気持ちが昂ぶるのを抑えつつ、夜には華やかに照らし出されるであろう建物や、その周辺に居る綺麗所のお姉さんを眺めつつ、半分目的を忘れて私は歩く。
そう、目的はエマとカーラの回収だ。
華やぐお姉さまたちを脳裏に焼き付けて旅の癒やしにする事ではない。
逆だったら、本当に良かったのに。
全く、あの2体は何を思って、こんなけしからん場所に足を踏み入れたのやら。
心持ち上機嫌の私と、平素と全く変わりのないアリスは、何故か周囲の視線を集めてしまっている。
お姉さまに見られるのも悪い気分ではない。
いつになく上機嫌な私が周囲に愛想を振り撒きたい気分をどうにか抑えて、真っ直ぐに向かう先に、何やら周囲の景色に合わない妙な建物が見える。
荘厳な雰囲気を無理矢理作り上げたような、悪趣味な清潔さと言うか。
わざとらしい威厳と言うか、ハッキリ言うと見ていて気分の良い建物ではない。
物凄く気が進まないが、あの建物そのものに探査を掛けた私は、結果を見てそれはそれは重い溜息を漏らした。
……その建物は、「聖教国」の教会だったのだ。
何がどうしてこんな風俗……花街のど真ん中に
と言うか、コレを「教会」と呼ばせている事自体も気に食わない。
コレを思いついたのは、恐らく同郷の者だろう。
それこそ元の世界の宗教のいいとこ取りでも目指したのかも知れないが、薄っぺらな模倣の貼り合わせでしか無い。
元の世界で現在でも信仰を集める各宗教に比べて、歴史的な深みも無く、見掛ける関係者たちからも敬虔さを何一つ感じなかった。
敬虔な信徒たちの清廉な祈りは、一種凄みを伴う。
そんなものの片鱗でも見せてくれていたら、私だってここまで聖教国を見下すことも無かっただろうに。
折角綺麗所を並べて見られて御機嫌な私だったのだが、目的地のある程度の詳細を知ってしまい、すこぶる気が重い。
「あん? 遠目に見てもしかしてって思ったけど、コレ、教会だよな?」
隣のアリスが、のほほんとした視線を向ける先は、私の頭痛の種そのものである。
「……ですね。聖教国の教会のようですが、なんでエマもカーラもそんな所に……」
私の口は数分前と違って、酷く重い。
気持ちそのものが乗ってしまっているが、私が悪い訳では無い。
「ホント、なんでそんなトコに……しかも、なんか囲まれてるし。厄介な事に巻き込まれたら、船どころじゃ無いぞ?」
アリスが相変わらずのほほんと聞こえる口調で、私も薄っすらと思っていた事を簡単に口にしてきた。
何が有ったか知らないが、アリスの言った通りである。
文句が心のままに口から零れ落ちそうになるのを必死に堪え、私は淀んだ目で周囲のお姉さまの姿を追う。
今の私には、心の栄養が必要なのだ。
日中でまだ営業時間前、まさかこの世界で朝とか昼のサービスタイムが有るわけでも無い……無いよな? 無いだろうに、衣装は割りと簡素というか多分寝間着だろうなという薄着な方々が多い中、皆そこそこ化粧しているのは、プロ根性なのだろうか。
考えつつ周囲を眺めていて気付いたのだが、そう、まだ営業前だし、人によっては睡眠の時間だろう。
そんなお姉さまたちが、私に目を向ける以上に、教会の方を気にしている様子だ。
それに気付いてしまっては、心がもう一段重くなる。
私が合流する前に、既に何かしらの騒ぎが有って、だからこそ営業前のお姉さまたちがこうして表に出てきているのだろう。
そして、気にはなるが特に見に行く気にはならない、そんな方々がこうしてそれぞれの店、無いし下宿等の前で、仲間とあーでもないと話し合っているのだろう。
建物に逃げ込んで戸口を固く閉ざすようなトラブルでは無さそうだが、だからといって慰めにはならない。
