衛兵隊と少数の冒険者達による防衛作戦はなんとか終息した。
少なくない犠牲は出たが、それでも街は守られた。
街を襲った野盗たちの正確な数は不明だが、街周辺には夥しい死体がバラ撒かれており、住民たちは顔を青くしていた。
実際に目にしてみれば、野盗の規模が想像より多かったと実感しただろうし、それがバラエティに富んだ死体に変わっている様子そのものも恐怖の対象となっただろう。
前線で踏ん張っていた防衛隊の方々にはバッチリと私たちの姿も確認されたが、青い顔の彼らに、敵対の意志も街を襲撃する予定も無い事を伝え、ついでのように頭を下げて見せた。
心底信用など出来はしないだろうが、下手に態度に出して私たちの気分を害することを恐れたのだろう。
私たちに敵対的な態度を取ることをせず、メアリが翌日の来訪を告げ、そして私とエマを引き連れて一旦街を去る姿を、咎めることも引き止めることもしなかった。
私としては、このまま旅を再開しても良い、むしろしたいと思っているのだが、メアリはまだ少しだけあの街に用が有るらしい。
いったいどんな用事が有るというのやら。
「さあ、身綺麗になったことだし、帰ろうか。他の2人も待ってるだろうし」
さっぱりとした顔で言うメアリだが、「
「そうだねぇ。カーラちゃん、泣いてないかなぁ? 大丈夫かなぁ?」
そんなメアリに呆れる私を無視して、エマが答える。
エマの持ち物でも無いのだが。
「……まあ、良いでしょう。そう言えばエマのご要望はハンバーグでしたね? 今日はみんなで作りましょうか」
戦闘よりもその後の遣り取りで疲れた私は溜息すらも億劫で、投げ遣りに言葉を返す。
拒否した所でぎゃあぎゃあ煩いだろうし、エマもメアリ側に付く予感しかしない。
少しとは言えメアリの戦闘スタイルも見れたし、いざとなれば排除くらいは出来るだろう。
「……ハンバーグって? 比喩的な? まさかホントに作るの?」
諦めムードの私の耳に、珍しく元気の無いのメアリの声が届く。
顔を向ければ、ハッキリとドン引きの様相で、彼女も私を見ていた。
「エマとの約束ですからね」
短く答えて、何故か視線を逸したメアリのそれを追うと、ああ、なるほど。
歩く私の靴の下で、誰かの細切れの骨が砕け、生柔らかい肉の潰れる感触が伝わってくる。
「ご安心下さい。ここまでの旅路で、アリスやエマが狩った野生動物の肉があるので、それを調理します。と、言いますか……」
メアリの感性は、どういう訳かかなり人間に近いらしい。
人間を殺すのはまだしも、それを取り込む――食す、と言う事には抵抗が有る様子が、その態度から見て取れる。
私よりも更に人間寄り、アリスに近い感覚だろうか。
メアリが珍しいのも勿論だが、いつの間にか私が人形に近くなってきている事に気付いて、こっそりと小さな溜息を零す。
「……人間の肉も動物の肉も、私たちにとって価値は同等でしょう? 何を嫌がるのですか」
本来ならただの嫌味な発言の筈だが、実際、私は発言の内容に近い心境になっている事に気付かされて憮然としたのだ。
肉になってしまえば同じとは言えない、そう断言出来た頃が懐かしいが、いつから私はこうなってしまったのだろうか。
「いやいやいや、だいぶ違うと思うんだけどな。自分と似た姿の生き物を食べるって、なかなか出来ることじゃ無いと思うけど?」
メアリの反応は非常に
……もしや、彼女もまた、中身が……。
「食べて美味しかったら、どっちでも良いよぉ? メアリちゃんは変わってるねぇ」
見落としが有ったかと、無言で「鑑定」を起動する私を押し退けるように、エマが身を乗り出す。
それはそれで問題発言の筈なのだが、もはや私の中に違和感はなくなってしまっている。
「ええぇ……エマちゃん、もっとちゃんとした、良いモノ食べたほうが美味しいと思うよ?」
押され気味に返すメアリの情報の中に、転生だとか転移だとか、そういった類に関するものや不審点は見当たらない。
称号にすら無い。
気になるモノと言えば、「常識人」とか「苦労人」とか「平和主義者」とか、それは称号なのか疑いたくなるようなものが散見される程度だ。
この世界の常識人や苦労人、平和主義者と名乗る者は、大概信用してはいけないと言う事らしい。
尚もどうでも良い問答を続ける2体を率い、私はだいぶあやふやな待ち合わせ場所を目指して歩く。
あやふやとは言っても、原っぱのど真ん中で待つ2つの青反応が「探知」越しに確認出来るので、迷うことは無いのだが。
無事に合流し「霊廟」に戻った私たちは、ほぼ全員の希望で、まずはそれぞれ入浴して身を清める事となった。
魔法で洗浄し、身体的には全く問題無いのだと頭で理解出来ていても、感覚的嫌悪感はなかなか拭えない。
そういった際に行う入浴は、気分的にとても良く効くのだ。
唯一入浴しなくても平気、そんな様子のエマだったが、メアリに風呂の使い方を教えるついでにと、2人で入浴したようだ。
ちなみに、入浴はそれぞれの個室に備え付けの浴場でそれぞれ個別に行っている。
この「霊廟」に大浴場は存在するが、私たちは特に利用したことが無い。
今度皆を誘って試してみようかと思う反面、カーラのザ・人形なインパクトボディは別の意味で刺激が強そうだと思い、実行に至る勇気が湧いてこない。
悪夢を見たらどうしよう。
「このみじん切りと言うのは、面白いな! ここまで細かく斬れるものなのだな!」
調理が楽しくなったのか、ご機嫌なカーラはすこぶる笑顔だ。
「暴れないで下さい、せっかく切った玉葱が散ってますよ」
答えながら、私は両手の包丁を叩きつけるように、猪肉をミンチにしていく。
まさかそんな誤解は無いと思うが、いくら私でも、食材をメイスで叩いて「はい、ミンチ」とか言うような真似はしない。
「……あんだけ暴れた後で、良くまあハンバーグなんて食べる気になるよな。それともこれ、私に対する嫌がらせか何かか?」
私と同じ様にミンチメーカーになっているアリスが、唇を尖らせてぼやく。
文句は私ではなく、エマに言うと良い。
「ホントだよ。その嫌がらせは私にも効くから、勘弁して欲しいな」
そんなアリスに、玉葱を刻みながらメアリが同調する。
普段は料理をしないと言っていたのだが、カーラと違ってその手捌きは丁寧だ。
「ええぇ? ハンバーグ美味しいよねぇ? アリスちゃんも、好きでしょお?」
料理に興味の無いエマが、それでも好物は別なのか、硬いパンを磨り潰しながら不思議そうに顔を向けている。
「全くです。素直じゃない人形ですね」
そんなエマに頷きながらしれっと乗っかる私だが、内心は、どちらかと言えばアリスやメアリに近い。
メアリは珍しく溜息を落とし、アリスは少しの時間言葉を失ってから、2体は同時に口を開いた。
「時と場合によるんだよ」
それはまあ、散々フレッシュな挽き肉を量産した後ともなれば、出来立てハンバーグなど食べる気にもならないだろう。
例え
不思議そうな顔のエマとカーラ、不機嫌ではないがただただ疲れた顔のアリスとメアリ、そして笑いを堪えて無表情な私。
5体の楽しい協同クッキングは順調に進むが、実に不思議な事に、驚く程食欲は湧いてこないのだった。
私も、血みどろの後は出来れば、さっぱりとしたお料理を頂きたいですね。