩春の旅立ち

「楽しかったね、また一緒に何か作ろうね、また来てね、カーラ」

「うむ……うむ! いつか、きっと……!」

 

 レイニー嬢とカーラ、人間種と人形の間に芽生えた友情。

 破滅が約束されたその儚さは、美しい。

 

 イライラとギスギスがラインダンスを踊る状況下では、特にスポットが当たる事も無く埋もれてしまったのだが、当人たちが感動しているのだから、まあ、うん、それはそれで良いことだろう。

 

 カーラとレイニー、2名のたっての希望で人形制作の目処が立つまでは、と言う事で、結果的にこの街には2ヶ月程度滞在することになってしまっていた。

 小憎らしい双子魔女からの補償の品は、私が希望した時間系と空間系の魔導書が2冊。

 それに加えて、大容量の魔法鞄(マジックバッグ)が12個。

 そして、金貨10億枚。

 

 金貨というものは、実際にはそれほど無いからこそ価値が有ると思っていたのだが、この世界はどうなっているのか。

 そんな思いが顔に出たのだろうか、見ていたリリスが口を開いた。

 基本的に金鉱脈は自然の物の他に魔核迷宮(ダンジョン)にも存在しており、そちらは定期的に復活する為、危険を度外視すれば大量に採掘することも可能なのだとか。

 それそのものが罠として人間を誘き寄せるため、魔核迷宮(ダンジョン)内には無秩序な鉱脈が存在するのはザラなのだと、アリスも補足してくれた。

 

 黄金の価値とは。

 

「いくらでも掘れるとは言っても、結局は危険な魔核迷宮(ダンジョン)の中だからな。魔獣どころか魔物も出るし、気紛れで罠も設置されたりするし。犠牲が出ない訳が無いからな」

 そう言われると、妙な気分である。

 人の命を対価に黄金を掘り当てるのだと言えば、どこでもそうだと言われそうだが、危険の度合いが文字通り違ってくるのだろう。

 通常の採掘に伴う危険に加えて、アリスが言った通りの魔核迷宮(ダンジョン)ならではの危険も付き纏う。

 失われる生命も、桁が変わってきそうな話だ。

 

 急に金貨1枚が重く感じられてしまう。

 

 それらの品を私に譲渡する際、目録と全てを収めた魔法鞄(マジックバッグ)を私に差し出すイリスは、顔を隠していなかったのだが、様子が妙だった。

 悔しさや憎しみ、そういった負の感情をまるで抱えていない、しかし私たちに対して興味を持っている様子も無い。

 それはまるで、本当に反省しているような、ただただ反省している、そう見える表情で。

「数々の非礼、謹んでお詫び致します。要望頂いた通りにご用意させて頂きましたが、不備が御座いましたらお申し付け下さい」

 やや取り繕った感のある言い回しでは有るものの、それまでの口調すら鳴りを潜め、当然見下すような態度も無い。

 

 またぞろ下らない因縁を付けてくるだろうと返す言葉の準備をしていた私だったが、当の相手がその有様では拍子抜けする以外の手を打てなかった。

「お心遣い痛み入ります」

 こうなっては、余計なことを言っては私の方が態度の悪い無法者となってしまう。

 戸惑いつつも、素直に受け取るしか無い。

 

 そうして、相手の謝罪から始まった最後の会談は、むしろ罠なのではないか、そう思えるほど、こちらに譲歩した内容だった。

 目録に目を通し、イリスの顔と目録とを何度か見返すために視線を往復させたほどだ。

 生真面目なイリスと静かにその隣に立つリリス、そして穏やかな笑顔のお嬢様だったが、それまでを思えば異質に映るのは当然だろう。

 

 お嬢様に関しては、あんまり変化が無いような気もするが。

 

 こちらからは、「霊廟」へのポータルの使用を禁止して欲しい事を伝えた。

 当然のように、謝罪とともに受け入れたイリスだったが、殊勝過ぎて却って怪しい。

 

 まあ、その対策のために空間魔法を取得しようと思っているのだし、多少時間は掛かるがどうにかなるだろう。

 それまでは「霊廟」を極力使用しないことに決め、一応は約束が履行されたからと言う事で、魔力炉の回収を口にした私を止めたのは、何とそのイリスだった。

 

 曰く、私がイリスを信じられないだろうから、私がポータルの対処法を見出すまで、或いは街を出るまではそのままで良い、と。

 

 信じ難い内容だったが、向こうから言い出したのだからとその案に乗り、しかし顔を突き合わせて生活する事に抵抗が有った私たちはイリス邸を辞し、街の宿を当座の拠点と定めた。

 

 それからの時間を、私は宿で魔導書を読み耽り、カーラは私の魔導書に関する不明点を解説しつつイリス邸と時々「霊廟」の工房を使用して人形制作の研究を続け、アリスとエマは街を歩き酒や食事を堪能していた。

 1番観光を楽しみたかった私が缶詰状態なのは納得行かなかったが、それもこれもポータル封印の為と自分に言い聞かせ、学習に勤しんだ。

 

 結果、私だけがイリスや彼女の仲間たち、それに街の人間との交流が非常に薄くなってしまったが、特に後悔も無い。

 アリスが酒好きだと知ったらしいイリスの配慮で、私宛に大量の酒が送りつけられた時には、何の嫌がらせかと疑ったりもしたが。

 

 結局、この街を訪れてからの一連の騒動は何だったのか、そう思える程、何事もなく時間は過ぎて行き――カーラとレイニー嬢の涙の別れの場面となったのだ。

 

 ……私は何を見せられているのだろうか。

 

 

 

「聖教国が、どうも本気で軍を動かすらしいね」

 

