充てがって頂いた部屋で目を覚ました私だったが、ほんの少しの気怠さから、
ジュンの今後について。
アリスとカーラに根付いていた、恨み。
カーラとエマに植え付けられた、不穏の種。
そのいずれも、メアリによって齎されたモノだと言う事実。
やはり、メアリは危険な存在だ。
目を開けたまま横たわる私は、とりとめもなく考える。
メアリの危険性は薄っすらとだが認識できたが、だからといって排除しようとは思えない。
彼女の危険性は、今すぐ私たちに降りかかる物ではない。
むしろ、どれもがいつかは直面しなければならない物だ。
エマも、アリスも、カーラも。
そして、そのどれもが、私は気付くどころか考えもしなかった物ばかりだ。
そういう意味では、ある程度の心構えを持つことが出来たのは良かったのだと、そう捉えるべきだろうか。
身を起こして隣のベッドを見れば、同室のカーラが見事な寝姿で目を閉じている。
私もそうでは有るのだが、しかし、何度見ても呆れるほどに寝相が良い。
基本的に寝返りを必要としない身体なのだし、特にカーラは外骨格式なのも作用しているのか、睡眠状態に入ってしまえば、目を覚ますまで身動き一つしない。
何を考えているのか睡眠中は呼吸も非常に緩やかなので、一見して呼吸が止まっているように見えてしまう始末である。
もしや機能を停止してしまったかと期待……錯覚した事も有るのだが、耳をすませば小さな魔力炉の稼働音が聞こえるし、よくよく見れば呼吸もしているらしい、と判る。
うっかり普通の人間にカーラの寝姿を見せれば、ちょっとした事件だと勘違いされかねない。
初対面から今まで、何度か機能停止させてやろうかとも考えた事が有るが、今となっては事情が大きく変わってしまった。
何の因果か、彼女は私が持つ「霊廟」の管理者になってしまったのだ。
本人が何処まで把握しているのか定かではないが、本人から尋ねられるまでは、私が詳しく説明する
意地悪ではなく、単純にその方が面白いと思っているからだ。
そんな無自覚の管理者様は、今後をどう過ごすのだろうか。
私は静かに身支度を整えると、音も無く寝室を出るのだった。
午前の少し遅い時間、1階の食堂に人影は無い。
冒険者はどうやら朝が早いらしい。
手持ち無沙汰な私は女将を手伝い、掃除をして時間を潰す。
この街は図書館などの、のんびりと暇を潰せる場所が無い。
仲間たちは人形のくせに寝相以外はだらしなく、私より早く起きてくることがない。
アリスは元冒険者の筈なのだが、この有様で冒険者家業をやって行けていたのだろうか。
「おやあ? なんでマリアちゃんは、掃除なんかしてるんだい? 何かの罰かな?」
背後から掛かった声に振り返れば、メアリとジュンが並んで、宿屋に入ってきたところだった。
この2名は、別の宿を取っていたらしい。
「罰と言うなら、生まれたことがそもそもの罪でしょう。それで? ジュンの処遇は決まったのですか?」
メアリの軽口を適当にあしらって、私は掃除を再開する。
ジュンについて尋ねはしたものの、自由に出歩いている以上、少なくとも勾留されている訳では無い事は、見て
果たして無罪放免となったのか、それとも。
「おう、なんだ、揃ってるのは3人だけか?」
食堂から宿泊フロアへ続く階段から、声が降ってくる。
振り返って顔を上げれば、微妙に髪を跳ねさせたアリスが、なんとも気の抜けた顔で階下を見下ろしている。
「……少しは身嗜みを整えてから降りてきなさい。何ですか、そのだらしのない格好は」
のそのそと降りてくるその様子は、まるで人間のそれである。
「あー……うん。後でやる……」
あまつさえ眠そうに答えてから、大欠伸までする始末だ。
人形らしくないと言えばそれまでだが、そう言えばカーラも、寝起きはこんな有様だった。
2体とも、睡眠の設定が可怪しいのではないだろうか。
「あ、ええと……おはようございます」
そんなアリスと呆れて髪を整えてやる私に、ジュンがおずおずと、気後れ気味の声を掛けてくる。
まあ、私だけならともかく、アリスとカーラは昨日、はっきりとした拒絶の態度を見せたのだ。
気不味くもなると言うものだろう。
「おん? なんだ、朝から元気無いな。私の事なら、気にするなよ」
寝ぼけ眼を向けたアリスが、お前が言うかと思えることを堂々と口にする。
寝起きの頭が働いてい無さそうな顔で、そもそも誰がジュンを萎縮させているのか、良く考えろと言いたい。
言っても気にもしないだろうが。
「
挙げ句、フォローの
その言い草で気にしないで済ませるような図太さを、ジュンが持っているとも思えない。
案の定、ジュンはバツが悪そうに俯いてしまった。
「アリスちゃんは容赦ないねえ。確実に息の根を止めに来るタイプだよね」
「普段からガサツなのに、寝起きで頭が働いていないのです。起床後1時間程度は、だいたいこんな感じのポンコツ人形です」
呆れすぎて笑うメアリに、恥ずかしげな私が答える。
気持ちは理解出来なくもないが、もう少し言い回しに気を遣っても良いだろうに。
「あん? なんで私が責められてんだ?」
欠伸を噛み殺していたアリスが、耐えきれずに再び大欠伸をしている。
なんでも何も、そういう所だ。
私たちの遣り取りに、ジュンはどう反応したものか、視線を慌ただしく走らせている。
「掃除の邪魔が増えましたね。ぼうっと立っていられても困りますから、適当に掛けて下さい。女将にお願いして、朝食を頂きましょう」
私は箒がけを切り上げ、掃除用具入れの方向へ足を向けながら、軽く振り返りつつ3人に声を掛ける。
カーラに関しては不明だが、エマは階下が賑やかになれば、自ずと降りてくるだろう。
私は取り敢えず6名分の朝食を注文し、女将には掃除の礼を言われながら仲間たちが確保した席へと戻る。
朝食でも摂りながら、最終確認の時間としよう。
場合によっては、今日このまま、旅の空へ戻るのかも知れない。
何も無い街だと思っていたが、思い掛けず大勢に感謝されたりして、それはそれで居心地が悪い。
騒がしい声に顔を上げれば、私たちを見つけたエマが、ひとりで賑やかに階段を駆け下りてくるところだった。
私にとって、エマにとって、人形にとっての自由とはなんだろう。
一晩考えた程度では、答えらしきに届く筈もない。
私は気持ちを切り替える。
ふと気配を感じて振り仰げば、カーラが幽鬼のような有様で階上に佇んでいる。
あれはジュンを嫌悪してとか、そういう事では無い。
単純に、寝起きで思考が回っていないだけだ。
まあ、悩もうが落ち込もうが、私たちは結局
「カーラ、寝ぼけて足を踏み外さないで下さいね? 宿を痛めてしまいます」
聞いているのかいないのか、カーラの足取りは怪しい。
苦笑しつつ、私はそんなカーラの様子を見守る。
考えて、悩んで、その結果がどう転んでも、私たちの旅は、もう止まらない。
なるようになる旅路なのだから、その時までは。
窓から差し込む夏の陽は、私の知るそれよりも柔らかだが、しっかりとした熱を持っている。
夏か。
エマではないが、なんとなく、海を見たい。
私は次の目的地を、ぼんやりと思い浮かべるのだった。
立ち止まれないから、続ける旅。道はまだ続きます。