びくびくオドオドとついてきた料理人ちゃんと助手ちゃん。
怯えるのは構わないのだが、取り敢えず食材は普通の肉や野菜だと言う事くらいは信用して欲しい。
人肉料理を作れとか言われると思っていたのだろうか。
「それで、あの、皆様……の料理は、ええと……
オドオドと尋ねてくる料理人ちゃんの様子や質問内容を見るに、どうやら思っていたようだ。
「いえ、同じもので大丈夫です。……ですからそんな顔をしなくとも、普通の食材を使って頂きますから大丈夫ですよ」
私たちも同じものを食べる、と言っただけで顔色が悪くなる有様だ。
エマの「お肉」発言が効いているのは間違いないだろう。
そんな2名と私の遣り取りを見て笑っているアリスだが、彼女も食人の化物だと思われていると自覚するべきだと思う。
私自身はもう、肉になれば何でも同じだと思いつつ有るが、その考えを他者に押し付ける
普通の人間に人肉を出すような趣味も無い。
「あの……」
何だか考え込み過ぎて思考が浮遊しつつあった私だが、遠慮がちな声で現実に引き戻される。
「ええと、あなたと、あなたのご主人様、それから他の方も……なんとお呼びするべきでしょうか? お名前でお呼びするのが失礼だったら、と……」
目が合った所で飛び出した質問に、私は硬直する。
私の……ご主人……さま?
ゆっくり首を巡らせると、唖然とした顔のカーラの隣で、アリスが腹を抱えている。
エマは、良く
「あの、どうなさいました?」
視線を戻せば、こちらも不思議そうな顔の料理人ちゃん。
自身の認識に疑問はない様子だが、そもそもなぜそんな理解になったのか。
そう思って改めてカーラを見れば、真っ黒のゴシックドレスを隙無く着熟している。
服装で判断してしまえば、仕立ての良いドレスを纏ったカーラと、メイド服姿の私とエマ、冒険者然とした格好のアリス。
……態度も見た目も、カーラが一番偉そうでは有る。
そして、実際にカーラはこの「霊廟」そのものの管理者でも有る。
「説明は非常に面倒で、とても長い話になりますので端折りますが……私たち
少し考えて纏まらないまま口にした内容は、ちぐはぐで繋がりの悪いものだった。
端的に言ってしまえば間違いないのだが、細かな捕捉がなければ意味不明だろう。
この説明で理解しろ、と言うには無理が大きすぎる。
「はあ……。え? ええ?」
一旦はそのまま飲み込もうとしたのだろうが、やはり無理だったようだ。
黙って聞いていた助手ちゃんも、料理人ちゃんと困惑を共有している。
「難しく考える事は無いよ、私達は単に悪友同士がつるんでるだけさ」
笑いすぎの涙を拭いながら、アリスが口を挟んできた。
とても癪だが、しっくり来る説明付きで。
「だから、私達は誰が主で誰が従か、なんてものは無いんだ。全員が対等なんだよ。だから、私達は普通に名前で呼んでくれて構わないさ」
笑うアリスの背後で、カーラがなにか納得行かない顔をしているが、少なくとも今はやめろ。
どうせ「私が一番弱いのに」とかどうでも良いことを考えているのだろうが、お前の不満顔はこの2人には理解出来ないし、良くも悪くも誤解を招くだけだ。
そんな思いが視線に乗ったのか、目が合ったカーラはぎょっとした後、余裕ぶって椅子に座り直してふんぞり返った。
まあ、珍しく意図が伝わったのは良いことだ。
浮いている冷や汗が見える有様なのは、まあ、愛嬌の内と思っておこう。
「そういう事情ですので、個別名称で呼んで頂ければ……ああ、そう言えばまだ名乗りもしていませんでしたね」
アリスの台詞に乗っかった所で、私はようやくその事に気が付いた。
視界の端に呆れ顔の仲間たちが映り込むが、お前たちだって名乗っていないのは同じだろう。
そう思ったが、そう言えば「自己紹介」したからならず者が暴れ出した、とか言っていたか?
何がどうなってそんな事になったのだろうか?
