自ら進んで厄介事に首を突っ込んだ形になったが、考え無しの事では無い。
エマのストレス発散の場面を作る事と、それをなるべく一般の方々の目に触れさせない様にする為だ。
そんな先行するエマを私たちが追っているのは、単純に回収の為で、心配など微塵もしていない。
恐らく私たちが追いついた時は現場はいつものスプラッタ劇場なのだろう、そう思いながら私は走るのだった。
「あははははッ! たーのしい、ねぇ!」
エマが遊んでいる現場には、探知の反応がふたつ。
ひとつはエマで、もうひとつはつまり、敵と言うことだろう。
メディカルポッドを介したバージョンアップと賢者様邸での戦闘訓練、その後の私やアリスとの戦闘訓練でレベルを引き上げたエマは、今では982と、1000に迫る勢いだ。
そんなエマが、実に楽しそうに遊んでいる、そんな相手。
「何も、楽しい、ことなど――くうっ!」
ぶつかり合う金属音、響く音声。
その遣り取りに、私は懐かしさを感じるが、嬉しくもなんとも無い。
あの相手も、化物の相手をすることになってさぞ面食らっているのであろう。
とは言え、思ったよりも保っている。
私たちが追いつくまで意識があるどころか、まだエマと戦えているとは思わなかった。
「ああもう! それは反則だよぉ!」
意外に思う私の耳に、苛立ちの声が届く。
エマとの合流まで、あと10メートルと少し。
あのエマが苛ついているという事は、押されているのか。
舐めて掛かっていたが、流石は赤反応と言う事か。
「エマちゃん! 大丈夫かい!?」
感心する私を抜き去って、アリスが勢いを増して走る。
ああ見えて、アリスは少し心配性な気がする。
「凄いねえ。エマちゃんって、確か魔法戦仕様だよね? なんであんなに動けるの?」
私の隣に付くメアリが、のんびりと感嘆の声を上げた。
彼女は私とは違い、他の人形の仕様を真面目に覚えているらしい。
とは言え、知っているのはカタログスペックでしか無い。
「エマは、近接戦闘嗜好なのですよ。余程追い詰められるか、逆に余程つまらない相手でも無いと、魔法を使おうとはしないでしょうね」
つまらない格下の私に追い詰められるまで、それを使わなかった程だ。
今では
少なくとも、今相手にしている存在では、それは難しいだろう。
「私はむしろ、エマを相手にまだ生きている方に驚きますが」
夜が包む草原の只中で、2体の人形が踊っている。
月の光を銀色に弾き、刃は光の尾を引いて交差する。
「エマちゃん……!」
「だめだよぉ、アリスちゃん。今、とっても楽しいんだぁ」
駆け寄ったアリスだが、鬼気を放つエマの背に押され、それ以上進むことが出来ない。
振り返ったその額には傷が走り、顔の左側を擬似血液が赤く染めている。
大きな怪我では無さそうだが、視界は半分塞がれているに等しいだろう。
良く見れば、大きくは無いがそれなりに傷を負っている。
それは相手もまた、それほど違いのない様子だ。
無傷では済んでいない、と言う意味で。
「あれはね、クロエちゃんだよ。ちょっと特殊だけど、元々格闘戦仕様だね。私はやっぱり、クロエちゃんに格闘戦で善戦出来てるエマちゃんに驚くけどなあ」
メアリがやはりのんびりと感想を述べ、私はちらりと一瞥を向けるが言葉は発しない。
クロエ、と来たか。
私は最近読んだばかりの、姉妹たちに関する資料を思い出していた。
Za211、「
本来は魔法戦仕様として設計された。
しかし、それは人工精霊との相性の問題だったのか、それとも単純な手違いだったのだろうか。
およそ攻撃系統の魔法が使えなかった彼女は、代わりとでも言うように、異形の能力を手にしていた。
ザガン人形の中でも特殊と言われるのは2体、そのうちの1体である彼女は、始めからそう創られたのでは無かったのだ。
