走る。
右脚は大腿部を深く斬り付けられ、左脚は脛を
右腕は斬り落とされバランスが狂ったが、そんな事を気にしている余裕も無い。
アルバレインの既得権益を掠め取ろうとか言うどうでも良い事に、駒を使い過ぎた。
その結果、謎の人形らしきものの調査を中断して出張って来た挙げ句、更に駒を失い自身も手痛い傷を負った。
ぼんくら共の半数は彼女の存在そのものを知らないし、駒についても、例の召喚の儀とやらで増やせば良いと考えているらしい。
甘すぎる。
まず、当たりが出るか判らない。
そして、当たりが出た所で、そこそこ鍛えたり躾けたりしなければ、使い物にならない。
何より――使い物になった所で、アレの相手など出来まい。
走る。
景色を置き去りにする勢いで、風も舌を巻く速度で。
両脚は悲鳴を上げている。
草原から森林へ、そこでようやく彼女は速度を緩めた。
影に潜って移動するのも、距離的な限界が有る。
ただひとり、自分を逃がすためだけに全力を使い、魔力の残りはもはや心許ない。
連れていた駒はひとつが裏切り、残りは皆、殺された。
斬り落とされた腕は既に疑似血液の流出は止まっているし、足の方も修復は進んでいる。
「アレは、何だったんだ……? エマ? エマと言ったか? アレが……『爆殺』だと言うのか?」
思い起こす。
暗闇に紛れて走る、彼女の前に立ちはだかった獣。
そして、それを追って現れた4つの影。
全て、探知は赤反応。
探査は通らない。
鑑定も効かない。
そんな彼女が「影」を駆使しても、防戦一方に追い込まれたあの獣が。
あれが、「爆殺」エマだと言うのか?
魔法戦仕様とは言え、基本性能は高い。
故に、近接戦闘も出来ない事は無い。
だが、幾ら何でも、アレは度が過ぎている。
なぜ、近接戦闘特化の自分を遥かに上回る戦闘能力を有しているのか。
魔法戦に特化した設計の人形が、何故。
急いで本国に戻らなくてはならない。
心酔するリズに判断を仰ぐため、クロエは気力を振り絞る。
どんな相手でも、自分の能力でなら最悪暗殺は出来る。
そんな自信に入った罅は、その足取りを負った怪我以上に重くさせた。
聖教国滅亡の、数日前の出来事である。
夜が明けて、ちゃっかり「霊廟」の一室を占拠し、しっかりと入浴まで済ませたメアリは笑顔に磨きが掛かっている。
「やあ、料理も美味しかったし、お風呂でもゆっくり出来たし、何より人助け出来て気分が良いね。持つべきものは姉妹とその仲間だね」
結局ハンバーグを食べたメアリだったが、出来上がりに大絶賛であった。
調理のメインがアリスだった事も私の中では微妙な気分なのだが、メアリの現金さにも呆れてしまう。
挽き肉量産祭の後にハンバーグってどうなん? 的な態度は何処に忘れてきた。
そういう意味では、アリスが徹頭徹尾ドン引きで、食事量もいつもの半分も無かったように思う。
それはそれで繊細すぎると心配にもなるが、まあ、所詮他人事である。
エマとカーラは何も気にすること無く、平素と特に変わりはなかった。
「それは良う御座いました。では、問題も解決したでしょうし、私たちも旅を再開します。とっととお引取り下さいませ」
上機嫌のメアリに、私は丁寧に頭を下げる。
私がメアリに手を貸したのは、表面上そう見えるだけである。
折角の観光に水を差されたのでエマをけしかけ、どんな阿呆かと現場を見に行った所で聖教国の執行者とか言う不愉快な連中に気付いたので殲滅し、観光地がリアルタイムで廃墟になるのを見過ごすのも忍びないので、使える道具を使って死体の山を作っただけなのだ。
偽悪ぶる趣味は無いが、これが素直に私の中にあったことを並べた事実なので仕方がない。
