遺跡を観光したい私と、海が見たい――と言うより遺跡に興味の無いエマ。
特に行き先に拘りのない残り2名。
取り敢えずどちらに向かうにしろ、立ち止まっていても時間が無為に流れるだけである。
進路としてはエマの勢いに敗け、海を見に行くという事になりそうだが、まあ、それも良いだろう。
とは言え素直に認めるのも癪なので、ぎゃいぎゃいと言い合いながらの賑やかな旅路が続く。
遺跡か海か。
その岐路に当たる小さな街に踏み込んだのは、太陽が傾き始めた頃合いだった。
「やあ、こんな小さな街だってのに、酒が良いね。何を飲むか迷うくらいだ」
上機嫌なアリスが、食前酒としてウォッカを呷っている。
人形だし心配もしないが、これが人間だったら、少しばかり心配になる飲みっぷりだ。
そもそも、まだ夕食にも早い時間なのだが、それは言っても気にもされないだろう。
「……
別に言わなくても良いことが、何となく口から滑り落ちる。
アリスはキョトンとして私を見て、そして実に不思議そうに唇を開いた。
「え? 酔うよ? 状態異常無効を切って、耐性をちょっと下げてるから。
言い終えると、再び楽しそうにジョッキを呷る。
ウォッカをジョッキでストレートとか、私の目には狂気に見えるのだが、酒好きならばこれで普通なのだろうか。
と言うか、酔いを味わうために何をしてるんだ、その瞬間に何者かに襲われたらどうするのか。
今や私より強くなってしまったアリスには無用な心配だと思わなくも無いが、湧いて出てしまうものは仕方がない。
仕方がないが、それを口の端に乗せるのは止めておいた。
言って聞くなら、そもそもそんな無茶をする事は無いだろう。
「程々にして下さいね? なにしろ、どうにも妙な気配がしますから」
溜息を我慢して、私は代わりに言葉を零す。
アリスはにこやかにジョッキを傾けながら、一瞬だけ眼差しを鋭くして私に頷いて見せた。
彼女も、気付いていたのだろう。
対して、カーラとエマは不思議そうな顔を、揃えて私に向けてきた。
「あー……エマちゃんは気付かないだろうなって思ったけど、カーラも判んないか」
アリスの言葉に、2名は顔をそちらに向ける。
彼女の声は、普通の人間には聞き取れない程の小声になっていた。
と言うか、お前はそれに気付いていて、その上でそんな暴挙に出ていたのか。
「どういう事だ? 特に注意すべき存在も感じないし、化物級の気配も無い。単に感じ取れないだけかも知れないが、そう言う事なのか?」
表情に緊張を滲ませて、カーラが私を見る。
戦闘力を手にしたとは言え、その戦力を持ち出していない状態では、カーラは無力に等しい。
……いや、基準が最近どうも狂いすぎている気がする、カーラとて、そこらのベテラン冒険者程度なら片手でどうとでも出来るだろう。
どうもこう、強者に押さえ付けられる環境に長く居すぎたのかも知れない。
私は咳払いで気を取り直すと、小さく唇を動かし、周囲の喧騒に呑まれる小声を押し出した。
「いえ、そう言う事では無いのです。どうも、此処の空気が可怪しいのですよ」
私の言葉に素直に周囲を見回すエマとカーラは、やがて不思議そうに互いに顔を向け合う。
喧騒、と言うには少し行儀が良すぎる。
私もちらりと視線を走らせ、周囲の様子を伺う。
年若い冒険者のグループ、中堅どころと見受けられる冒険者の一団。
普通の、酒好きの一般人の輪。
酒を呑み、料理を楽しむ彼ら彼女らの表情に、一様に疲れの色が見えた。
それに、決して騒ぐ事は無いが、あの双子の、私の目にも何処か見慣れた物とも違う、此方の世界での軍服らしきを纏った一団が、奥の方でテーブルを3つばかり占領していた。
彼らに対しての不平不満、と言う雰囲気でも無いし、何よりその軍人らしき集団もまた、疲労の色を纏っている。
「トアズやベルネ、アルバレインに比べるのは流石に気の毒ですが、とは言え此れ程賑わっている店内ですよ? その割にはいささか活気に欠けていると言いますか……」
私の懸想を笑い飛ばすように、すぐ近くのテーブルで乾杯の声が上がる。
だが、その表情は。
周囲の声を拾って見ても、何処か重苦しさを感じてしまう。
この空間の、特定の誰かを忌々しく思っている様子は無いが、ただ、何かについて、触れないように気を配っている、そんな風に見える。
「こりゃあ……ちょっとばかり、タイミングが悪かったかも知れないね」
ジョッキに口を付けながら、アリスが器用に声を発した。
行儀はさておき、その意見には同意である。
私はアリスに頷きを返した。
私とアリスが不穏な物を感じている、それは理解出来たようだが、その理由にはまるで思い至らない、そんな残り2名はやはり不思議そうに、その間に立つ見慣れぬ黒髪の少女と揃って小首を傾げるのだった。
……え、誰?
