なまじ顔が整っていると、性別の判別が行方不明になる。
そんな私の感想を言った所で、多数の同意を得られない事を、身をもって知った。
「どこから見ても女の子だろうに、なんで男だと思ったんだ?」
「キミの観察眼はよく磨く必要が有るね。僕に師事するかい?」
「
「マリアちゃんらしいねぇ」
仲間たちその他の温かい言葉に、涙が零れそうだ。
笑い過ぎで。
少なくとも、メアリを師と仰ぐ事は無い。
どいつも偉そうに言っているが、恐らく鑑定をちゃんと見た程度だろう。
鑑定まで使って細かい所を見ない私のほうがどうかしていると言う事実からは、どうか目を逸して頂きたい。
大体、
本当にそんな判別法だったのか、カーラ。
お前の目には何が見えているんだ。
「私の迂闊さについては反省しますし、失礼については謝罪致します」
とは言え、無駄にいたいけな少女を傷付けてしまったのは間違いない。
私は素直に頭を下げる。
「あ、ええと、そんな、気にしないで下さい」
そんな私に、少女こと純は素直に頭を下げてきた。
あまりにも気が弱く、腰が低過ぎる。
これで本当に聖教国の執行官のひとりだったのかと疑うが、先程見た鑑定の結果では間違い無い。
それに「元」が付いていることから、有り体に言って裏切ったのだと言うのも間違いが無い。
なかなかだいそれた事をしでかしたと思うが、性格的に執行官に向いていなかったのかも知れない。
「本名を言いましたけど、家名が有ると面倒なので。普段は単にジュンと名乗っています。なので、そう呼んで貰えると助かります」
はにかむように笑って言うジュンは、その見た目や物腰に反して、私が出会った執行官の中でもかなりの高レベルだ。
もしかしたら最大レベルかも知れないが、果たしてどうだったか。
私たちが話しているのは、街の西の門を出た草原の只中。
人の耳目を避けたいが、かと言って死体や悪臭の中で楽しく会話を交わす趣味も無い。
そうなれば、先の襲撃を免れたこの西の門の先しか無いだろう。
「畏まりました。それでは、ジュンさんとお呼びさせて頂きます。メアリにはもう話したのかも知れませんし、どちらに語って頂いても構いませんが、
和気藹々と雑談を交わしていた私たちの間を、風が抜けていく。
それまでももじもじと口数の少なかったジュンだが、私の質問を受けていよいよ口を閉ざし、その頼り無げな視線をメアリに向ける。
「ああもう、ジュン、キミはもっと自信を持つべきだよ。クロエちゃんが現れるまでは他の執行官達と互角以上に渡り合い、街に危機を知らせようと奮闘した闘士と同一人物とは思えないね」
嘆くメアリの横面に、私の疑惑に塗れた視線が刺さる。
現実として当人が此処に居るのだから信じろ、と言う事だろうし、ジュンのレベルを考えたらそれも可能かも知れないが、ここまでの短い時間で僅かな言葉を交わした印象では、メアリの言葉を信じるのは難しい。
信憑性の有る点と言えば、クロエに対してはまるで歯が立たず、メアリの介入で命を拾った、と、そう読み取れる部分のみだ。
信じ難いことがそこらに転がっているのが世界というものだと言われれば、こちらが鼻白んで黙るしか無いのだが。
「やめてよ。僕はただ、罪も無い人達を守りたかっただけなんだ。力を持っているなら、正しいことに使うべきなのに」
ジュンは暗く笑うと、俯いて言葉を紡ぐ。
「僕は弱かったから、彼らを止めることも出来なかった。メアリさんが居なかったら、クロエ様……さんに殺されて終わってた筈さ」
俯いて誰とも目を合わせようとしない少女は、恐らくだが、確かにメアリの言う通りだったのだろう。
自嘲気味な言葉の端々に、自身への不甲斐無さに歯噛みする思いが透けて見える。
随分と、高潔な思想を持ち歩いているようだ。
私など、力は己のために行使するものと弁えていると言うのに。
常識人枠のアリスでさえ、そこまでの高潔さは持ち合わせては居ない。
出来る事になら手を貸すし、人助けも生命があってこそ。
トアズで
だが、価値観が違うというだけの理由で、私はジュンを否定する気は無いし、寧ろそれはそれで尊い考えだとも思う。
犠牲は歴史の下敷きでしか無いが、殉教者は人々の心に火を灯す事も有る。
そして人々こそが、歴史を織り上げていくのだ。
ジュンの行動に関して言えば、メアリが居なければ殉教者どころか、人の目に触れること無く朽ちていただけだと思う。
だが、仮にそうなっていたとしても、私には信念に基づいて行動したその結果を笑う事は出来まい。
「なるほど、理解しました。それで、事ここに至って、
それはそれとして、彼女、正確にはメアリとジュンの身の振り方が気に掛かる。
それぞれが単身で旅を続ける可能性がそれなりに高いと思えたが、それとは別の可能性もどんよりと広がっている為、確認せずには居られないのだ。
まさか私たちと旅をしたい、とか言い出さないだろうな、と。
「あはは、そうですね。僕ももう、あんな国に戻る気は無いです。花屋のおじいさんとか、野菜売りの女の子とか、良い人達も居たけど……むしろ、私と関わったほうが不幸になるでしょうし。しばらくは、ひとりで旅をしてみようと考えています」
そんな私の杞憂を笑うように、ジュンは吹っ切れたような、さっぱりとした笑顔を向けてくる。
どうやら、ひとりは私の良い方の想定内に収まってくれそうだ。
「これでも、まあ、
私の無言を心配と受け取ったのか、ジュンは取り繕うように続ける。
まあ確かに、実力的な部分や実務的な事柄については、心配は無いのかも知れない。
だがその性格では、どこかで騙されそうで心配では有るのだが。
「おやおや、ひとり旅とは寂しいことを言ってくれるじゃないか。私と一緒に、マリアちゃんの旅にぶら下がろうよ。旅は道連れと言うし、せっかく出会えて仲良くなれたんだしさ」
しかし、もう1体の方は、私の悪い予感の方を正確にトレースしてきた。
変に言葉を飾らない分好感が持てる……とでも、言うと思ったか。
私は小さく息を吸い込む。
しかし、口を開く前に、ジュンの目を見てしまった。
寂しげで、どこか覚悟を決めたその目を見てしまった私は、叩きつけようと思っていた言葉を呑み込んでしまう。
同情で物事を決めると、大体碌なことにならない。
だが一方で、なし崩しで旅の共となり、なんやかんや有りつつも、罵声を投げ付け合う程度には適度に良好な関係を築く事もある。
私にとっての正解は何か?
今言葉を発さなければ、何も考えていないエマやカーラ当たりが、私の意向を無視してメアリの提案に賛同してしまい兼ねない。
これ以上騒がしい旅路は御免なのだが、捨てられて雨に打たれる仔犬を眺めているような罪悪感も耐え難い。
ただただ性格が良さそう――現状では、そう見えているだけなのだが――な少女と、なんだか面倒くさそうな姉妹人形。
どちらかだけを選べるのなら、これほど悩みもしないものを。
ジュンの瞳からから逸した私の目には、それほど高くもない防壁に囲まれた街が、何事も無かったように佇んでいた。
妙な所で意固地なくせに、決意を固く保てません。