 アルバレインの西門を出た所で、不意にアリスが口を開いた。

 イリスたちとのイザコザで忘れていたが、そう言えばそんな話も出ていたか。

「間に立つカルカナント王国は、挟まれて良い迷惑でしょうね」

 どうでも良いことに対して、どうでも良い答えを返す。

 楽しい会話の基本的な作法だが、こんな事すら久しぶりに感じてしまう。

「それなんだけどさ。どうも、この国のあちこちの軍を集めるとか、カルカナントに協力を要請するとか、そう言った事は面倒だからって――」

 アリスの言葉が、束の間途切れる。

 遠く森を抜けた風が草原を渡り、私の髪を揺らす。

 

「あの3人が、直接仕掛けるんだってさ」

 

 ややあって続いた台詞に、私は小さく肩を落とした。

 無茶だ無謀だ、等と心配の真似事はしない。

 勢いで押し切りそうな面々を思い出し、溜息が漏れるのを我慢する。

 

 いかにこの街、いや、下手するとこの国の最高位の戦力に近い彼女たちとは言え、下調べもなしに行動を起こすことは無いだろう。

 ……無いと思う。思いたい。

 とはいえ、そんな実力者が一度に不在になってしまったら、危機が訪れた際にはどう対処する気なのか。

 

「あ」

 

 らしからぬ心配事が頭を掠めた時、何か引っ掛かりが取れた様な錯覚に襲われる。

 

「……なんだよ、妙な声だして。あいつらの心配か? それとも、聖女様の方か?」

 

 アリスの失礼極まる発言に、私は反応しなかった。

 いや、出来なかった。

 

 ――考え過ぎだと思う。

 

 目下、街の治安は極めて良好、冒険者ギルドの防衛班は気さくな人格者で、衛兵隊との連携もしっかり取れていると言う。

 その両者の間に、イリスの影が有るらしい、とは、酒場に入り浸っていたアリスの話で知っていた。

 国内は基本的に安定していて、特にこの街はイリスが積極的に厄介事を噛み砕いていたらしい、とも。

 

 そんな彼女が、このタイミングで街を出る、と言う。

 それはつまり、この街に彼女が警戒するような危険はもう無い、そう判断したからではないか?

 

 そしてその危険とは……他でも無い、私たちだったのでは?

 

 街の人間はともかく、訪れる旅人や冒険者の中には不心得者も居るだろう。

 絡まれれば反撃するアリスや私、普通の人間程度ならカーラですら問題なく対処出来るだろう。

 だが、エマは少し事情が異なる。

 

「楽しかったけど、やっぱり飽きちゃうよねぇ。みんな良いヒトだったから、頑張って我慢したけどぉ、()()()()()()()()よねぇ」

 

 殺人こそを命題として与えられた彼女は、それに反抗する素振(そぶ)りは見せるものの、忌避はしていない。

 それはそれとして、戦闘は愉しむ。

 ……だから、単純に相手を鎮圧して終わり、等と言う事は無い。

 

 そんな彼女が暴れ始めたら、規模が拡大してしまう。

 

 仲間に対してそんな事を考えて気が重くなる私だが、本質はそこでは無い。

 そもそもそんな感想は、私だからこそだろう。

 

 外から見れば、私たちはひっくるめて「危険な人形」なのだ。

 実態がどう有れ、そう見えてしまうのは仕方がない。

 

 だから――私たちを観察したかったのか。

 

 アリスやカーラはそれぞれ物言いに癖はあるが、刺激しなければ無茶なことはしない。

 危険な存在では有るものの、その生い立ち故に触れあいを、暖かさを求める心を秘めているエマに、ストレートな友人を配し、ごく普通のありふれた日常を与えて無茶な行動を封じる。

 そして、私に対しては反発心を煽り、イリスやリリスどころか、この街に対して積極的な興味を失わせる。

 現に私は、訪れるまではあれ程楽しみにしていた大衆浴場に、結局一度も足を運ばなかった。

 そんな時間が有れば1秒でも早くポータルを封じてしまいたかったし、それが叶えば1分でも早くこの街を去りたかった。

 

 ――考え過ぎだ。

 

 あの小憎らしい、品性すら疑いかねない言動が。

 ポータルの件で私を怒らせ反撃まで覚悟させ、悔しげに見せたあの表情が。

 

 全部演技だったら、私はまんまと一杯食わされた事になる。

 

 私は小さく頭を振って、そんな考えを頭の中から追い出す。

 あれは素だ、あんな単純で直情傾向で考え無しの粗忽者が、実は私を掌の上で転がしていたなどと。

 

「そう言えば、イリスに聞かれて適当に答えたんだけどさ。アンタ別に、聖女様を助けたいとか、これっぽっちも思ってないだろ?」

 

 アリスの声に、私はハッとする。

 渡る風に、草原が小波のように揺れた。

 

「勿論。何度でも言いますが、あれは敵ですよ。聖教国の聖女なんて名乗っている時点で」

 

 恐らく、私は聖女に――リズに会うことは無いだろう。

 私たちという危険物に対して、殲滅ではなく排除を選んだ魔女が、聖教国に対しては「仕掛ける」と明言した。

 それはつまり、そういう事なのだろうから。

 

 街を出る事で寛大な気分になった私は、きっと、柄にもない感傷で思い出を美化しているだけだ。

 

 双子の顔がチラつく、と言う理由で南の領都モンテリアを目指さなかった事すらも計画通りだった気がしてしまうので、私は努めて冷静を装い、歩を進める。

 人の街に長く居続けることの出来無い私たちは、結局旅を続けるしかないのだ。

 

 それはそれとして、次に出会ったら殴る。

 

 固く誓った心に映る青空は、深く深く澄んでいた。




「霊廟」と、あの方の技術の結晶が守られたことは、素直に喜ばしいことです。
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