迷子のマリア   作:naow

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優雅とは程遠い船旅も、いよいよ終局です。


181 上陸大迷惑

 大陸に近づくに連れて海底が浅くなってくるのはまあ、ある意味で当然な訳で。

 

「地図上では目的地に近い筈だが……付近に大型小型問わずに船影は無い。とは言え、『霊廟』の周囲把握能力に過信は出来ん。目視だけでなく、お前の方でも周囲警戒を行ってくれ」

 

 カーラお手性のヘッドマウントディスプレイらしき何かを装備した私の耳元で、カーラの声が少しの緊張を内包して響く。

 見た目は大型のサングラス、片耳ヘッドホン付きを装備した怪しげなメイド。

 そんな私は潜水艇の姿勢制御などをしながら、水深を上げつつ小さな浜辺を目指していた。

 

 文句を言いつつ防衛班長をやっていたカーラは、いつの間にこんな怪しげなグラサンを作っていたのだろうか。

 

「此方でも探知に反応は有りません。人間ないしそれ以上の反応も無し。魔法による此方に対する探知及び探査も有りません」

 

 見た目のゴツさはともかく、このグラサン型バイザーは非常に使い勝手が良い。

 私の魔法の補助をしてくれるので、対探知・探査も容易に行える。

 

 これがもっと早く有れば、恐らくアルバレインに立ち寄る事は無かっただろうに。

 

「よし……いやまて、浜辺と聞いていたが、随分と……これは岩盤が露出していないか? 間違っていないだろうな?」

 

 上陸ポイントがいよいよ近くなった事で、カーラが周囲の状況を把握したらしい。

 怪訝な声を向けてくるが、お前は船乗りたちとの話を聞いていなかったのか。

 

 浜辺では有るが環境としては磯の性格の方が強く、街道からも離れている。

 それ故旅人も比較的付近の住民もわざわざ足を向けることのない、だからこそひっそりと上陸するには申し分の無い地点。

 

「間違いは有りません。この磯から上陸し、ひとまず安全、かつ港に近い地点までは私が単独で移動します。そういう手筈だったでしょう?」

 

 返信に夢中になっている間に、勢いづいた潜水艇が浅くなった海底に接触して跳ねる。

 

「おっ、おい! 操縦は慎重にしろ! モニターしている私がビックリするだろう!」

 

 危うく海中で上下反転しそうな船体を強引に立て直す私の耳元で、カーラの怒号が響く。

「うるさいですよ、大声でなくとも聞こえます。ちょっとうっかり海底に衝突しただけです、騒がないで下さい」

 どうにか姿勢を制御している最中に、船底が海底に擦れて騒音を撒き散らす。

「おっ、おおおっ、落ち着け! と言うか速度を緩めても良いんじゃないか!?」

 耳障りな雑音の中に、カーラの声が紛れる。

「何を言っているのですか、私はさっさと上陸したいのですよ?」

 カーラの悲鳴のような懇願を聞き流しつつ、私は船を上昇させる。

 今更上昇した所で、目的地はもう目と鼻の先だ。

 

「それにこういう事は、ノリと勢いでしょう? せっかく誰の目にも止まらないのですから、多少は派手でも問題有りませんよ」

 

 潜水艇が波を割り、ついに海面に姿を現した。

 計器がついている訳でもないから速度がどれくらい出ているか判らないが、カーラの言う通り、上陸を目指すにしては過剰な速度では有るだろう。

「いや待て、周囲の情報を共有している私がだな――」

 カーラの声さえ置き去りにしそうな勢いのまま、私は舳先を真っ直ぐに海岸……というか磯に向けて、むしろ船を加速させた。

「こういう事は最初が肝心です。全力で乗り込みますよ?」

 海面に居るのに、いよいよ船底が磯辺の荒い岩肌に触れて船体が揺れる。

「突撃です」

「お前はもう二度と、乗り物の操作をするな!!」

 カーラの非常に失礼な叫びは岩肌が砕ける音に紛れ、不明瞭になる。

 

 海底と衝突し、最終的に跳ねた潜水艇は数秒の間空を飛び、私は開放感に包まれる間もなく、磯から少し奥の断崖に真っ直ぐに突っ込み、派手な爆音と岩石混じりの土砂を周囲に撒き散らすのだった。

 

 

 

 私自慢の、硬度だけに全振りした障壁で構成された潜水艇は、最後まで私を守ってくれた。

 衝突時には船内で前方に投げ出されそうになった為、結局私自身を保護するために別の障壁を張る必要に迫られたが、それを踏まえて尚、非常に気分が良い。

 

 全ての障壁を解除し、魔力炉を魔法鞄(マジックバッグ)に放り込んだ私は、周囲の惨状を無視してひとり、満足して誰にとも無く頷いていた。

 色々な鬱憤が、少しは晴れた気分である。

 

