人の流れに乗って街に入った私は、潮風に泳ぐ前髪を眺めてから、真上に掛かる太陽を見上げた。
日に焼けた船乗りたち、海を渡ってこの地を訪れたと思しき商隊の一団、彼らに雇われたであろう、傭兵らしき者達。
珍しい品を求める客達でごった返すバザーを抜け、新鮮な魚介を売っている一角に足を踏み入れて少しテンションを上げる。
どうやって用意したのか、氷を撒いたケースの中に、見慣れたような魚から、本当に食べられるのか疑わしいカラフルな魚に目を奪われ、次いで見掛けたタコやイカには何か安心感を覚えてしまう。
取り敢えず氷付きで幾つかの商品をまとめて買い求め、手持ちの魚料理のレシピは何だったかを考える。
「……気持ちは判るけどさ。海を渡るんじゃないのかよ?」
買い物に夢中になってしまった私に、アリスの冷静な声が降ってくる。
振り向けば、他2名の姿がない。
「あ、つい夢中になってしまいました。……船を探すのは良いのですが、エマとカーラは何処に?」
一瞬だけ、エマとカーラが海を渡る船を探して居るのかと思ったが、よくよく考えると無理がある。
あの2体が、乗船方法を調べるとか、交渉をするとかは考え難い。
かと言ってバケモノが暴れているというような喧騒も無い。
賑やかでは有るが、ある意味でとても平和な空気に、却って居心地の悪さを感じてしまう。
「あの2人なら、つまんないからあっちに行くって」
あっちと言われても判らない。
アリスの視線の先を辿れば、先程私が行き過ぎたバザーがある。
「……あの
「さあ? アンタが知らないんだったら、持ってないんじゃないか?」
私はアリスと顔を見合わせ、互いに溜息を吐き散らしてから、バザーへと足を向けた。
何も問題を起こしていなければ良いのだが、それは高望みと言うものだろう。
せめて無銭飲食で捕まっているとか、その程度で済んでいて欲しい。
ナンパされたとか誘拐されかけて反撃した挙げ句、うっかり殺してしまいました、とか、そうなっていない事を祈るしか無い。
私の祈りが届かなかった場合、船に乗るどころの話では無くなってしまうのだが……エマがそんな事を気にしてくれるとは、到底思えないのだった。
探知物の範囲を狭めた「探知」で2体の居場所はすぐに知れたが、真っ直ぐ向かうには勇気が必要だった。
アリスだったら「仲間を信用出来ないのかい?」とか言って率先して進んでくれると思っていたのだが、彼女は私の隣に立ち、先に歩き出そうとはしない。
「ほら、居場所が判りましたし、行きますよ?」
そう言って急かすが、アリスは渋い顔で何やら言い難そうに私を見ている。
「……何なんですか、ハッキリしませんね? 言いたいことがお有りでしたら、ちゃんと言って下さい」
知らないふりをしてアリスを急かす。
そんな私に、アリスは嫌そうな顔に半眼を乗せて口を開いた。
「いや、だって、あの2人が居るの……お前、知ってて言ってるだろ?」
勿論知っているが、それは探知の上に探査まで走らせたからだ。
恐らくアリスも同じことをしたのだろうし、だからこそ困惑もしたのだろう。
だが、私は当然のようにしらばっくれる。
「さあ? この街に来たのは初めてですし、何処に何が有るかなんて、知るはずが有りませんよ」
事実を織り交ぜつつ、私は平然と嘘を
実際、初めて訪れた街で、迷子にでもならない限り、もしくは迷子を探すのでも無い限り、魔法を使って街を探るような真似はしない。
見て歩く楽しみが減ってしまうからだ。
「……いや、どう考えてもこの反応、色街だろうが。なんであの2人がそんなトコに居るのか
言い難そうにしていたアリスだが、言葉を選んだ割には、わりと直接表現に近しいモノを選んできた気がする。
「……色街て……頑張ったのですから、せめて花街とか、他に言いようも有ったでしょうに」
「似たようなモンだろう。問題なのは表現方法じゃなくて、あの2人がそこに居るっていう事実だろうに」
思わず素直な本音が漏れてしまう私に、アリスが拗ねたような顔で噛み付いてくる。
まあ、正論では有る。
「それはその通りですね。では、エマとカーラが居る風俗街へ向かいますよ」
素直に認めた私は、アリスをからかうのも飽きたので、先に立って歩き始める。
「おい! 身も蓋もないし、その言い方だと2人がそこで働いてるみたいだからやめろ!」
少し遅れたアリスが、私の背中に正論を浴びせながらついてくる。
アリスをからかうのも中々に面白いが、それよりも2体が妙な場所に居る理由が気に掛かる。
まさかそんな趣味を持っているとは思わなかったが、そう言う事なのだろうか。
探知の方向性を変えてみれば、2体の周囲に居るのは女性だけのようだ。
エマとカーラに向ける目が少し変わってしまいそうだが、決めつけは良くない。
兎にも角にも、綺麗所のお姉さんたち、もとい、迷子になった2体との合流を急がねばならない。
急ぐべきなのだ。
背中にはアリスがまだなにかぶつけて来ているが、私はそれどころでは無いのだった。
潮の香りが鳴りを潜めるほど、そこは香水に支配されていた。
何処か嫌そうなアリスと、少しワクワクする私とが並んでその一角、その入り口に立つ。
「なんであの2人は、こんなトコに来たんだ……?」
居心地悪そうに視線を彷徨わせながら、アリスは疑問を口にする。
「あの
私もまた、湧き上がった疑問を素直に口にする。
「いや、そうじゃないだろ!? なんであの2人がこんなトコで遊ぶんだよ。……とは言っても、あの2人が誘拐されたとか騙されたとか、あんまり考えられないしなあ」
アリスは真面目に2体がここに居る理由を考えているようだが、わりと良い線を突いているのでは無いだろうか。
「誘拐は無いにしても、騙されたとかは、普通に有りそうですね。特にカーラが」
あの2体を並べて見れば、見た目で騙せそうなのはエマの方だろう。
だが、実際にはカーラのほうが純真で、騙しやすい。
エマは何も知らぬフリで相手のペースに乗り、此処ぞという場面で暴虐の化身となる。
それぞれ、そんな人形なのだ。
「あー……エマちゃん、普段は素直だし、カーラはどうでもいい時は馬鹿だもんな……」
ここまで共に旅をして、アリスはまだエマに夢を見ているらしい。
まあ、見た目は可憐な少女人形なのだし、気持ちが
カーラの評価に関しては、まあまあ同意である。
アリスの周辺に死体が転がっていない事と、派手に動き回っていない事、カーラが
私はどちらかと言えば、周囲からこちらに視線を寄越すお姉さまたちに興味を惹かれながら、楽観に任せてのほほんと歩き、隣のアリスが呆れた視線を向けてくるのも全く気にしていなかった。
もう既に手遅れなようです。