迷子のマリア   作:naow

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人形である意義、そもそも人形とは何か。悩んでも振り向いても、夜は明けます。


155 通り過ぎる景色の中で

 充てがって頂いた部屋で目を覚ました私だったが、ほんの少しの気怠さから、身体(からだ)を起こすことを躊躇してしまう。

 

 ジュンの今後について。

 アリスとカーラに根付いていた、恨み。

 カーラとエマに植え付けられた、不穏の種。

 そのいずれも、メアリによって齎されたモノだと言う事実。

 

 やはり、メアリは危険な存在だ。

 

 目を開けたまま横たわる私は、とりとめもなく考える。

 メアリの危険性は薄っすらとだが認識できたが、だからといって排除しようとは思えない。

 

 彼女の危険性は、今すぐ私たちに降りかかる物ではない。

 むしろ、どれもがいつかは直面しなければならない物だ。

 エマも、アリスも、カーラも。

 

 そして、そのどれもが、私は気付くどころか考えもしなかった物ばかりだ。

 そういう意味では、ある程度の心構えを持つことが出来たのは良かったのだと、そう捉えるべきだろうか。

 

 身を起こして隣のベッドを見れば、同室のカーラが見事な寝姿で目を閉じている。

 私もそうでは有るのだが、しかし、何度見ても呆れるほどに寝相が良い。

 

 基本的に寝返りを必要としない身体なのだし、特にカーラは外骨格式なのも作用しているのか、睡眠状態に入ってしまえば、目を覚ますまで身動き一つしない。

 何を考えているのか睡眠中は呼吸も非常に緩やかなので、一見して呼吸が止まっているように見えてしまう始末である。

 もしや機能を停止してしまったかと期待……錯覚した事も有るのだが、耳をすませば小さな魔力炉の稼働音が聞こえるし、よくよく見れば呼吸もしているらしい、と判る。

 

 うっかり普通の人間にカーラの寝姿を見せれば、ちょっとした事件だと勘違いされかねない。

 

 初対面から今まで、何度か機能停止させてやろうかとも考えた事が有るが、今となっては事情が大きく変わってしまった。

 何の因果か、彼女は私が持つ「霊廟」の管理者になってしまったのだ。

 

 本人が何処まで把握しているのか定かではないが、本人から尋ねられるまでは、私が詳しく説明する心算(つもり)は無い。

 意地悪ではなく、単純にその方が面白いと思っているからだ。

 

 そんな無自覚の管理者様は、今後をどう過ごすのだろうか。

 

 私は静かに身支度を整えると、音も無く寝室を出るのだった。

 

 

 

 午前の少し遅い時間、1階の食堂に人影は無い。

 冒険者はどうやら朝が早いらしい。

 

 手持ち無沙汰な私は女将を手伝い、掃除をして時間を潰す。

 この街は図書館などの、のんびりと暇を潰せる場所が無い。

 仲間たちは人形のくせに寝相以外はだらしなく、私より早く起きてくることがない。

 

 アリスは元冒険者の筈なのだが、この有様で冒険者家業をやって行けていたのだろうか。

 

「おやあ? なんでマリアちゃんは、掃除なんかしてるんだい? 何かの罰かな?」

 

 背後から掛かった声に振り返れば、メアリとジュンが並んで、宿屋に入ってきたところだった。

 この2名は、別の宿を取っていたらしい。

 

「罰と言うなら、生まれたことがそもそもの罪でしょう。それで? ジュンの処遇は決まったのですか?」

 

 メアリの軽口を適当にあしらって、私は掃除を再開する。

 ジュンについて尋ねはしたものの、自由に出歩いている以上、少なくとも勾留されている訳では無い事は、見て理解(わか)った。

 

 果たして無罪放免となったのか、それとも。

 

「おう、なんだ、揃ってるのは3人だけか?」

 

 食堂から宿泊フロアへ続く階段から、声が降ってくる。

 振り返って顔を上げれば、微妙に髪を跳ねさせたアリスが、なんとも気の抜けた顔で階下を見下ろしている。

「……少しは身嗜みを整えてから降りてきなさい。何ですか、そのだらしのない格好は」

 のそのそと降りてくるその様子は、まるで人間のそれである。

「あー……うん。後でやる……」

 あまつさえ眠そうに答えてから、大欠伸までする始末だ。

 人形らしくないと言えばそれまでだが、そう言えばカーラも、寝起きはこんな有様だった。

 

