今更発言の撤回も出来なければ踵を返して撤退する事も出来ない。
いやまあ、「霊廟」に戻ってしまえば良いだけでは有るのだが、盗賊如きが500集まった所で、私を除いても4体の人形が
ほとぼりが冷めたかと出てきた所で、彼女たちに囲まれてしまうだけだ。
せめて盗賊……野盗の群れの中に赤反応でも居てくれればと思いはするが、そんなモノが聖教国の使いの言うことを素直に聞くとも思えない。
それに、半端な赤反応では私はともかく、エマならなんとかしてしまうだろう。
先程の、クロエのように。
無いモノねだりな妄想をそこそこに切り上げ、私は比較的小振りな――長さで言えば片手剣程度のサイズのメイスを2本、武器庫の取り出し口にセットしておく。
左手に用意するメイスはいざという時の交換用だが、使えるタイミングが有ればガンガン振っていく所存だ。
「それでは、後背を襲う為には一旦身を隠しましょう。私たちはれい……
行動方針は決まっているのだから、あとはそれに従うだけだ。
私はその為に必要な行動と、部外者1体がにどうするかの確認も含めて声を向けるが、『霊廟』と口にしそうになって、慌てて言い直す。
うっかりと言ってしまえば、なにか妙な
「それじゃあ、私もお邪魔しようかな? ああ、そんなに気を使って接待とか、してくれなくても大丈夫だよ?」
しれっと、メアリは私たちと共に来ると言い出した。
これは予想出来ていたが、思った以上にあっさりと、駆け引き無しの図太さを見せつけてくれたものだ。
ここまで図々しい様子を見せつけられては、部外者進入禁止と言った所で聞きはしないだろう。
「申し訳御座いません、当方の
聞かないだろうが、言わない訳にも行かない。
この間、私の頼もしい仲間たち()は無言を貫いている。
「あっはっはっ、ヤだなあ、私はエマちゃんと同じザガン人形だよ? 困った事に無関係じゃ無いんだよ? いや参ったねえ」
私に笑顔を向けながら、メアリは予想通りに引く様子を見せない。
私はわざとらしく溜息を零し、意味有りげに仲間たちの方へと顔を向ける。
困惑するカーラと理解出来ていないであろうエマはともかく、アリスは何となく私の思惑を察してくれたようだ。
しかし、その呆れ顔は、私に助け舟を出す者のする表情ではない。
「ゴチャゴチャ言ってないで、隠れるなら隠れるで、とっととドア出しなよ。いちいち面倒臭いんだよ、お前は」
腕組みで何故かお説教モードに入ってしまったアリスは、可哀想な子を見る目を向けてくる。
少しは私の事情を理解して欲しいものだ。
「……判りました、メアリ、お招きしますが、くれぐれも勝手に動き回らないで下さいね?」
仲間ですら私に味方してくれない事が判明したので、仕方が無く私は、素直にいつもの白いドアを出した。
「私とて、むざむざ
私の注意喚起に、メアリは初めて表情を崩し、驚いたような顔を向けてくるのだった。
メアリは勤勉にも、姉妹人形の情報は資料を読み漁って記憶していた。
私の予想通りだった訳だが、その情報はザガン師の残した資料しか無い。
実際の人形たちの、現在の様子までは予想できている筈もない。
だから、魔法戦仕様のエマ――メアリはエマを「最初の完成品」と呼んだ――が前衛アタッカーをやっていて、しかもクロエを圧倒した事実とか、リズが聖教国で聖女様などをやっているとか、恐らくクロエはそのリズの使い走りなのだとか、そういった諸々を知らなかった。
そしてもちろん、3シリーズ……私の存在も。
「今は流石に話し込む時間は無いかあ。マリアちゃんのこととか、この魔法空間のこととか、ちょっと詳しく聞きたいね。ゆっくりじっくりと」
笑顔がなんだか粘着性を帯びたような錯覚を覚える。
錯覚であることを心から祈る。
ともあれ、隠蔽を剥ぎ取って覗き見たメアリのレベルは702。
そんな彼女からは、私たちのステータスは見えていないらしい。
ここの所油断出来ない事ばかりだったので予め隠蔽を掛けていたのだが、彼女と私とのレベル差の壁は思っていた以上に仕事を果たしてくれていたらしい。
