普通は。
普通は、こう、街が襲われて不安の中、街の外で化物が大暴れしていたら。
普通は、もっと恐れたり、拒否感が出るものではないのか?
「……なんでお前はそんなシケた
アリスが私の表情にケチを付けてくるが、甚だ余計なお世話である。
他人様が考え事をしていたら、黙って放っておくのがセオリーだと知らんのか。
「私は
私は一気に言うと、ジョッキを呷る。
見た目のエレガントさなど、酒場には不要である。
「……お前、ホントあの双子が嫌いなのな?」
そんな私を可哀想なものを見る目で見て、アリスは通り掛かったウェイトレスに向けて空のジョッキを掲げて見せる。
その遣り取りを眺めながら、私は関係のない事に思考を向けていた。
「随分な勘違いをされていますが、嫌いでは有りませんよ? 彼女たちには彼女たちの事情があって、私たちを警戒せざるを得なかったのでしょう」
記憶をなぞるように、言葉を紡ぐ。
「それはそれとして、『霊廟』にしでかした悪戯に関しては一切許す気は有りませんし、その他諸々含めて好きかと聞かれたらそれはそれで否定しますが。そうですね、同じ陣営なら安心しますが、味方と言えるほど近い距離に近付きたくは無い、そう言う事です」
アリスが私に向け直した眼差しは、様相を変えていた。
じっとりと、半眼に。
「……めんどくせー女だな、お前」
私の長々とした心情解説に、実に短い返答を投げ付け、アリスはジョッキを傾ける。
……そう言えば私は、アリスに元の世界での性別を話していなかったか。
まあ、面白いから今後も黙っていよう。
それはそれとして、実に端的に失礼な感想である。
「もー! マリアちゃんもアリスちゃんも、喧嘩しちゃダメだよぉ! せっかくみんながお祝いしてくれてるのにぃ!」
本格的に苦情を言ってやろうと意気込む私の出鼻を、脳天気な説教が挫く。
こういう場に1番馴染まないと思っていたエマが、人間をさして「みんな」と呼んだ挙げ句、このどんちゃん騒ぎを称してお祝いと
「そうだぞー? 楽しく呑んで騒いでおまけに
もしかして何処か不調なのではないか、そんな風にエマを心配する私に、脳天気な援護射撃をしつつ、メアリはローストした鶏肉をナイフで切り分けている。
確かに、緊張から解放された街の方々のお祝いムードに水を差すのは良くないだろうし、呑むのも食べるのも大いに結構だ。
だが、倒れてはダメだろう。
「……まあ、街の方々はそれで良いでしょう。ですが、大切な家族を失ったご家庭も有るのです。部外者である我々が、無責任に喜びすぎるのも考えものですよ」
街の人々の歓喜に水を差すのは良くないが、本来は部外者の私たちが能天気にはしゃぎ過ぎても、それはそれで宜しく無い。
私は不機嫌の矛先をメアリに向けてから再びジョッキを煽り、そこで初めて、ジョッキが空になっていることに気付いた。
仕方がないので先程のアリスを真似て、忙しく料理を運ぶウェイトレスさんにアピールし、おかわりの到着を待つ。
正論で諌めた風だが、単に嫌味を言っただけである。
「マリアはあれだな、考え過ぎるのだ。もっと気楽に構えて良いと思うぞ? 普段は不遜で傲岸なのに、妙な所で生真面目だ。疲れるだろうに」
私の目論見通り鼻白むメアリを眺める私に、もさもさとサラダ食しながら、カーラがつまらない茶々を入れてくる。
そちらに顔を向けた私だが、直ぐに投げつける言葉を選べない。
思いも掛けない、大きく的を外したことを言われると、返答にも窮するというものだ。
私ほど能天気で無責任で好い加減な存在など、そうそうお目に掛かったことが無いのだが。
私は一度咳払いして、思考を整える。
結局いつも通りの私たちなのだが、やはり私は何処か納得が行かない。
時折やってくる婦人や子供たちに涙ながらに礼を言われる都度、私の気分は重くなる。
あなたたちが泣いているということは、つまり私たちは間に合っていないのだ。