「こっちエール追加ー! あと、何か食べるものを適当にー!」
私たちの無言に見える会話に割って入る様に現れた少女は、勝手に空いている椅子を引っ張ってくると、私とエマの間に割り込むように陣取った。
タイミング的には疑わないのも難しいが、彼女は私たちの、小声の会話を聞き取ったのだろうか?
「この国は食べ物が美味しいって聞いてたから、楽しみだね? て、みんなはもう何処かでご飯食べたこと有るのかな?」
しかし、距離感の詰め方が良く判らないこの少女は、その無垢にも見える笑顔で真意を図らせてくれない。
軽く探査を引っ掛けてみた所、何も見えない。
ただ、今まで遭った化物どもと違い、魔法的な引っ掛かりが有る。
それは、魔法に依る隠蔽を行っている、と言う事だろう。
何故こうも、得体の知れない厄介事に絡まれる率が高いのか。
私は少女から視線を外し、私に関わった歴代の厄介事たちの顔を順番に見る。
……私は何も、悪いことはしていない筈だ。
「アルバレインってトコで、いっぱい食べたよぉ? お嬢ちゃんはアルバレインには行かなかったのぉ?」
厄介事筆頭こと、エマが持ち前の傍若……人懐っこさを発揮する。
私の胸中に嫌な予感と、これから吐き出す予定であろう溜息が幾つか補充される。
口調が違う。
髪色が違う。
服装の趣味も違う。
だと言うのに、何故、こうも。
まるでエマとエマが語り合っているかのような錯覚に襲われるのか。
「あー、あの街はね、なんだか恐い気配に威嚇された気がしたから。面倒なのはイヤだったから、素直に迂回してきちゃったの」
恐い気配、そして威嚇。
物凄く身に覚えの有る話だ。
と言うか、私だって街に入る前に威嚇されたら、威嚇して貰えていたら、素直に入場の列から離れただろうに。
私の今更な愚痴はともかく、つまりは、この少女もあの街にとってはあまり受け入れたくない存在だったと言う事だろう。
私は用意していた溜息のストックを、早速ひとつ消費した。
「それにしても、私もだけど、お嬢ちゃんたちも大変な時に来たね?」
考え込む私の耳に、少女の声が滑り込む。
お嬢ちゃん呼ばわりに感じた既視感を無表情でねじ伏せ、私は視線で先を促す。
そんな視線を受けて、少女はエールのジョッキを受け取り、当たり前のように喉に流し込んだ。
「なんだかこの街、野盗に狙われてるんだって」
悪い想像ばかりが膨らんでいた私は、黒髪の少女の口から出てきた内容に、心底ほっとして吐息を漏らした。
そうそう化物に絡まれる訳ではない。
いつでも自分が騒動に巻き込まれるなんて事もない。
どうやら今回は、私は傍観者になれそうだ。
眼の前に並ぶ面々と、新顔。
割りと不穏なラインナップが並んでいる事実を忘れたのは、きっと、私も酔ってしまったからだと思う。
現実逃避の方法と言い訳は、色々有るのですね。