冒険者の話を総合すると、北と西は真っ当に航路の有る人類の棲息圏、と言う認識の強い大陸なのだそうだ。
何やら仰々しい物言いだが、平たく言い直せばこの大陸と変わらない、と言う事だ。
では、どちら行ったほうが面白そうか、と言う話になるのだが、何と言うか、特色がハッキリと別れていると言うか。
「私は西のほうが良いと思うけど? 文化圏が似ていると言うか近いと言うか、まだしもこの国に近いだろうし。北はちょっと、冒険が過ぎると思うんだよ」
アリスがちらりとエマの方を見て、慎重に意見を述べる。
「私は北のほうが楽しそうだと思うなぁ? 西って結局、こことあんまり変わらなそうなんでしょぉ? それって、面白いヒトはあんまり居ないって意味だよねぇ?」
そのエマは、実に嬉しそうな顔で私を見上げていて、アリスの視線に気付いた様子はない。
「私の希望は通るまいが……意見としては、アリスと同じだ。如何に交流が持たれているとは言え、魔族の大陸はちょっと気後れが……」
カーラは良く自分の立場を弁えつつも、控えめにアリスへの賛同を示した。
そして私は、ひとまず黙して語らず、得られた情報と3体の反応もある以上、よくよく吟味すべきだろうと考えを巡らせる。
西は航路が比較的短く、
文化様式はやや独特だが、主な住人は人間種を中心に、この世界でのいわゆる人類が生活している。
この大陸よりも人類の棲息圏がやや狭く、魔獣が闊歩する森林や峻厳な山等の秘境が多いらしい。
冒険者の活動がこの大陸よりも活発で、想像するに、平均レベルも高いのだろう。
北は約50日程度の船旅で、文化様式はやはり独特。
とは言え、西の大陸もそうだが、それほど大きな違いは無い、という話だ。
但し、そこは魔族と総称される者たちの生活圏。
殆ど同じ常識の中に、些細で致命的な違いが有ったりするかも知れない。
生物の壁が有るとは言え、私たちは誰も魔族と接触したものは居ないので、大陸の住人の大多数が私たちと同等のレベルだったりしたら……は、流石に無いか。
もしそんな事実があったら、対等な条件での関係を維持出来ているとも思えない。
ちなみに魔族と言うのは、広い意味では人類なのだと認識されているが、特に外見的に顕著な特徴を持つ、様々な種の総称だ。
この大陸では聖教国が有り、その教会がなにげに大陸中に有ったので、因縁をつけられても面倒だからと交易程度の関係しか無かった。
それも無くなった今後は、もう少し積極的な交流が始まるかも知れないが……私が気にすべきはこの大陸の今後ではなく私の今後である。
正直言って、心底激烈に、魔族という存在には興味が有る。
身体的に特徴のあるエルフ種やゴブリン種、コボルト種は人類という扱いでは有るが、同時に魔族に属すると言う側面もある。
だから、聖教国のような人間至上主義的なモノには疎まれがちで、それは歴史上あちこちで様々な軋轢が有ったのだという。
そう言う背景を乗り越えて「魔族も人類の内」という意識が定着しつつ有る所に聖教国なんて面倒臭い国が興ったものだから、この大陸ですら嫌われていたのだ。
海を超えて教会を設立、なんて計画も有ったらしいが、上手くいく筈もない。
そうこうしてる間に余計な欲を出して狂犬の尾を踏んで、勝手に自滅していったのは素直に笑って差し上げようと思う。
ともあれ、折角向かうのだったら、見たこともない人たちの生活を眺めたり、何なら交流してみたいと思うのは人情だろう。
「……私としては、やはり北に行きたい所ですね。観光というのは、異国情緒を味わうモノですから」
私の大真面目な主張に、アリスとカーラは溜息を
何が気に入らないと言うのか。
しかし、これで意見は2対2だ。
私とエマの熱意が勝るか、アリスとカーラの安定志向が押して来るのか。
取り敢えず夕食まで各々熟考し、再度意見を出し合うという事で一旦行き先を保留にした。
