ジュンを気遣いながらもメアリと戯れ、いまいち釈然としない謎、というか現象に悩まされた私。
しかし、起こってしまった事はどうしようもないし、考えても仕方ない。
またいつかメディカルポッドを使わせてくれ、と言うメアリと、ひたすら頭を下げるジュンを見送って、私たちも西への旅を再開した。
そのいつかは、いつ訪れるのやら。
どうでも良くなった思い出を記憶の底に押し込んで、私は草原を割るように伸びる街道の、その先に目を向ける。
順番から言えば、この先に待ち構えるのはゼダか、サラか。
メアリの話では、アルバレインの東でゼダと出会い、彼女は東へ向かったのだという。
その話が本当なら、ゼダと出会う可能性は低いだろう。
そうなると、メアリも出会ったことがないと言うサラが待ち構えているのだろうか。
メアリが面白半分で私たちに嘘を
だからこそ、メアリは私たちと行動を共にしない選択をした、とも考えられるのだ。
それにしても。
折角の異世界旅だと言うのに、特色ある怪物とは特に出会わず、人形ばかりに行き当たる。
旅先の街でエルフを見かけることは有ったが、ドワーフは見た記憶が無い。
ゴブリンは陽気に働いていたし、コボルトも普通に街に住んでいた。
オークは見掛けなかったが、何処かに居るのだろう。
この世界ではオークも一応は人類の範疇らしいが、気難しい森の住人、という認識が強い様子だ。
文献によれば質素な生活ながら思慮深く、無用な争いは避ける傾向に有るのだと言う。
先入観と実態が違い過ぎて、逆に興味が湧いてくる。
「オークは集落で暴れるとか、迷惑掛けなきゃおとなしいモンだよ。厄介なのはオーガだね」
私が話を振ると、元冒険者のアリスがそんな風に答えた。
オーガと言えば、鬼人とか呼ばれる者たち、だったか?
「強くなることが生きる意味だと思ってる連中だね。他人事なら応援もしてやれるけど、巻き込まれると鬱陶しい。冒険者とか名乗ろうモンなら、勝負しろってしつこいんだ」
人間相手どころか、同族相手にもその調子なので生傷が絶えず、死傷者が出るのもザラなんだとか。
生命力の強い生物故か生涯出産数は多く無く、それらが合わさって緩やかに人口が減少しているらしい。
なにをやっているのやら。
「まあ、言っても絶滅なんかするような感じでも無いね。ある程度減ると、出産数が増加する傾向にあるんだとか。それにまあ、基本的には気の良い連中だよ。勝負を挑みがちな事を除けば、ね」
さり気なくフォローするアリスだが、最後の一文で全てが水泡である。
そんな面倒な連中の集落になど、間違っても足を踏み入れたくはない。
「楽しそうだねぇ、でも強いのぉ?」
……いや、ウチにも一匹、似たようなのが居た。
あちこち放浪していたエマだが、オーガには遭ったことが無いのだろうか?
そう思って聞いてみると。
「え? うぅん、判んないよぉ? 殺しちゃったらぁ、だいたい忘れちゃうしぃ?」
想像通りの酷い答えが返ってきて、これには私のみならず、アリスも半苦笑いだ。
オークとかオーガとか、その辺の集落を壊滅させた位の事はやらかしてそうで怖い。
「マリア、お前まで海を見たいとか言い出すとは思わなかったが、海など見てどうするんだ?」
珍しく先頭を歩くカーラが、振り返りながら問うてきた。
左右を
「魚介を頂きましょう。新鮮な魚介は中々の美味ですよ」
私が答えると、呆れるかと思ったカーラが、顎先に指を添えて何やら考え込んでいる。
パーティ離脱でも言い出す
「私は魚料理が苦手なのだが、マリアが言うなら、旨いのだろうな」
考えた挙げ句その唇から溢れたのは、どうでも良い事だった。
まあ、私も基本は肉料理のほうが好きなのだが、たまには味わいたくなるものだ。
流石に寄生虫の処理の問題も有るだろうし、刺し身などは高望みだろうが、海の街ならではの料理は楽しみだ。
「私もしばらく食べてないな。ちょっと楽しみだね」
「私も、お魚食べたぁい!」
陽光降り注ぐ街道を、呑気な会話を交わしつつ歩く。
これらが全て人形の発言だというのだから、世の中は良く判らない。
「まあ、それほど長い滞在になる感じでも無いだろうが、海と言ったら大陸の行き止まりだ。その後は北か南か、どちらに行くのだ?」
口調の割に上機嫌なのだろう、少し言葉が弾んでいる。
特に深い意味も無い質問だったのだろうし、別に先を急ぐ旅でも無い以上、行き先の選定を急かす意図も無い。
そんなカーラの質問に、しかし私は少し考えて、そして口を開いた。
「いっそ、海を渡ろうかと思うのですが、どうです?」
風が頬を撫でる、その感覚が心地良い。
私たちは特に足を止めることは無かったが、私の一言で、会話は止んでしまった。
先程まで、どうでも良い会話が弾んでいた筈なのに、まさかここまで綺麗に音声が途切れるとは思いもしなかった。
「はあ? 海を渡るとは、船旅か? お前が? 大人しく出来るのか?」
「カーラ、その心配はマリアには無用だろ。むしろ、エマちゃんが心配になるんだけど、大丈夫なのか?」
「アリスちゃん、酷いこと言うよねぇ?」
数秒の間を置いて、急に賑やかになった。
私を心配する、と言うより私が暴れだすことを恐れているらしいカーラの失礼な発言をアリスが嗜めるが、その発言に今度はエマが噛みつく。
この先の街から海を渡るような船は出ているのか、とか、船賃の用意は有るのか、とか、そう言ったこう、もうちょっとだけでも現実的な問題に対する疑問は湧かない物なのだろうか?
まあ、基本的には反対では無い、そういう事だろう……か?
「……私は全く気にしませんが、それぞれ、マスターの故郷を離れすぎる事に関してとか、問題は無いのですか?」
呆れ気味の私の質問に、3体はそれぞれ顔を見合わせる。
「私は特に無いな。なにせ中身が違うから、そもそも執着が無いし」
アリスは肩を竦める。
まあそうだろう、特に深く詮索する事柄も無い。
「私は別にぃ? マスターが居たあの国はもう、遊び飽きちゃったよぉ?」
エマは不思議そうに、何やら怖いことを言う。
とても深く訊く気になれない。
「……別れは済ませた。今更のこのこ戻った所で、あの世のマスターに叱られて終いだろうさ」
カーラは憂いを帯びた瞳で、遠く東の空を仰ぎ見た。
聞いて欲しそうだが、面倒だから深掘るような真似はしない。
今のところ、全員問題無し、という事であろう。
全く持って、後先を考えない連中である。
草原を渡って私たちを通り過ぎる風に汐の香りが微かに混ざっているように思えて、自分の気の早さに苦笑するのだった。
後先を考えた事の無い人形が、仲間に何か言いたいようですね。