迷子のマリア   作:naow

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本当に、本当に別の大陸へ渡る気でしょうか?


159 海と陸の交わる地

 望みもしないのに呼び寄せられ、と言うか殺されて釣り上げられ、そこから始まった私のこの世界での旅は、ひとつの節目を迎えようとしている。

 

 ……のかどうか、定かではない。

 

 潮騒と活気溢れる港町に旅情を見ながら、私は少しだけ歩んできた道を振り返った。

 振り返ってみたが、碌な物では無かった。

 

 勿論、現地の住人等との心暖まる交流が無かった訳では無い。

 だが、エマとの遭遇と、大森林の賢者の招き、そして双子魔女と不死姫との邂逅。

 一歩間違えたら死ぬ、そんな危機的な状況に3度も遭遇している。

 私はそんなモノ、ひとつたりとも望んでは居ないと言うのに。

 

 これでは、美しい思い出も霞んでしまうと言うものだ。

 

「うわぁ! おっきな船だよ! 海って凄いんだねぇ!」

 

 自分の足跡を眺めて嘆息する私の耳に、甲高い感嘆の声が無遠慮に刺さる。

 目を向ければ、カーラに肩車したエマが、笑顔を輝かせて、眼前に広がる大海原と、そこを行き交う大型船を眺めていた。

 

 大陸中を彷徨っていたエマは、本当に初めて海を見たのだろうか?

 はしゃぐ余り語彙が飽和した挙げ句、感想に取り留めが無い。

 

「なるほど、確かに大きな港が有るな。ここからなら、別の大陸への船は出ているかも知れんぞ?」

 

 高台になっているこの丘から見下ろしながら、カーラは表面上は冷静だ。

 肩には何かを乗せているが、特に気にした様子もない。

 

 街に近付くに連れて旅人や商人、冒険者が増え、いち早く操り人形(マリオネット)を仕舞い込んだカーラ。

 途端に落ち着き無く、おどおどと周囲を警戒していた彼女だったが、海を見た途端この上機嫌である。

 

 もしかして、まさかカーラも?

 

「……カーラ、貴女(あなた)は海を見たことが有ったのですか?」

 

 小さな疑念と大きな確信を抱えた私に、カーラは振り返ると自身有りげな笑みを見せる。

 並びの良い、白い歯が眩しい。

 

「無いぞ!」

 

 ……性格上、もう少し見栄を張るかと思ったのだが、その精神性はエマとあまり変わりが無いのかも知れない。

 そんな有様では、先の発言にもとても信を置けたものではない。

 

 ただの雰囲気とノリで言っただけにしか思えないのだから。

 

 まあ、2体とも「大きな水溜り!」とか騒がない程度の知識は持ち合わせていたようだが、逆に言えばそれだけだ。

 海沿いの街の造りを見下ろしながら歓声を上げ、瞳を輝かせる様は可愛いと言えばそうだが、まずは落ち着いてはどうかと思う。

 

 特にカーラ、お前は速やかにエマを肩から下ろすべきだ。

 潮風に揺れるエマのスカートが非常に危険である。

 そうでなくとも怪しげな風体の女4人、変に目立っているというのに。

 

「まあ……もう諦めな。あの2人はもう、ああいうモンだと思うしか無いよ」

 

 遠い目のアリスが私の肩を叩くが、それはつまり、今後もあの妙なテンションに付き合えと言う事か?

 恥ずかしさですでに自壊しそうなのに、それが続くかと思うといよいよ意識が遠くなる。

 

 メアリたちと別れて2ヶ月。

 問題もトラブルも無い奇跡のような旅路は、無事目的の海へと続いてくれた。

 夏真っ盛りの港町の陽光は流石に熱く、私の心も浮つくのだが、すぐ傍らに現実を叩きつけてくれる頼れる仲間がお上りさん状態である。

 あれらと同類扱いされるのは、心底勘弁願い下げだ。

 

「……エマ、カーラ、落ち着きなさい、これから街へ入って、他の大陸へ出られるか調べますよ。ただでさえ悪目立ちする見た目なのですから、これ以上目立つような真似は控えて下さい」

 

 そんな声を掛けた相手は、ヒール含めて190センチはあろうかと言う黒髪喪服の長身女と、その肩に乗るハレンチメイドスタイルの小娘。

 もう既に手遅れなヴィジュアルの2体を前に、私の発言が虚しく響く。

 

「お前だって、旅に向くとも思えないメイド服で、その上荷物らしい荷物も持ってないだろうが。自分は常識的だとか、夢見てんじゃないよ」

 

 パンツスタイルにTシャツ、金属製のレガースと胸鎧を纏い、腰回りに細々した道具を収めたポーチと剣を提げ、旅用のバックパックを担いだその姿は手慣れた冒険者のそれ。

 この世界では特に目立たない格好のアリスが、正論をぶつけると言うハラスメントを行ってくる。

 

 メイド服に罪は無いだろうに。

 

「私の格好だって大概暑苦しいのに、お前とカーラに至っては、真夏の陽光の下、長袖にロングスカートじゃないか。カーラは仕方ないにしても、お前は半袖にするとか、工夫のしようはあるだろうに」

 

 続けて溜息まで()きながら言葉を紡ぐという念のいった残念表現に、素直な反感が頭を擡げる。

 が、すぐ傍のカーラの姿を目にしてしまえば、あれと同列に扱われているのだと気付いてしまえば、反抗の気概も萎むというものだ。

 

 本当に、せめてカーラは白いドレスにでも身を包めば良いのに。

 

 私自身も黒を基調としたメイド服であることから目を逸し、カーラについても考えることを辞めた私は、街へと続く人の列を目で追う。

 この列と、見える範囲の街の規模から、この街も中々の活気に包まれているようだ。

 海路を持った、交易の街。

 ベルネやアルバレインのような、陸の交易点とは違う、だがどちらにも劣らぬ活気が、まだ遠く離れたこの丘からも感じられるようだ。

 異国情緒溢れた食事等、楽しみが尽きない。

 

 そんな浮ついた気持ちを引き締め、私は小さく頭を振る。

 活気が有るという事は、人が多いという事。

 人が多いという事は、比例してトラブルも増えるという事。

 

 そしてトラブルというモノは、呼んでも居ないのに押しかけてくるものだと言う事。

 ここまでの旅の経験から感じる悪い予感が、この港町に有るものか、それとも広大な海上に横たわっているのか、そこまでの判断はつかない。

 

 厄介事が起こりませんように。

 

 私は私自身と、そして港町の住人の為、これまでにないほど真摯な祈りを短く捧げるのだった。




本人が最大の厄災の種だと、気付いて下さい。乗った船が沈みますよ?
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