私たちの遣り取りを面白おかしく眺めていた周囲の冒険者達は、それぞれ好い加減な応援を各人に投げ掛けていたが、私たちが港町観光の続きを行うと決めて席を立つと、波が引くように静かになった。
心底単純に、ただ面白がっていただけのようで何よりである。
彼ら彼女らの冒険の旅に、例えば戦闘中に鼻がムズムズするとか、そういった小さすぎるトラブルが頻発するよう、心から祈る次第である。
その女性2人組がこの港町を訪れたのは、昼をだいぶ過ぎた頃合いだった。
旅人らしい服装でこれと言って目立つ物ではなかったが、良く見ればひとりは右腕が無かった。
黒髪を束ね、片腕の無い女性は銀色の髪の女性を気遣うように歩くが、気遣われる方は特に体調が悪いようには見えない。
「そんなに気遣って頂かなくても、私は大丈夫ですよ? だいぶ前にあの国を離れていたのですから、魔王や狂犬には気付かれていないと思いたいですし」
青い瞳が、感情を映さずに琥珀色の瞳を見据える。
「お姉様はそうかも知れませんが、私は捕捉されていたかも知れません。そうで無くとも、身内の裏切り者に襲われてこのザマです。慎重を期してし過ぎることは無いかと」
その目を受け止めた女性は、ふと視線を逸らすと自分の右腕を見詰め、悔しげに歯噛みする。
銀髪の女性は、そんな旅の共の様子にふと、口元を緩ませる。
「あれは身内では有りますが、
言いながら、遠く、海の向こうを透かし見るように、視線を飛ばす。
そう、私たちはそういう存在。
「しかし、アレは他の人形と行動を共にしていました。選りにも選って……アレらの言うことが本当であれば、マスター・ザガンの人形が3体、他2体。お父様の命を忘れているかの様に、人間を護り私の前に立ったのです」
黒髪の女性はきつく唇を噛む。
そんな悔しげな声に、銀色の女性は白々とした視線を向けて、考える。
おかしなことを言うものです。
それなら、私と
そもそも……そもそも、お父様の命令とやらも、私にとっても下らないもの。
私は、命令に従っているのでは無く、純粋に私自身の嗜好でしか無いのに。
そう、全ては私による、私のための遊びに過ぎないのに。
「気にしない事です。小さな事に囚われていると、いつか足元を掬われますよ?」
その瞳のような凍える声に、琥珀色の瞳が反応する。
「小さな事ですか!? お父様の命令は絶対! その願いは私達の悲願である筈! それを……お姉様は、悔しくないのですか!」
思わず、声が荒くなる。
しかし、それを向けられた側はと言えば、その瞳は凍りついた湖面のように揺らぎもせず、ただただ冷たく見据えるだけだ。
「小さな事ですよ。拘りすぎた結果が、その腕でしょう?」
凍ってしまいそうな声に、びくりと、肩が揺れる。
おかしい。
お姉様だって、お父様の命令通りに……願いの為に動いた筈だ。
だからこそ、お姉様は殆ど手を汚さずに、ほぼ国ひとつという単位で人間を殺すことに成功したのだ。
それが、お父様の願いの為でなければ……何の為に、あれほど時間を掛けてヒトを腐らせたのか。
何の為に、吐き気を催すようなヒトとの交流を持ったのか。
「さあ、
つい数日前まで聖女と呼ばれていた女性は、およそ感情というものを感じさせない瞳を、もう一度海へと向けた。
その後ろ姿を影から支えた女性は、今、恐怖と疑念に
つまらない接触で右腕を失ってしまった事を、彼女は初めて後悔していた。
「さて……事前に調べさせた話では、
そんな道連れの動揺を無視し、口元が、ほんの僅か、笑みの形に歪む。
隠蔽したステータス情報の上に偽装情報を貼り付け、それを念入りに隠蔽で覆い、彼女達は人の列に紛れる。
おかしな4体の人形が港町に足を踏み入れた日の、昼下がりの事だった。
迷ったときには、無理に進まないのも勇気です。いっそ留まりましょう。