迷子のマリア   作:naow

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ひとり旅願望を持っていた筈ですが、もう諦めたのでしょうか。


152 罪の旅路

 夏の日差しが高度を上げていく。

 まだ昼までは時間が有るが、草原を渡る風が心地よく感じられる程度には、空気も温まってきた。

 

 もはや戻れない遠く故郷の夏を思い出すと、この世界、と言うより、この地域の夏は随分と優しい。

 

「それは、あれか? メアリもジュンも、私たちと一緒に旅をすると、そう言う話か?」

 

 私が言葉の選択にまごついている間に、案の定、カーラが口を挟んできた。

 ……のだが、何やら声の調子が硬い。

 

「いやあ? そうなれば良いとは思うけどね。でも、私はともかく、ジュンはちょっと難しいだろうね」

 

 答えるメアリは、予想に反してあっさりと否定した。

 

 なんだ?

 私の想定外の事が起きているが、それは私の願望には合致している。

 

 喜ばしい筈なのだが、どうにも話が上手すぎて、逆に疑ってしまう。

 

「……そうだな。聖教国の元関係者だと言うだけでも、あの国以外の人間の大半は関わりたくないだろうな。ましてこの街じゃあ……」

 

 アリスが会話に加わる。

 その視線は、すっかり俯いてしまったジュンを捉えて。

 

 妙な話である。

 

「黙っていれば良いではないですか。馬鹿正直に話す理由も無いでしょう?」

 

 これ以上、同行者を増やしたくない私が、ジュンの援護に回るとは。

「そうなんだけどな? そうなんだけど、多分、私の予想だけど」

 そんな私に顔を向け直して、アリスは面倒そうに前髪を掻き上げる。

 そんなアリス越しに、メアリが肩を竦めている様子が見えた。

 

「もう既に、喋っちまっただろ? この街に危険が迫ってると知らせる為に」

 

 ……なるほど。

 アリスが懸念し、メアリが肩を竦めた理由は理解(わか)った。

 そして、ジュンの為人(ひととなり)から、その情景を想像するのも容易だ。

「そう言うことさ。ジュンを保護して街に逃げ込んだ私は反対したけど、黙っている訳にはいかないって、保護対象が聞かなくてね?」

 まあ、そうなっただろう。

 私などから見れば、無駄に正義感を抱えていると見えてしまうが、実際はどうなのだろうか。

 判るような理解(わか)らないようなその感情に任せて、ジュンは茨の道と知って踏み出した訳だ。

 

「僕は確かに、あの国の執行官として働いてたんだ。期間で言えば1年、長くはないけど短過ぎはしないよ。今回ほど大規模な仕事は初めてだったけど」

 

 俯いたまま、ジュンは口を開いた。

 

「今までの小さな仕事の中で、取り返しのつかないことを幾つも重ねて来たんだ。今更、無関係ですなんて、言えないよ」

 

 執行官。正確に言えば、聖教国異端審問執行官。

 私の感性で翻訳すれば、教国の犬。

 命じられるままに暗躍する始末番。

 

 平たく言えば、聖教国にとって邪魔な存在を殺す者。

 ジュンもまたそうであった、そう言うことだ。

 

 アルバレインに直接関わる班に編入されなくて良かったね、と、私は河川敷での戦闘を思い出す。

 

「……私も、聖教国の連中には良い思い出が無くてな。何度か追い払ったものだ」

 

 ジュンの独白のようなそれに、カーラが応える。

 

「あまりにもしつこく、鬱陶しかったのでな。自ら離れることを選んだのだが、それを選ばせた聖教国を」

 

 カーラの声に、影が降りる。

 夏の日差しが、温度を下げたかのような錯覚に囚われてしまう。

 

「ドクター・フリードマンの墓所を踏み荒らしたお前たちを、私は許す心算(つもり)は無いぞ」

 

 私の目が、カーラに向けられた。

 その怒りは、私にも覚えがある。

 

 そうか、だから、カーラは。

 あの時、私の怒りを止めようとはしなかったのか。

 

「まあ、気持ちは理解(わか)るけど、落ち着けよ。……これが、元聖教国の人間が旅をするって意味だ。お嬢ちゃん、ホントにアンタには耐えられるのかい?」

 

 カーラを止めたのは、アリスの静かな声だった。

 その顔は表情を消し、私でさえあまり見たことの無い、凍えるような無表情だ。

 

「一応言っとくけど、私も個人的に恨みは有る。昔組んでた、他所から来た治療士(ヒーラー)を、みすみす殺されちまったからな」

 

 アリスの声は、カーラの怒りと絡まり合って、周辺の空気を凍りつかせる。

 他所から来た、と言うのは、他の大陸から来た、と言う意味だろう。

 

 聖教国は野良の治療士(ヒーラー)に帰順を求め、従わなければ排除する。

 そんな噂が有ったが、それはどうやら事実だったらしい。

 

 そしてこれが、ジュンの言う「小さな仕事」の積み重なった結果だ。

 ここには2つしか無いが、旅をするなら、幾つの怒りに、恨みに向き合わねばならないのか。

 

「……僕のした事じゃない、とは言わないよ。許して欲しいとも言わない。だけど、だからこそ、僕はどこにも居られないから、旅をするしか無いんだ」

 

 私の心が軋みを上げた。

 ヒトでは無い、そもそも生物では無い故に時間の流れを共に歩めない私は、人類の生活圏に居座ることが出来ない。

 望んでこの世界に来た訳でも無いのに、そうしなければ生きられなかっただけなのに、ジュンは手を汚してしまった。

 そんな彼女は、聖教国を裏切ってしまえば、もう何処にも居場所が無い。

 

 ああ、これだから。

 

 理解できる、或いはそう思い込む事が出来ると言うのは、全く持って厄介だ。

 メアリがまた、小さく肩を竦めている。

 

「見上げた覚悟じゃないか。アンタはまだしもマシだから応援はしてやるけど、協力は出来ないね」

「同じく、だ。聖教国(あのくに)に関係していた、それだけで充分、私の敵さ」

 

 アリスとカーラ、穏健派とも思えた2体が、はっきりとジュンの加入を拒んだ。

 だがジュンは、既にあの街に危機を伝えるに際して、自身の身分を明かしてしまったという。

 

 少なくとも、もうあの街には滞在出来まい。

 

 悪い流れになってしまえば、逆に滞在できるかも知れないが、それは罪人として、だろう。

 街の危機を救う切っ掛けになった、そう取って貰えるなら追放程度で済ませてもらえるかも知れないが、もしも、街の人間が判り易い悪役を欲したなら。

 

 そうなる前に逃げてしまうのが最良と思うのだが、それは私の考えであって、ジュンのものではない。

 

「ほとぼりが冷めてしまえば、旅人としてなら、特に不自由は無いでしょう。私は、ジュンとメアリ、2名を迎え入れることに反対はしませんよ?」

 

 半端な同情は、誰にとっても良い結果を産まない。

 それを知っている筈なのに、私の口からは自然と言葉が溢れ落ちた。

 

 アリスとカーラが、私の方に振り返る。

 

「勿論、私の仲間たちの感情の問題も有ります。ですので、あくまでも私個人としては、ですが」

 

 つい先程までは、これ以上旅の人数を増やさない事を考えていた。

 だが、経緯は違うが私と似たような境遇に陥った少女を。

 様々な意味で茨の道に進もうとしている彼女を。

 

 私は、黙って見送る気分には、どうしてもなれなかったのだ。




珍しく、アリスとカーラが不穏ですが、大丈夫でしょうか。
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