西に向かうか北に向かうか。
思えば私の旅は、ここまでの陸行でも常にそんな感じだった気がする。
南に足を向けたのは、カルカナント王国トアズ領の領都トアズから大森林を抜けてアルバレインに到達するまで。
そう言えば、あの時はその更に北に向かう選択肢も有るには有ったのだが、軍事国家的な側面の強いメイザーシア帝国の国風が何だか肌に合わなそうだったのと、天然の城壁と称される北方大山脈を超えるのが非常に面倒だったからだ。
北と南でそれぞれ山脈に分断されるとは、広いとは言え難儀な大陸である。
思い出話は置くとして、今後の行く先を未だ決めかねている私たちだが、前もって船賃くらいは調べておこうと港事務所らしき建物で話を聞いたり、適当な海産物を買い込んで人目につかないように
ちなみにだが、あまり大っぴらに
ひとつはそんなモノを堂々と使って持っているとアピールすることは、イコールそんなモノを持てる程度の資産が有りますよと喧伝しているようなものだ。
わざわざ襲撃して下さい等とアピールする必要は無い。
そしてもうひとつは、単純に窃盗……万引きだなんだとイチャモンをつけられるリスクを回避するためだ。
なにせ実際に
ザガン人形はヒトも殺すし手癖も悪い、なんてセットで言われてしまうのも面白くない。
いざという時は堂々と略奪する覚悟はあるが、こそこそと盗むような真似は性に合わないのだ。
乙女心は複雑なのだ、乙女では無いけれど。
「おっ、そろそろ焼けたな? コイツはいただきだ」
アリスがウイスキーで満たされたジョッキを片手に、サザエのつぼ焼きを確保して上機嫌である。
好みがおっさん臭い上に、ウイスキーの飲み方を間違っている。
それは水じゃないのだ、もっと舐めるように味わえ。
実際の所アリスがフォークでほじくり出しているアレがサザエかどうかは謎だが、見た目はサザエだ。
その他見たことの有る貝や多分知らないであろう魚の切り身たちが金網の上に並べられ、炭火で炙られている。
夕食に選んだこの店は、中々の当たりだと思う。
「こういう趣向の料理は初めてだな……悪くない」
カーラがしみじみと呟きながら、食べ頃に焼けた白身魚をちまちまと口に運んでいる。
エマはもう何と言うか、色々と楽しそうに食べているが、あれはちゃんと味わえて居るのだろうか?
心配になるし勿体ないとも思ってしまうが、まあ、感想も食べ方も個人の自由である。
ふと視線を巡らせると、周囲のテーブルでは冒険者や旅人、商人らしきそれぞれの集団が思い思いに舌鼓を打っている。
この大陸でよく見かける服装から異国情緒溢れる格好、ある種見慣れた武装を纏った者、様々居るが何処にも剣呑な空気は無く、とても平和な空間である。
こういう大規模な街ともなると、人が多すぎて探査どころか、探知ですら常時発動していたら酔ってしまう。
発動範囲を狭めつつ、範囲外は黄色以上でなければ反応しない、そんな工夫をしてもゴチャゴチャするので、昼前にはもう、探知の使用を諦めていた。
まあ、そうそう厄介な存在に出くわすことなど有る訳も無いのだから、きっと問題有るまい。
「北か西か……どうしたモノですかね」
そんな訳で過剰な警戒よりも旅情を優先した私は、イカの切り身を突付きながら溜息のように言葉を落とした。
アリスとカーラは西の、この大陸に比べたら幾分小さく、かつ生活圏が更に狭い人類中心の大陸への渡航を希望している。
エマと私は、北の魔族大陸への上陸を望んでいる。
私個人としてはいずれ両方行くのだろうから、どちらが先かと言う話でしか無い。
そう言う意味でなら、他3……エマは多分深く考えてないな、だから2体か、彼女たちが深刻に悩む理由が実は良く
アリスはまだ人間としてのタイムスケールで考えてしまっているのだろうと推測出来るが、カーラは本当に謎である。
とは言え、別に考えを変えさせる必要も無いだろうし、仮に必要が有るとしても面倒極まりない。
よって放置である。
「まあ……北に行くのだろう? 明日1日使って買い出しでもして、船旅に備えよう」
そんな風に思考を遊ばせる私の耳に、カーラの声が滑り込む。
驚く私が視線を向けると、今度はアリスの声がつるりと流れ込んできた。
「そうだな、どうせ北だろうし、むしろ船の上にいる間のほうが心配だよ。なんか暇潰し出来るモノが有れば良いけど」
私は驚きが過ぎて、すぐには言葉が出てこない。
てっきり、この店内の空気を乱してしまう程、お互いに譲らない話し合いになると思っていたのだが。
「……どうしたんですか、急に。お二人は西に行きたいと言っていたではないですか。私は最悪、ここでお二人とはお別れかと思っていたくらいでしたのに」
混乱するまま、本音をポロリと漏らしてしまう。
アリスはすかさずじろりと私に半眼を向け、唇を尖らせる。
「お前はすぐに私達を放り出したがるな? もういい加減に諦めたらどうだ?」
アリスの言葉に、カーラもまた拗ねたような半眼で頻りに頷いている。
カーラが気付いているかイマイチ不明なのだが、カーラも「霊廟」の扉を持っている。
それも、私のよりも高性能なヤツを。
仮に二手に別れた所で本当の意味で別離は難しく、本気でそうしたいなら、私が扉を捨てるしか無い。
言っても特に意味が有るとも思えないので、相変わらず教えないが。
「それは流石に僻みすぎですよ? 私ほど仲間を大事にする存在は他に無いでしょう」
「言ってろ」
「うわあ……流れるように嘘を
「マリアちゃん、私でもそれはちょっと……」
澄まして答えた私の言葉に被せるように、次々と否定が重ねられる。
なんという仲間たちか。
こんな純粋で天使の如き私に対して、何たる非道、何たる暴言。
いつか些細な仕返しをしてやろうと心に誓う。
「とにかく行き先は決まった訳だし、あとは船の確保と、それまでのんびり過ごすプラン、後は船の上でエマちゃんが飽きない方法でも考えるかあ」
私を散々貶した末に、アリスはサザエのつぼ焼きの2つ目を確保していた。
網の上が少し寂しくなったと考えていると、カーラが通りかかる店員に声を掛け、海鮮セットを追加で注文する。
気が利く事だが、残念なことに支払いは私だ。
エマはイカの切り身がたいそうお気に入りのご様子である。
それぞれがマイペースに楽しんでいる様子に溜息混じりの苦笑を浮かべた私だったが、アリスの言葉の最後の部分を思い出して背筋が冷えた。
約50日の船旅。
その間、変わり映えするとも思えない海の上で、エマがじっとしていられるだろうか?
何故もっと早く気付かなかったのかと自分の迂闊さに歯噛みするが、当のエマが船旅を希望している以上、今更無しとは行かないだろう。
暗澹たる思いの私の目がエマのそれとぶつかるが、何も知らないエマは楽しそうにニッコリと笑うだけだった。
緊急脱出用の小型艇とか、売っていないのでしょうか?