立ち寄った街は、どうやら野盗の襲撃予定地らしい。
突然現れたサラサラ黒長髪のオリエンタルな美少女によれば、特に繋がりもなく活動地域も離れていたはずの5つの野盗団が、突如として手を組んで、しかも連名で襲撃予告まで送ってきたのだという。
割りと頭が弱いんじゃないだろうか。
そう思った私だったが、訳知り顔で説明を続けてくれる少女曰く、野盗の規模は500人に迫る勢いだとか。
対して、この街の衛兵隊の戦力は200名。
ちらりと店の奥に視線を送る。
……あれは衛兵なのだろうか?
見た所10名程度が、鎧ではなく礼服に身を包んでしょぼくれた顔を並べている。
「あれは、モンテリアの領主様に書状を届ける予定の、この領の軍の人達。完全にタイミング悪く巻き込まれたカンジね」
少女は私の視線を追うと、ああ、と呟いてから説明してくれた。
ふむ。
私は自分の顎先に指を添える。
「彼らが引き返して、領軍を呼ぶことは出来ないのですか?」
野盗が集団で掛かってこようとも、きちんと訓練を行っている正規の軍には敵うまい。
無論、それなりに時間は掛かるであろうが、多少なら防御を固めて、衛兵と冒険者達が連携すれば耐えられない事も無いだろう。
「無理だと思うよ?」
しかし、私の非常に常識的な案は、あっさりと否定された。
……まさか、ここの領主はこの街を見捨てるとでも?
「だって、襲撃予定は今夜だし」
頭を抱えそうな予感は無事に外れたが、別の意味で私は頭を抱える羽目に陥ってしまった。
これは、呑気に傍観とは言っていられない状況かもしれない。
私は天井を見上げる。
あの双子は何をしているんだ。
幾ら領が違うとは言え、自分の所属する国で、何か大問題が起きようとしているのに、何故気付かなかったんだ。
そんな文句が絶叫の形で喉元まで迫り上がるが、非常な努力を持って私は耐える。
……どうせ強大だがズボラなあの姉妹のことだ。
聖教国方面には警戒網を張り巡らせていたのかも知れないが、裏とも言うべき此方側は完全にスルーしていたのだろう。
野盗が手を組むなんて事、そもそも想定していなかっただろうし。
「野盗の手際が良いのか、単純に私の運が悪すぎるのか、どちらだと思います?」
仲間達の顔ぶれを見れば、どう考えても私の運の悪さが原因としか思えない。
しかし、少女は気を使った訳でも無いだろうが、優しく首を振った。
「野盗の後ろで糸を引いてるのが居るからね」
笑顔に少し困り気味の色が混ざる。
私の背筋がぞわりと粟立った。
アリスは変わらずジョッキを傾け、エマは何が楽しいのかにこにこと話を聞き、カーラは我関せずの様子でサラダを突付いている。
「……それは流石に、考え過ぎでは?」
言ってはみたものの、私は彼女の語り口とは別の理由から、その内容が真実だろうと直感した。
私の探査範囲に、敵性反応が入り込んできたのだ。
それも、たったひとつ――ひとり。
「んーん、違うんだよ、残念ながらね。なにせ、密告者が……盗賊さんたちにしてみれば、裏切り者かな? が、居るんだよ」
少女の言葉に、私の視線は吸い寄せられる。
敵性反応は、ごくゆっくりと近づいてくる。
「信じられるのですか? そもそも、襲撃の話も、その方の妄言と言う可能性は?」
両方の反応を視ながら、言葉を紡ぐ。
アリスの手が止まり、瞳が少女を捉えていた。
「うーん、追われてる所に通り掛かって、私が保護してこの街に一緒に来たんだけどね? あれが演技だったら、お姉ちゃん、あの子褒めちゃうなあ」
見た目は10代半ばにしか見えない少女が、年上風を吹かせる相手。
それはどんな子供なのかと想像するが、当然上手くいく筈もない。
「でもね、びっくりしちゃうよね。
ケラケラと笑って見せる少女に対して、私たちは警戒度を一気に引き上げた。
――いや、そもそも無警戒では無かったが、なんというべきか。
「そうそう、ちゃんと自己紹介してなかったね? 私は――」
そもそもで言えば、人形の小声会話に割り込んで来て、しかも自身も小声で話すことが出来ている時点で。
「Za213、『
名乗った少女は、変わらない笑顔をこちらに向けて。
人形だろうとは思っていたが、敵意が無い事、割りと堅牢な隠蔽を施している事、自然体で何処にでもいそうな立ち姿なのに、隙が見当たらない等。
それなりの実力を持った人形だろうとは思ったが、まさか、同じザガン人形の、よりにもよって2シリーズ最終型だとは思わなかった。
「ご、ご丁寧に痛み入ります。……ここではなんですから、場所を変えて話しましょう」
私はちらりとアリスに目を向けて、食事の中断を告げる。
素直にジョッキをテーブルに戻すアリスの隣で、エマが慌てて料理を口に押し込んでいた。
「うーん。出来ればそうしたいんだけど、ね?」
少女……メアリは申し訳無さそうに言う。
何事かと思った私は、ハッとして、少しばかり注意を逸してしまったことに気が付いた。
探査で拾った反応が、こちらに向けて急速に移動を開始している。
更には、遅れていたのであろうか、追うように5つの反応が遠くに増えている。
先行する反応が赤い反応だが、後方に増えたものはいずれも黃反応。
後方は速度も併せて特に注意する必要も無さそうだが、先を走る方は放っておけば、すぐにこの街に到達するだろう。
「……エマ。あちらの方向、400メートル程先。真っ直ぐに来ている者が居ます。遊んであげて下さい」
とっさに襲撃者と思しき存在の方向へ顔を向けると、出来るだけ手短に告げる。
話を聞きながら食事に夢中だったエマは、私の言葉に反応してすぐに席を立った。
「この街の人間は、誰も傷付けないように。向こうに応援が居た場合は、好きにして結構です。私たちも、お会計を済ませたらすぐに向かいますので」
言いながら、私も立ち上がる。
「わかったよぉ! まっかせて、マリアちゃん!」
とびきりの笑顔を私に向けると、エマはひょいひょいと人の群れの間を抜け、あっという間に外に出てしまった。
アリスもまた颯爽と立ち上がり、カーラは酷く億劫な様子で同じく席を立つ。
「あっれえ? あれ、止めてくれるんだ? すっごく助かるけど、良いの?」
のんびりとエールを飲み干して、メアリも私を見上げて立つ。
身長的には、エマとどっこい程度か。
「あの速さ、あれも人形でしょう。そして、
手近なウェイトレスを手招きして勘定を告げ、飲み代を渡して釣りを断る。
こう見えて意外と小金は持っているので、5人前程度なら支払いも容易だ。
「アレもまた、ザガン人形なのでしょう?」
メアリは答えないが、笑顔も崩れない。
その笑顔こそが、雄弁な答えなのだろう。
ほとほと、姉妹と縁があると言うべきか。
トラブルとの縁が深すぎると嘆くべきか。
エマを追って酒場を出た私は頭を振って、深く考えることを一時的に放棄した。
常に深く考える事をしていないと思いますが。