「はああ? ちょっと待ってよ、せっかく会えたお姉ちゃんに、それは酷いんじゃないかな? もっと素直に甘えて良いんだよ?」
私の態度が余程意外だったのか、メアリは大袈裟に驚いた表情を向けてくる。
そんな私たちを見る道具……仲間たちは、興味も無さそうな様子だ。
どうせ彼女たちは、メアリが私の旅の同行を言い出しても、断る
なんとなくメアリはそう言い出しそうだと、私も予想してはいるが。
「生まれて初めて会った姉に甘える方法が分かりません。そんな事より、
考えていることも予想も一切口にも表情にも出さず、私の口調も態度もいつも通りだ。
観光と言っても、500人規模の盗賊団に滅ぼされかける小さな街――あれ、村で良いんじゃないかな――だ。
恐らく1日で見るところも無くなるだろう。
それにどうせ、あれほどの大暴れをした後だ。
村……街を護ったとは言え、住人の感情は複雑だと思う。
互いに、用事が済んだらさっさと縁を切るのが、正しい選択なのだ。
私の胸中などお構いなしなメアリは、先程までとは打って変わって不機嫌顔だ。
「それはそうだけどさぁ。全く、素直じゃない妹だね。まあ、可愛い妹の言う通り、あの街にはまだちょっと用があるし、行こうか」
しかし、言葉を続けるうちに、瞬く間に笑顔に戻ってしまった。
この人形は、この人工精霊は危険なのではないか、根拠も無く、私の中に疑念が生じる。
「畏まりました。……さあ、みんな行きますよ」
私は無表情を取り繕い、談話室でダラダラと過ごす仲間たちに顔を向ける。
「ああ、行こうか。歓迎はされないだろうけどな」
あの街に関して、アリスは私と似たことを考えていたらしい。
やや重めの腰を上げ、大きく伸びをしてから、私に答えた。
「片付けしてないけど、良いのかなあ? 勿体ないしぃ」
エマは跳ねるように椅子から離れると、私に駆け寄りながら言う。
片付けとは、昨日作った死体たちの事だろう。
あの街を心配している風を装っているが、「勿体ない」と言う発言に、彼女の魂胆が透けて見える。
「今回は我慢して下さい。最悪、死体の焼却程度は手伝いますが、あまり街の人を怯えさせては可哀想ですから」
何となく頭を撫でながら、エマを諭す。
これ、冷静に考えたらエマのほうが姉の筈なのだが、この絵面はどうなんだろう。
「私は単純に億劫だから、工房に籠もっていたいんだが……ダメだろうか」
「ダメです」
ここぞとばかりにサボろうとするカーラに、即答で不許可を告げる。
渋々と立ち上がり、いつものように手袋でその手を――外骨格式人形の、その指や手首の関節を隠すカーラ。
彼女は工房エリアの管理人でしか無い、と認識している様子だが、それは事実上、この「霊廟」の管理者になったのだとは気付いていない。
その証拠に近いものが、彼女に齎されているというのに。
それは、私のものに良く似ているが明らかに上位の、解放された全フロア直通のドア。
私の持つそれはエントランスにしか繋がらないが、カーラが手にしたそれは、彼女が望むフロアへと繋がる。
そんな大層なものを持っているというのに、基本的に私の許可が無ければそれを使おうとしない。
私の顔を立てているのか面倒なだけなのか、今ひとつ判断がつかないが、逆にあまり調子に乗られても鬱陶しい。
当然、私から特に何かを言うこともない。
ただ、カーラが今回、殊更サボろうとするその理由は、私やアリスの懸念と同じだろう。
その気持ちは理解出来るが、だからといって逃してやる理由は無い。
エマとメアリ以外の全員が渋る重い足取りで外に出て、無闇に怖がられるのも嫌だなあとか考える私を迎えた街の衛兵や住民たちは。
皆笑顔で、何故か歓迎ムードだった。
人形が作ったハンバーグは手捏ねなのか手捏ね風なのか。気になります。