港町では飲食していた記憶しか無いが、気が付いたら船の上で、更に気が付くとエマの「鬼ごっこ」の景品にされていた私。
もっとも、エマが普通の人間に捕まることはまず無いので、そういう意味では安全なのだが、安全ならそれで良いのかと言う話である。
と言うか、
腹立たしいので、本来はエマの暇潰しの「切り札」として持っていたカードをひとつ切ることに決めたのだった。
船上で確保した客室は4人個室、とは言え二段ベッドが2台有るだけのそれほど広くもない船室。
豪華客船という訳では無いが、良く手入れの行き届いたとても清潔な部屋である。
とは言え、私達は此処で寝ては居ない。
当然のように「霊廟」へと戻っているのだ。
食事付きのプランなので全員で食堂へ赴き、毎食きっちりと頂いているが、夕食後は部屋に戻って鍵を掛け、不心得者の進入を阻むために障壁を結界代わりに展開し、住み慣れた我が家へと戻る。
船旅とはいったい何なのか。
とは言え、寝心地も良く風呂も気兼ねなく使えるので、戻らない選択肢は私の中には無いのだが。
「……さて。まだ寝るには早い時間ですし、少し宜しいですか?」
そうして当たり前のように「霊廟」に戻った私たち――私は、玄関ホールで3体を呼び止める。
めいめい部屋に……約1名は工房に戻ろうとしている所を呼び止められ、不思議そうに振り返った。
「今日はとても楽しい趣向で楽しませて頂きましたので、私からお礼を差し上げたいと思います」
笑顔を心掛けつつ、心に怒りの火を灯して私は静かに立つ。
全く、悪ふざけの好きな仲間たちだ。
誰が、何の賞品か。
「マリア? ……なんだよ、お前、面白い顔して」
私の目を見て何かに気が付いたらしい、アリスの顔が引き攣る。
同じ様に振り返ったカーラも、どうやら身に覚えがあるらしい。
こちらは顔色を失くし、ガタガタと震え始めた。
エマは何も判っていない様子だが、まあ、仕方があるまい。
彼女は単純に、2体に唆されただけなのだ。
……ある意味で、元凶と言えば元凶なのだが。
「面白いとは酷い言い様ですが、楽しいのは間違い有りませんよ? なにしろ」
精一杯の笑みが、私の顔を飾る。
「何処かのお馬鹿
私の障壁が、2体を包む。
ちょっと工夫してやれば、私の強固な障壁はとても便利な拘束具に早変わりだ。
「いや待て待て! そもそもお前がサボってたのが悪いのであって……!」
障壁を叩きながら、アリスは弁明を試みる。
「わたっ、私はやめようと言ったんだ! それなのに、アリスがだな……!」
「ちょっ!? 言い出したのはお前だろう!」
恐慌状態に陥ったカーラがあっさりとアリスを売り払い、アリスはそんなカーラに即座に噛みつく。
まったく、気が急くのは
「ねえねえ、マリアちゃん? 何してるのぉ?」
障壁から除外されたエマが私の傍らまで寄って来て、私の袖を引きながら尋ねてくる。
私はそんなエマの頭を撫でながら少ししゃがみ、目線を彼女の高さに合わせた。
「あの
私の言葉を理解したエマに、笑顔が咲いた。
一方、実質死刑宣告を受けた2体は揃って真っ青だ。
「ちょ、待って、流石にそれは無いんじゃないかな!?」
「ひっ、必要なら土下座も辞さん! 頼む、慈悲を!」
必死に障壁を叩きながら、決死の懇願する2体に、私は先程と変わらない笑顔を向ける。
「いつもの修練と変わり有りませんよ、何をそんなに慌てているのです? 今回は単純に」
そんな笑顔に、何を言っても無駄だと悟ったのだろうか。
2体は動きを止め、ただ私を見ている。
「私とエマが組む、と言うだけですよ?」
私以外の3体は、暫し言葉を失う。
しかし、その様相は2体と1体でまるで違っていた。
「わぁ! マリアちゃんと組んで一緒に遊ぶの、初めてだねぇ! 楽しみだねぇ!」
「ふざけんな! ただの拷問じゃないか!」
「死んでしまう死んでしまう死んでしまう死んでしまう……」
キラキラの笑顔のエマを連れて、もはやヤケになって罵声を並べ続けるアリスと、絶望し過ぎなカーラを引き摺り、私は目的の大部屋へと足を向ける。
さて、爆砕障壁で体当たりでもしてやろうか。
それとも障壁拘束を応用して、部分拘束で身動きを封じてから落書きでもしてやろうか。
楽しいプランを練る私を、エマが楽しそうに見上げていた。
エマは強い。
私がちょっと小さな障壁を使って邪魔をしたり足を引っ掛けたりしただけで、アリスとカーラは良いように翻弄されている。
ちなみに、武装は誰も使用していない。
……カーラの
阿鼻叫喚のあれこれは割愛するが、結果で言えばアリスは満身創痍、カーラは自身も相応にダメージを負ったがそれ以上に、
「エマの暇潰しなら、コレが一番でしょう? 難しく考えた挙げ句下らない遊びを提案するから、そういう目に遭うのです」
全部をエマに任せた私は無傷で、勝ち誇った余裕を振りかざす。
「ふっざけんな、殆どエマちゃんに攻撃させてたクセに」
床に転がったまま悔しげに私を見上げるアリスは、案外まだ元気そうだ。
カーラは嗚咽するのみで、私やエマを見るような余裕は無い。
「エマが暴発しそうになった時点で、どうでも良い策を巡らせる前に私に言うべきだったのですよ。そうすれば、3対1で遊べた筈なのですから」
思わず遊びと言ってしまった辺り、私もだいぶエマに毒されているらしい。
最初から、私はエマの暇潰しでボロ雑巾になる覚悟は有ったのだ。
だからある意味で余裕だったし、反省する点が有るとすれば、それを事前に2体に話していなかった事くらいか。
意味もなく船の上に血の海を作るよりは遥かにマシな逃げ道が有るのに、気付かないとは思わないではないか。
私のサポートが有ったとは言え、アリスとカーラ、更に
「楽しかったけど、今度はマリアちゃんとも遊びたいなぁ」
そんな彼女の無邪気な笑顔に、私の背筋を冷たいモノが伝うが、エマによる無意味な大量殺戮、最悪は船の破壊を防ぐ為にはエマの機嫌を取らねばならない。
一瞬引き攣った表情を無理矢理変え、ぎこちない笑顔をエマに向けて私は口を開く。
「勿論、私も楽しみです。ですが、カーラの
床に転がる操り人形たちは、最低でも手足を失い、その修復には時間が掛かるだろう。
私が被害を受けるのを遅らせる為には必要な犠牲だったのだが、素手でここまでの破壊を齎すエマに改めて恐怖を覚える。
一方で、人形を操っていたカーラや直接殴り合いをしていたアリスはボロボロでは有るが、一応五体は無事である。
エマなりに手加減はしてくれた様子で、素直にそこは有り難い。
次回は私もそっち側かと思うと気が重いが、まあ、仕方が無いと諦めよう。
よろよろと動き出したカーラが泣きながら人形やそのパーツ類、破片を丁寧に集めるのを眺めながら、私は溜息を零す。
本当に、この修練室が頑丈で良かった。
マスター設計・監修、私が作成した「霊廟」は、多少のことではビクともしません。