取り敢えず悪くなってしまった空気を誤魔化す為に、私たちはそれぞれ街の衛兵さんが凄い顔、或いは心を無にして作業を行っている現場へと赴いた。
これは別に、更に暴れちゃうぞー、とかではなく、街周辺の、ぼちぼち腐り始めている元人間のパーツを片付ける為だ。
特に私やエマは、それぞれの荒い戦い方の所為で死体があちこちにバラ撒かれてしまっている。
いつもの事と言えばそうなのだが、いつにない人数を細々とした死体に変えてしまった現状には嘆息するばかりだ。
そろそろ、本気で戦い方を変えようと思う。
私が顔を出すと、北門周辺で作業していた衛兵さんが揃ってギョッとした顔をしたのだが、無言で作業を手伝っていればこちらの意図は伝わるだろう。
急に襲い掛かってこられたらびっくりするから、そういう事だけはしないで欲しいものである。
夕刻までの作業で、まあまあ街周辺は綺麗になった。
少し離れた所に掘られた大地のくぼみに投げ込まれた、形が残ってたりただの生ゴミだったりを、私の魔法で一気に焼却した。
同じ頃、東門の方で派手な火柱が上がったが、あれはきっとエマだろう。
焼けた死体がバラ撒かれた、なんて事になっていないことを祈るしか無い。
私たちは東門に向けていた目を街に戻し、全員が綺麗に「見なかった」事に徹して、何食わぬ顔で街へと戻るのだった。
そんな感じで街に戻り、衛兵隊とも別れた私たちは、どうやら今夜も賓客扱いを継続して頂けるようである。
有り難い限りだが、料理や酒は
先に冒険者ギルドの酒場でサラダを突付いているカーラに合流し、金貨1枚で日本円にして約2万円だったか? あれ、違ったか? とか、そんな事を考えていると、遅れてエマとアリスが顔を出した。
「多いトコに出張った所為で、まあ時間が掛かる掛かる」
引いた椅子にどっかりと腰を降ろしながら、アリスが疲れた声を上げる。
そのままアリスは片手を上げてウェイトレスを呼び止めると、ウオッカをジョッキで頼んだ。
アリスの中身が実はロシア人だと言われても、きっと私は驚かないと思う。
「多いと言うより、エマが張り切りすぎた結果では?」
私は先に来ていた余裕でエールをちびりと
「うーん。後片付けのこと、全然考えてなかったよぉ」
細かな長時間の作業に、流石のエマもぐったりと、テーブルに上半身を投げ出している。
大虐殺の後は大変なんだぞ、と覚えてくれれば、今後も……いや、何も変わらないだろうな。
「……そう言えば、ジュンはどうしたのです? 北門では見ませんでしたが、他の所に?」
そんな、それぞれに疲労の色を見せる仲間たちを見回して、私は漸くひとり足りない事に気が付いた。
アリスは疲れた顔を特に変えることは無かったが、カーラの顔に酷く嫌そうな、そんな表情が浮かんだのを、私は見逃さなかった。
「ああ、あの子なら、衛兵隊の本部とかで、色々話してる筈だよ?」
いつ頼んでいつ届いたのか、メアリがパスタを頬張りながら答える。
何故そんな事を知っているのかと考えたが、まあ、どうでも良いことだ。
「ふむ。そうなると、悪くすればそのまま勾留ですか。メアリ、
頼んでいた野鳥のソテーと猪肉のステーキを受け取りながら、私はどうとでも取れてしまう、そんな質問をぼんやりと投げつける。
「どうって? ……ああ、今後のことなら、そうだねえ」
メアリはパスタを頬張りながらキョトンとした目を私に向けて、そして直ぐに私の質問の意図を汲み取った。
意外に思えたが、さり気なくエマよりも後発である彼女は、理解力という点でエマよりも高性能だったのか、或いはそれなりに人と会話を重ねて来たのだろうか。
アリスもカーラも余計な口を挟まず、黙って言葉の続きを待っている。
「どう転ぶかはまだ不透明だけど、そうだね。私は、ジュンと一緒に行動するよ」
なんとなくそうなると思っていたと言うか、私は勝手にメアリとジュンをセットで考えてしまっていた。
どちらかだけが私達と共に来る、そういう事は無いだろう、と。
だが、メアリの返答には、2名で旅をするのか、私たちと共に行くのか、その部分が明示されていない。