後で詳しく聞いてみたい。
私はどうでも良い思考を中断して料理人ちゃんに名乗り、そして名乗り返される。
興味がなければ相手の名も聞かないものなのだな、と、他人事のように考えながら、私は料理人ちゃんことエリス、助手ちゃんことニナと、暇で仕方が無さそうな仲間たちを連れて、キッチンに有る備蓄庫の前に向かうのだった。
びくつく2人も、流石に見慣れた野菜類には安心したらしい。
肉類についてはまだ多少の疑念を持っている様子だが、まあ、端っこでも切って焼いてみれば、多分納得するだろう。
キッチンを見渡しただけで、詳しい説明がなくとも色々と理解したらしい料理人エリスは、ニナに指示を出しながらテキパキと動き始める。
食材を並べて切っているだけなのに、エマが見惚れるほどの手際の良さだ。
この様子なら安心して任せられるどころか、私やアリスが下手に手を出す方が邪魔になりかねない。
私はキッチンを2人に任せ、仲間たちと食堂の清掃を行う。
意外と根が真面目な3体の尽力で掃除も終わり、食事も用意が出来そうだと言うので、私は
既に席を確保している仲間たちの中で、私と目が合ったカーラは溜息を
例の男に動きが無い事を確認しての所作だろう、私も似たような心持ちだ。
やらかすなら、早めに動いて欲しいものだが……まあ、夜までは動かない
これで港に到着するまで大人しくしていたら笑うしか無いが、それはそれで平和で良い。
私は一部屋づつノックして回り、ただの客人としては12人に減ってしまった一団を引き連れて食堂へと足を向けた。
「おい……また、人数が減ってないか……?」
「どうなってるんだ、なんて聞けないよな。……アレもザガン人形なんだろう? 次は俺達の誰かなのか?」
「今までだって、俺達の誰かだったろ」
徐々に減る人数に怯え、小声で話し合う客人たちだったが、辿り着いた食堂で、消えたと思ったエリスとニナが料理を作っていたと知って、露骨に安堵の色を浮かべていた。
仲間が減っていないという事と、どうやらまともな食事にありつけると言う事、両方に安心したのだろう。
安心したついでに何事か話し合い、豪快に笑う海の男たちの傍らで、件の男は油断の無い
何やら扇動でもするのかと思っていたが、特に周囲と仲良く話し込んで印象を良くするとか、そういった努力をしている様子は無い。
無いのだが、全体で見れば溶け込み馴染んでいる。
見事なものだが、それだけに惜しい。
せっかく周囲の景色に溶け込んでも、その目付きは剣呑に過ぎる。
誰かに話し掛けられれば愛想よく返事しているようだが、それ以外の時間には周囲の観察と状況の整理に頭を回転させているのだろう。
それが目付きに出てしまっては、内心を6割漏らしているのと変わりがない。
全員に着席を促すと、いつの間にか消えていたと思った私の仲間たちがキッチンからワゴンを押して登場し、配膳を行う。
大方、ただ待つのも飽きたのだろう。
いつも私やアリスの調理にもついてくるような連中だ。
どうせなら呼び出しでノックする方を手伝って欲しかったのだが、食欲には勝てなかったか。
人形のクセに。
最後の晩餐か、あるいは最悪自分たちが晩餐のメニューになるのではと怯えていた様子の御婦人が、エリスの料理を前に自分が生きていることを思い出したのか、静かに涙を零した。
「お食事の前に、お約束致します。私たちは、クアラスの港に着くまでの皆様のご安全を保証致します。ただし、この魔法空間内で勝手な行動をされた場合に付きましては、その限りでは無い事をご承知おき下さい」
せっかく救助した命を安全に送り届ける為に、そして私達が無駄な労力を払わずとも済むように。
声に出して宣言した私を見る視線は、信頼と懐疑、恐怖と打算、重なる色合いが有りつつも、人数分の感情が混ざり合っている。
仲間の方向から胡散臭いものを見るような視線を2本程感じるが、きっと私の気にし過ぎだろう。
「それでは、せっかくエリスさんとニナさんが腕を振るって下さったのです。感謝して、お食事を頂きましょう」
私の言葉が終わると、一時静まり返った食堂内に、少しづつ会話が戻り、賑やかというには少し控えめだが、空気に柔らかさが戻る。
着席した私もスプーンを手に、まずはスープを一口し、そしてエマと顔を見合わせた。
ただのスープだと思ったのに、何故こうも味わいが深いのか。
目を輝かせつつ驚愕の表情で私を見上げるエマを見て、まず2名の生命の保証はなされたであろうことを確信する。
エリスとニナ。
他がどうなろうが、この2名だけは、何が有ってもエマが護るだろう。
調理中にまとわりつかれて大変だろう等と呑気に考えなる私だが、まだスープしか口にしていない。
料理人の本気と言う物を思い知らされるのは、この後すぐの事だった。
料理というものは、口に出来さえすればそれで良い、のでは無いのですか……?