「……もう、今更何も言わん。マリア、地図通りなら港は東の筈だが、確認出来るか?」

 

 カーラの、疲れた、と言うよりも呆れた声が左耳に流れ込んでくる。

 すこぶる機嫌の良い私は改めて周囲を見回し、特に意味も無いであろうが、なんとなく左耳のヘッドホン部分に手を添える。

「ここからでは確認出来ませんね。少し移動しますので、()()にはもう少しお待ち頂けるよう、お話ししておいて下さい」

 軽く答えてから、これで終わりではないという現実に少々げんなりしつつ、私は爆砕した断崖を越え、生い茂る茂みの中へと身を躍らせる。

 その最中にちらりと振り返って見れば、潜水艇飛行アタックの爪痕は大きく、磯は大きく荒れ果てていた。

 

 私はすぐに視線を外し、思考を過去から未来へと向け直す。

 

 ……要するに、見なかったことにしたのだった。

 

 

 

 周囲警戒を怠らないようにし、人目につかないような移動を完遂した私は、いつぞやのように港町を見下ろすロケーションに小さな郷愁を覚えた。

 港町を見下ろしたあの日から、船に乗り、その船の最期を看取り、救える範囲内の生存者を抱え、そして私は今、目的地を前にしている。

 

 本来は船の上から降り立つべき港を見下ろしている筈だったのだが、旅程というものはイレギュラーと相性が良いらしい。

 

 魔族の支配する大陸。

 

 実際にはいわゆる人間種が少ないというだけの話らしいが、さて、この大陸での私の物見遊山はどう転がってゆくのか。

 まずはなるべく安全に()()()をお送りしなければ。

 その後は、衛兵なり領兵? 国軍? なり警察的な機構なりに、私達も取り調べを受ける必要が有るだろう。

 

 人命救助した殺戮人形、さて、為政者はどう判断するだろうか?

 大暴れして遁走する、そんなプランも視野に入れるべきだろう。

 

「カーラ、聞こえますか? 今、港町付近まで来ましたが、まだ少し距離が有ります。()()()にはもっと街に近いポイントから歩いて頂くか、いっそ街に入って然るべき所に出頭してから、()()を解放するべきでしょうか?」

 

 人通りも殆どない街道から更に離れ、怪しげなバイザーを纏ったままの私は、ひとまずカーラに声を掛けてみる。

 

「聞こえているぞ。思いの外早かったが、走ったのか? 人目に付いては居ないだろうな?」

 

 きっちりと周囲警戒を怠らなかった私の苦労を知らないカーラは、気軽に言葉を投げてくる。

「抜かりは有りません。主要な街道では無いようですが、念を入れて少し外れつつ、探知も使用しています。ここで解放しても問題ない程度には、周囲に人影は有りません」

 私が答えると、カーラからの返答はすぐには来なかった。

 

 まだ太陽は高い位置に有るが、海を渡って吹き付けてくる風は少し冷たい。

 

「状況は把握した。周囲のモニターはしたが、普通の人間では少し足元が危険なのではないか? アリスとも話したが……お前の言う通り、港まで出向いて解放したほうが、客人たちも疲労せずに済むだろう。何よりも護衛の手間が省ける」

 

 少し間を置いて返ってきたカーラの声に、私はなるほどと、ひとり頷いた。

 14名の移動のケアをしつつ、護衛の真似事までしながら移動するのは確かに手間だ。

 

「了解しました。それでは、ここからはなるべく目立たぬよう、バイザーを外します。『扉』を開けるまでは通信が不能になりますが、私だけなら多少のトラブルでも対処出来ますので」

 

 方針が決まったのなら、あとは行動するだけだ。

「こちらも了解した。本来ならアリスと交代して欲しい所だが……アリスでは『扉』を開けられないしな。お前の常識力は些か不安だが、任せる他有るまい」

 カーラの不安に(まみ)れた懸念の声を無視し、私はバイザーを外す。

 全くもって失礼な女である。

 常識力とは何かと問う以前に、私だって常識程度のものは持ち合わせている。

 少なくともエマと比べれば、私は常識的で穏当、非の打ち所も無い筈である。

 

 一瞬だけ、だったらカーラが出れば良いのでは? と思った私だったが、それを提案するためにバイザーを装着するような真似はしなかった。

 

 無言でアリスの方が常識人であると認めた挙げ句、カーラにも劣るのだと宣言するような事は出来ない。

 小さな意地だが、こればかりは譲るわけには行かない。

 

 取り急ぎ街道を目指しながら、街に入った後はどこに出向いて誰に話を切り出すべきなのか、私は思考を切り替えるのだった。




もう少し自分を客観的に……いえ、今更ですね。
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