こちらサイドの約2名が、表面上は興味のない風を装いながら、メアリの発言を聞き逃すまいと聴力に意識を傾けている。
「あの子が君たちと一緒には行けないと言うんだったら、ここでお別れになるね。寂しいけど、仕方がないや」
メアリはさして残念でも無さそうに肩を竦め、カーラは安心したようにサラダを口に運ぶ。
カーラに関しては、少しばかり過敏な気もするが……まあ、背景を考えれば非難も出来まい。
私としては同行者が増えずに済んで喜ばしい反面、ジュンの今後の旅路に思いを馳せざるを得ない。
その道行に同行者が居れば心強いのは、間違いがないだろう。
「……それで良いのですか? ザガン人形として、命令が刻まれている筈ですが?」
そんな私の口から出たのは、祝福でも激励でも無い、単純かつ重要なモノ、である筈だった。
なにしろ、私はともかく、エマ始め他のザガン人形には皆、旅をし、人間種を殺せと命令されている筈なのだ。
ジュンは多少人の枠を外れた強さを抱えてはいるが、人間種であることは間違いない。
「へ? ああ、旅をしなさい、そして人を殺しなさい、ってヤツ? そんなの無視無視」
だが、メアリはあっさりと言い放った。
「そんな死にかけの爺様の妄言、聞き届けてやる義理は無いよ。ただでさえ人形ってだけで肩身が狭いのにさ」
私は驚き、エマの食事の手が止まる。
「ザガン人形と知れたら、そりゃもう散々さ。そのうえ死にかけの言葉なんかに、振り回されたくはないよ。私は私、生き方も死に方も私のモノさ。誰にも命令させないし、聞く気も無い。『
私たちの様子が変わったというのに、メアリは全く気にする
私の視界の端で、エマが静かに、ナイフとフォークを操っていた手をテーブル上に戻した。
「メアリちゃんは、お父さまの命令、聞かないの?」
視線を動かせば、不思議そうな顔のエマが、真っ直ぐにメアリに顔を向けている。
「私を作ってくれた事には感謝するけどね。……エマちゃん、私やキミの行動を決めるのは、あの爺様じゃない。自分で考え、自分で決めるんだ。決めても良いんだよ」
エマは、何を言われているのか
私やアリスは、純粋な人形とは違う。
アリスの胸中は知らないが、私は、その言い分に共感も出来る。
しかし、純粋に、その思考を司る部位までもが人間の手によるエマ、そしてカーラは、同じ存在の筈のメアリの言葉を、どう受け止めるのだろうか。
「私は……自分で、考えてる、よぉ?」
小さく弱く呟くと、エマは視線を落とす。
カーラも押し黙ったまま、その視線をテーブルの上に落としたままだ。
「それなら良いし、それで良いんだよ。そりゃあマスターの命令は重要さ、だけどね」
メアリはくるくるとパスタを巻き取りながら、楽しそうに口を動かす。
「私たちは、偉大なマスターに造られたからこそ、マスターの思惑を飛び越さなきゃいけない。それこそが被造物の使命だと、私は思うんだ」
言って、パスタを口に運ぶ。
気の所為か、酒場の喧騒が少し遠退いた気がした。
「出来るかどうかはひとまず置いても、ね。そうでないなら私たちは人形のままだし、人形のままで居るなら、
自分の頭を指差しながら、メアリは笑う。
エマもカーラも、メアリを見ていない。
見ていないが、その顔は、その目は、迷い、考える者の目だ。
「私は差し当たり、人間になってみたいのさ。出来るかどうかは知らないけどね」
悪戯っぽく笑う人形に、元人間の私とアリスは、静かに顔を見合わせる。
私たちは、果たして、目指して貰えるほど大した存在だったのだろうか。
メアリはいつから、そんな思いを抱えていたのだろう。
今まで、人形であることを当然と受け止めていたエマは、人形であることに誇りさえ抱いていたカーラは、イレギュラーな人形の言葉に、果たして何を思うのだろうか。
私たちの旅路は、言葉以上の意味で、分かれるべくしてして別れる事になる。
だが、旅の相棒として、ジュンとメアリは互いに、これ以上無い存在なのでは無いだろうか。
私はエールが満たされているジョッキを大きく呷ると、通りかかるウェイトレスに、空のジョッキを掲げておかわりの要求をするのだった。
……メアリの思想は理解しかねます。