エマたちがそこに居ると知らなければ、素直に踵を返していただろうに。
やがて教会の全貌が見える距離になると、その前に人だかりが出来ている様子も見えて来た。
驚いたことに、エマとカーラはその渦中……では無く、その野次馬らしき人だかりの、最も外側に位置している。
嫌々な気持ちで適当な探知では、正確に探れないという良い事例になってしまった。
「なんだありゃ……? なんか、思ってるのと違う景色が見えるんだけど?」
私とは違う理由だろうが、恐らくアリスも予想と違った光景を目にして戸惑っている。
私たちは揃って、仲間を過剰に、或いは過小に評価していた事になるか。
「そう……ですね? とは言え、いつまでもあの
聖教国に対する嫌悪と、元の世界の宗教に対する申し訳無さから、
アリスも言葉には出さず、ただ頷いて私についてきた。
こんな建物が無ければ、無意味に歩速を緩め、なんならそこかしこのお姉さまたちと談笑でもしたかったのに。
色んな意味で不機嫌な私は、野次馬の最後列で肩車している仲間に近付いていく。
その悪目立ちの仕方は、さながら歩くランドマークだ。
「何をしているのですか、怪しい上にみっともない。もっと上品に野次馬出来ないのですか、
背後から声を掛けると、カーラの肩がびくりと跳ね、その動きに併せてエマも跳ねる。
「……いやいや、上品な野次馬ってなんだよ」
後ろのアリスが呆れ気味な言葉をぶつけて来るが、私は無視してエマが見ているであろう方向に目を向けるが、人混みが過ぎて良く見えない。
かろうじて身長の高い男達の兜が見えている。
揃いのシンプルなあれは、この街の衛兵のものだろうか。
「マリアと、アリスも一緒か。いや、バザーからこの一角に迷い込んでしまったのだがな?」
様子見、と言うか完全に野次馬の一部となった私に、カーラがようやく声を向けてきた。
バザーからどう迷えば、こんな風ぞ……花街に迷い込むというのか。
「何と言うか……中々の事になっているぞ?」
しかし、言っている意味が良く
少しだけ聴覚に集中し、喧騒に混ざる声の中から、なるべく騒ぎの中心、その周辺の音声を探す。
声が多く少しだけ迷ったが、「御慈悲を」とか「行く宛が無い」とか、なんだか悲壮感の漂う文言を探し当てた。
……何だ? 聖教国の人間が、誰か、もしくはある程度の団体を匿おうとでもしていたのだろうか?
「いや、私も詳しくは知らんのだがな? 何でも、聖教国がーー」
カーラが私に説明を行おうとしたのとほぼ同時に、私たちが注意を向ける先、騒ぎの中心で、苛立ったような男の怒声が上がる。
「聖教国の崩壊は既に確認されているんだ! この建物は街で押収するよう、領主様からの命令も有る! 荷物を纏める時間を与えると言っているんだ、速やかに明け渡せ!」
私は空虚に塗り潰されたような
受け取るカーラは何と言うか、拍子抜けした緊張顔、とでも言うのか、なんとも珍妙な表情を向けてきている。
聖教国が崩壊した?
崩壊って……何?
アリスがさぞ呆れた顔で私を見ているだろうと思ったが、目を向けるとアリスの顔色も漂白されている。
事前情報として、聖教国がアルバレインの双子と不死姫に喧嘩を売ったことは知っていた。
しかし、何がどうすれば、仮にも国が崩壊なんて事になるんだ?
しかも、末端も末端、こんな遠く離れた街の教会が差し押さえられるレベルとなると、宗教組織として対応する事も不可能という事か。
なんとか慈悲にすがろうとする元教国の聖職者らしき声と、それを振り払い追い立てようとする声を聞きながら、私は。
理解がいまいち追いついては居ないし、混乱する情報を整理しようと躍起になりつつも、心は何処か愉快だった。
気持ちは理解出来ますが、せめて見た目は悼んでみせるものです。