「そうですね。まあ、野盗をどうにかして、その後にでも……私の気が向いたら、是非」
私の答えはいつも以上に心の籠らない、会話を楽しむ様子が皆無な代物である。
手元はドア脇に設置されているコンソールを操作し、目は映し出されるドアスコープの映像と、ドア設置地点から数キロの簡単な探知反応の様子を眺めている。
いつもは簡単に使うかそもそも気にしないこの機能だが、身を潜めて相手の背後を襲うという作戦の性質上、タイミングは掴んでおかねばならない。
クロエが亜空間に逃げ込んだのに似ているが、向こうは特に便利な設備などが無い代わりに移動が出来て、こちらはその逆になる、と言ったところか。
厳密に言えば、両者は全く違う魔法技術らしいのだが、当然私がそんな事を詳細に覚えている筈もない。
人生を快適に過ごすコツは、真面目過ぎない事である。
私の隣ではカーラが、食い入るようにホロディスプレイを眺めている。
もちろん正式名称ではない。
「動き始めたぞ、随分と纏まりのない……」
緊張気味だったカーラだが、探知モニタの反応を見るうちに、その表情に呆れが混ざる。
「まあ、今回はあの街の防衛隊と協力する形を取りますから、あまり精強な集団が相手では困ります。
カーラの気持ちも
適度に手綱を引き、多少の緊張感を維持させてやろうと試みた。
「うむ。6体とも、戦闘仕様だ。私自身も戦闘行動は出来るが、
しかし私の努力虚しく、カーラはいっそ不敵に笑うと、懐から取り出したゴーグルを装着する。
見る限りはゴシックドレスの黒髪長身女性が、前が見えてるのか心配になる真っ黒なゴーグルを身に着けて不敵に笑う、控えめに言ってただの不審者なのだが、あれでちゃんと視界は確保出来ているらしい。
その上で、
魔法技術に関してだけは、本当に意味不明な才能を持っているものだ。
「アリスとエマは、なにか準備は必要ですか?」
モニタの監視を上り調子のカーラに任せ、私は振り返って問う。
「なぁんにも! いつでも行けるよぉ!」
「私も同じだ。まあ、ほとんどエマちゃんが片付けそうだけどな」
元気いっぱいな殺戮マシンと常識人枠に収まりつつ有るアリスが、頼もしい答えを返してくる。
頼もしい筈なのだが、エマの元気さはなぜか私の魔力炉に冷たい汗を浮かせる。
どうか暴走しませんよう……いや無理かな。
「今回は人間の前で、人間を守るために人間を殺します。目立たず済めばそれが最善ですが、まあ難しいでしょう。注意点としては――」
一同、特にエマに視線を合わせながら、私は言葉をつなぐ。
言った所で……と、そんな気もするが、今回は釘を刺しておいたほうが良いだろう、そう思ったからだ。
「今回は素材の確保は禁止です。勿体ないと言いそうですが、流石に人間の前では控えましょう。助けた挙げ句化物扱いされるのは、面白くもありませんからね」
視界の端で、メアリの顔が少し引き攣った気がした。
それはどっちの意味だろうか。
「えぇー? お肉いっぱいなのにぃ?」
頬をふくらませるエマのセリフには、私の顔が引き攣りそうになる。
叶うならば、メアリは私と同じ心境であって欲しいものだ。
逃した視線の先では、探知モニタの動きにあわせて、光量を調節された周囲モニタにぞろぞろと動く人の群れが見え始めた。
「本当にやる気が有るんでしょうかね、彼らは……。あれが街に取り付く直前のタイミングで出ましょう。……完全にタダ働きの骨折り損ですが、ストレス発散だけは出来ます。各自、存分に暴れて下さい」
私はモニタから目を離さずに、淡々と言う。
エマが本気で存分に暴れてしまえば、残るのは更地なのだが、まあ、追い込まれでもしない限り魔法を使おうとは思わないだろう。
そう言えば、なんで私はこんなにもやる気なのだろうか。
そんな考えが過ぎってしまうが、乗り込んだ舟はもう動き出している。
ストレス発散も過ぎればスプラッタ規制だ。
適度に手を抜いて、それなりに暴れて終わらせよう。
そう思って眺めるモニタの中では、イライラするほどのんびりと、野盗たちがヘラヘラ笑って通り過ぎて行くのだった。
やる気云々の話をするのであれば、それは……。