その特性を活かすために急遽
ただの趣味嗜好で近距離戦を
だから。
「なんで、お前は! 私の間合いで戦えるんだ!」
半身に構え、忌々しげに叫ぶ。
エマの事を、クロエもまた知って居たのだろうか。
だからこそ、受け入れ難いのだろう。
彼女の知らないエマが、短刀を振りかざして襲い掛かってくるなど。
況してや魔法戦仕様の人形が、彼女を圧す程の実力を秘めているなどと、そうそう飲み込める事実では無い。
「――当然と言えば当然ですよ。
私の言葉は、先のメアリの疑問に対する私なりの回答だ。
クロエの姿が、夜の闇に溶けるように消える。
あれこそが、彼女が特殊である理由。
限定的だし長時間の使用も出来ないが、それでも強力極まる能力。
古来、影渡りとも呼ばれたそれは、この空間と亜空間との間に束の間潜り、移動することの出来る異能だ。
魔法で再現出来た者が居たかどうか、少なくともそれらしい文献を私は知らない。
そういう意味でも稀有な能力で、相手にするとなればなるほど、確かに厄介だ。
だが、それが何だというのか。
「エマ。聞きたいことが有るので、最低限殺さないで下さい。それさえ出来れば、後はどうとでも壊して結構ですよ」
クロエを追ってこちらに向かっている5つの反応は、合流までにまだ時間が掛かる。
そちらは私が片付けておこう。
「あはっ。マリアちゃんってばワガママだねぇ。良いよぉ、それじゃあ、殺さないように壊しちゃうよぉ」
私には背を向けて、エマは笑う。
クロエが何処から出てくるか判らない、その状況で、両手の短刀を武器庫に収め、黒い刃が現れて月光を反射する。
構えらしい構えも無い、自然体にただ立っているその姿は、油断にも慢心にも見える。
だが、エマはそれで良い。
「カーラ。
顔も向けず、私は背後に居るであろう人形に声を向ける。
「あ、ああ。いつでも」
そのカーラが、腰のポーチを叩いた音が耳に届く。
私は小さく頷いた。
「展開しておいて下さい。エマが不覚を取ったら、アリスと共にあれの捕獲をお願いします」
私の言葉に、カーラが頷き返す気配を感じる。
「おい、それじゃマズいだろ。助けに入った方が良いんじゃ無いか?」
前方に立ってエマとクロエの戦闘を見ていたアリスが、振り返った。
気持ちは判らなくもないが、やはりアリスはまだ、何処かでエマの実力と気質を読み違えている。
「無用です。むしろ、エマの機嫌を損ねたら斬られますよ。私であろうと、
私の目を見たアリスが、息を呑んで黙り込む。
「私は此方に向かってくる雑魚を処理してきます。この場は任せますが、くれぐれもエマの邪魔はしないように」
言い置いて、私は駆け出した。
戦場を迂回する事もなく、真っ直ぐに。
傍から見れば、私こそがエマの邪魔をしているようにしか見えないだろう。
だが、クロエは空間の隙間に潜り込み、エマを攻撃する隙を伺い、気を張っている。
そんな所に踏み込んだ私に、クロエが反応しない訳がない。
特に、私が口に出して目的をハッキリと告げている以上、彼女は私を見逃すわけには行かないのだ。
同じ人形であるクロエには、私の発言が聞き取れたであろうから。
「うーん、やっぱりマリアちゃん大好き」
私に襲いかかろうとするなら、つまり私の周囲何処かに出てこなければならない。
そして、襲撃する側の意識としては、獲物の背後から襲いたい所だろう。
ある程度のアタリさえ付けば。
「なっ!?」
エマの暴虐が、それを見逃す
カーラとアリスに対して出した指示は保険でしか無かったが、それも無用のものであった。
何かが落ちて転がる音を背中に受けながら、私はただ前方へと走るのだった。
クロエが特異であるなら、エマは怪異でしょう。