楽しい聖教会と港町ティアナの衛兵との遣り取りを眺めた後、私たちは野次馬の山から離れる。
聖教国が崩壊したと言う話には興味を惹かれるが、この周辺で詳しい話が聞けるとも思えない。
「さあねえ? 何でも、聖都が消えたとか聞いたけど?」
「双子の魔女を怒らせたとか、魔王に喧嘩を売ったとか聞いたけどね? 何処までホントなんだか」
「国が海に沈んだって聞いたわよ? 聖教国の
周囲のお姉さまの井戸端会議にしゃしゃって見ても、得られたのはこのような話ばかりで、信憑性も具体性も共に薄い。
「まあ、何でも良いけど、さっさと出て行って欲しいわよね。あいつら治療するとか言って、べらぼうに高いんだもの。街の治療院に行こうとすると煩いし。無視したけど」
「祈れば平穏を得られるとか言うけど、じゃあ直ぐに救ってみせろって言うと寄付して祈りなさい、とか言うのよ。馬鹿じゃないの?」
「流れの冒険者崩れとか、ゴロツキがウロついててホントに迷惑だったのよ。まあ、調子に乗った馬鹿は闇ギルドに目を付けられて、何人か消されたらしいけど」
「司祭だか司教だか言うのが、あちこちの店で偉そうにするクセに値切るし個人的に寝所に来いとか馬鹿言うし、この辺の殆どの店で入店禁止になってたわね。そう言えばあのハゲ、どこ行ったのかしら」
ちょっと突付いてみれば、何と言うか、色んな不満が飛び出してきた。
本当に、清く慎ましく生活するとか、真似でも良いからやってみればよ良かったのに。
欲望ダダ漏れで生きたいなら、聖職者は向かないと思うのだが。
まあ、そんな聖人ばかりで組織は回らないのは良く
本当に、あの国は中途半端な馬鹿しかいなかったのだと思い知らされる。
「結局面白おかしい噂話しか無いけど、どうする? 冒険者ギルドにでも行けば、もっとらしい情報があるかも知れないぞ?」
お姉さまに丁寧に礼を言って離れた私に、何故か白い目を向けながら、アリスが言う。
お客様商売(意味深)のお姉さまとガサツな元冒険者人形を比べたりはしないから、妙な僻みは止めて欲しいものだ。
それっぽいドレスでも纏えば、顔立ちは当然のように整っているのだから、男にチヤホヤだってされるだろうに。
「らしい、ではなく確度の高い情報が欲しいですが、まあ、極論で言えばどうでも良いですからね。あの国が無くなったと言うだけで万々歳ですが……それにしても」
重要なのは、聖教国が本当に滅亡した、その確証だけで、どう滅んだとかはもう、興味の話でしか無い。
そう思いつつも、いまいち歯切れの悪い私の言葉に、アリスの目に少しだけ、興味の色が浮かんだ。
「クロエもジュンも、そんな事を知らずにあの策を実行しようとしたり、止めようとしていたのですかね? 間抜けと言うのは酷ですが、ね」
私が続きの言葉を述べると、アリスは嘆息して空を見上げた。
カーラも何やら頷きつつ、エマを落とさないように器用にバランスを取りながら歩く。
「まあなあ。……って、そう言えば国はなく無くなっても、クロエとか言うのは生き残ってるんだろ? んで、お前の話だと、リズだっけ? そいつは本国に居たんだよな? どうなったんだろうな?」
空を見上げたアリスが、直ぐに私に視線を戻しつつ、素朴過ぎる疑問を並べてきた。
なるほど、アリスにしては素直で、実に核心めいた疑問である。
とは言え、私が手持ちで答えるなら「知るか」しか無いのだが、流石にそれでは可哀想だろうか。
「クロエは帰る途中で知るのか、それとも廃墟の聖都を見て崩れ落ちるのかのどちらかでしょう。リズに関してですが……双子が攻撃を開始したその瞬間まで聖都に居たのなら、逃げようも無かったでしょうね」
少しだけ本気で考えてみたが、どうでも良いことに関してはこの程度が限界である。
本音で言えば、破壊されていて欲しいものだ。
「やはり、最低限の確認だけでもするべきでしょうね。アリス、冒険者ギルドが有りそうな場所は判りますか?」
ともあれ衛兵隊まで動いて居るのだから、聖教国が滅んだというのは本当なのだろう。
念の為にアリスの言う通り冒険者ギルドを覗いて見よう、そう思った私はアリスに道案内を任せた。
わざわざ探知で人の流れを見て、それっぽい建物を探査するのが面倒だったのだ。
「ああ、なんとなく見当は付くよ。ついでに、客船の情報も確認しようか」
アリスは気軽に請け負った上で、私が半ば忘れかけていた当初の目的まで思い出させてくれた。
元冒険者だけ有って、旅慣れていてソツがない。
私が迂闊過ぎるのは、
「ねえねえ、私はお腹がすいたよぉ? みんなは平気なのぉ?」
そんな真面目な会話を交わす私たちに、エマが上から声を降らせてきた。
この街についてから、エマは自分の足で歩いていない気がする。
……人形が空腹というのもおかしな話だが、数歩譲ってそれを許容するにしても、それを言うべきはカーラであってエマでは無い。
「……だそうですよ? アリス、先に何か食べますか?」
とは言え、港町ならではの魚介料理を楽しむ予定だったのも事実である。
噂の確認も船の手配も重要では有るが、急ぎでは無い。
「そういやそうか、屋台すら冷やかして無いもんな。って言っても、流石に勝手も判んない街だし、結局ギルドに顔出したほうが色々聞けると思うぞ?」
「なるほど」
アリスが賛同の意を示しつつ、食事処の情報も冒険者ギルドで確認したほうが早いだろうと提案してきた。
様々な依頼を受けて動く冒険者達の情報網は侮れない。
ちょっとした総合案内所である。
私たちは冒険者では無いので、不用意に足を踏み入れて良いのか分からないのだが。
「エマ、アリスの言う通り、この街に詳しい人に美味しいお店を聞きに行きましょう。それまで我慢出来ますか?」
振り返って見上げつつ問えば、華が咲いたような笑顔でエマは頷いてみせた。
「わかったよぉ! それじゃアリスちゃん、よろしくねぇ! カーラちゃん、行くよぉ!」
「うむ、しっかり掴まっているのだぞ!」
「おいおい待て待て、行く先判ってんのかお前!」
楽しそうなエマの号令でカーラは私たちを置いて歩き出し、アリスが慌てて追う。
そんな愉快な背中に、溜息を零した私がのんびりとついていく。
エマのカーラ捌きが上手くなったと感心する場面なのか、すっかりエマに慣れたカーラを褒めるべきか。
ともあれ、まずは振り回されているアリスを心の中だけで労い、面白おかしい仲間たちを、私は少しだけ離れて見守る。
しっかりと澄ました顔で、他人のフリは忘れずに。
今更他人のフリなどしても、充分に遅いです。