なにしろ、私は私自身の為にしか動かなかったのだから。
カーラが言う真面目さとは私は無縁だが、小市民さが髄まで身に沁みてしまっている事だけは痛感せざるを得ない。
そして、ようやく合点が行く。
私は、ただただ居心地が悪いのだ。
「紹介するよ、この子は……なんだっけ?」
更に明けて翌日、朝。
町の方々に、防衛隊の方々と共に歓待を受けた私たちは、宿まで用意されて断れず、一泊を過ごした。
何処にでも有るようなありふれた宿だが、心遣い補正で実に快適に過ごせた。
それ故、居心地の悪さもひとしおなのだが。
朝食を頂くために1階の食堂に出た私は、メアリに引き合わされた人物をまじまじと眺め、紹介と言うには半端にも程が有るその言葉を聞いていた。
「人様が煩悶としている間に、随分と良い御身分ですね。昨夜はお楽しみでしたか?」
私と目を合わせた途端、もじもじと目を逸らす少年に、嗜虐心を唆られる。
そんな私はメアリに目を向け、下世話な質問を浴びせてみた。
元の世界でこんな事をしたら、即訴えられるだろう。
「あっはっはっ、よせやい、この子は奥手過ぎてそんな度胸無いよ。挑んでくるならお相手するのも、吝かではないんだけどね?」
しかし、メアリはあっけらかんと笑って受け流す。
私やメアリはそれで良いのかも知れないが、さり気なく槍玉に上げられている少年はたまったものでは無かったのだろう。
赤面してしまった彼は、いよいよ私と目を合わせてくれない。
「堂々たるセクハラしてるんじゃないよ。その子が可愛そうだろうに。メアリも、あんま誂ってやるなよ」
呆れ声のアリスが少年に助け舟を出す。
ぶっきら棒でガサツな口調が目立つ彼女だが、実は常識人枠である。
私たちの中では、と言う程度の話だが。
「で? その子の名前、なんて言うんだ?」
続けて、アリスはメアリに紹介の続きを促す。
下手に放っておけば、またセクハラ発言でもすると思われたのだろうか。
実に心外である。
「えっと、昨日聞いたんだけどな。なんだっけ?」
メアリは呑気に頭を掻くと、ついに紹介を放棄した。
挙げ句、それを本人に丸投げである。
なんだかメアリに妙な親近感を抱いてしまう。
「あ、ええと……僕は、
私が妙な共感を覚えていると、好い加減なバトンを受け取った少年が、おずおずと声を押し出した。
思いの外綺麗で高く思える声質の、線の細い、妙に顔立ちの整った少年である。
中性的と言うか、身長もそれほど高くないのも相まって、10代前半から半ば程度にしか見えない。
細すぎる
実は流し見した鑑定で彼の名を知っていたのだが、初見の人間にいきなり名前を呼ばれても薄気味悪いだろうと、その言葉を待っていた。
偽名でも名乗れば面白いと思っていたのだが、どうやら素直な性格であるらしい。
レベルは262と人間にしては異様に高いが、外見からそれを感じることは出来ない。
人は見掛けに依らない、とは良く言ったものだ。
他に気になる事もなく、私はざっと見ただけで鑑定を閉ざしたが、この目で見ても俄には信じ難い。
「この子が、クロエと仲間たちから逃げてたところを、私が保護したんだ」
メアリが得意げに、有りもしない胸を反らす。
今まで見てきた聖教国の関係者とはあまりにも違うその雰囲気に、私は毒気を抜かれた。
勝手な見た目な感想で恐縮だが、なるほど確かに、この気の弱そうな有様では、イカれた集団の中では浮いて仕方が無かっただろう。
「こんな可愛い女の子を追いかけ回すなんて、ましてや殺そうだなんて、酷い話だよね」
メアリの当然のような発言にうんうんと頷いた私だったが、ピタリと動きを止める。
今、メアリは聞き捨ててはいけないことを言わなかったか?
「今、女の子と……言いましたか?」
驚愕する私に向けられた複数の視線は非難の刃を纏い、私の顔に刺さるのだった。
空気の読めなさは、称賛に値するでしょう。