 2体とも、睡眠の設定が可怪しいのではないだろうか。

 

「あ、ええと……おはようございます」

 

 そんなアリスと呆れて髪を整えてやる私に、ジュンがおずおずと、気後れ気味の声を掛けてくる。

 まあ、私だけならともかく、アリスとカーラは昨日、はっきりとした拒絶の態度を見せたのだ。

 気不味くもなると言うものだろう。

 

「おん? なんだ、朝から元気無いな。私の事なら、気にするなよ」

 

 寝ぼけ眼を向けたアリスが、お前が言うかと思えることを堂々と口にする。

 寝起きの頭が働いてい無さそうな顔で、そもそも誰がジュンを萎縮させているのか、良く考えろと言いたい。

 

 言っても気にもしないだろうが。

 

聖教国(あんたら)のやってた事を許す気は無いけど、そんなモン、私の勝手だからな。あんたは気にしなくても良いさ」

 

 挙げ句、フォローの心算(つもり)なのか、朗らかな口調で(とど)めとも思える事を口にする。

 その言い草で気にしないで済ませるような図太さを、ジュンが持っているとも思えない。

 

 案の定、ジュンはバツが悪そうに俯いてしまった。

 

「アリスちゃんは容赦ないねえ。確実に息の根を止めに来るタイプだよね」

「普段からガサツなのに、寝起きで頭が働いていないのです。起床後1時間程度は、だいたいこんな感じのポンコツ人形です」

 

 呆れすぎて笑うメアリに、恥ずかしげな私が答える。

 気持ちは理解出来なくもないが、もう少し言い回しに気を遣っても良いだろうに。

 

「あん? なんで私が責められてんだ?」

 

 欠伸を噛み殺していたアリスが、耐えきれずに再び大欠伸をしている。

 なんでも何も、そういう所だ。

 

 私たちの遣り取りに、ジュンはどう反応したものか、視線を慌ただしく走らせている。

 

「掃除の邪魔が増えましたね。ぼうっと立っていられても困りますから、適当に掛けて下さい。女将にお願いして、朝食を頂きましょう」

 

 私は箒がけを切り上げ、掃除用具入れの方向へ足を向けながら、軽く振り返りつつ3人に声を掛ける。

 カーラに関しては不明だが、エマは階下が賑やかになれば、自ずと降りてくるだろう。

 

 私は取り敢えず6名分の朝食を注文し、女将には掃除の礼を言われながら仲間たちが確保した席へと戻る。

 

 朝食でも摂りながら、最終確認の時間としよう。

 場合によっては、今日このまま、旅の空へ戻るのかも知れない。

 

 何も無い街だと思っていたが、思い掛けず大勢に感謝されたりして、それはそれで居心地が悪い。

 騒がしい声に顔を上げれば、私たちを見つけたエマが、ひとりで賑やかに階段を駆け下りてくるところだった。

 

 私にとって、エマにとって、人形にとっての自由とはなんだろう。

 一晩考えた程度では、答えらしきに届く筈もない。

 

 私は気持ちを切り替える。

 ふと気配を感じて振り仰げば、カーラが幽鬼のような有様で階上に佇んでいる。

 あれはジュンを嫌悪してとか、そういう事では無い。

 単純に、寝起きで思考が回っていないだけだ。

 

 まあ、悩もうが落ち込もうが、私たちは結局()()なのだ。

 

「カーラ、寝ぼけて足を踏み外さないで下さいね? 宿を痛めてしまいます」

 

 聞いているのかいないのか、カーラの足取りは怪しい。

 苦笑しつつ、私はそんなカーラの様子を見守る。

 

 考えて、悩んで、その結果がどう転んでも、私たちの旅は、もう止まらない。

 なるようになる旅路なのだから、その時までは。

 

 窓から差し込む夏の陽は、私の知るそれよりも柔らかだが、しっかりとした熱を持っている。

 夏か。

 エマではないが、なんとなく、海を見たい。

 

 私は次の目的地を、ぼんやりと思い浮かべるのだった。




立ち止まれないから、続ける旅。道はまだ続きます。
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