「話にしか聞いたことが無い、が。……お前が、あのザガンの人形だと?」
硬質な声が、私の背中に刺さる。
字面だけ見れば信じられていないとか、そんなニュアンスしか感じられないのだが、カーツくんの声色はそんな曖昧なものでは無かった。
「はい。事情が有りまして、国、と言うより大陸を出ることにしたのです。世の中というのは実に不条理で生き難いものです」
素直に答えて溜息まで落としてみせるが、室内の緊張は
不必要に高い警戒ではないようだが、だからと言って適当に聞き流そうとか、そういう対応ではない辺り、正直意外では有る。
海の向こうの面白おかしい人形が私です、などと、素直に信じられてしまうとは思わなかった。
……いや、完全に信じている訳では無いのだろう。
9割頭のおかしな語りだと思ったとしても、万が一、本物だとすれば、油断して被害が出てしまっては笑い話にも出来ない。
自分を人形だと思っている狂人だとしても、その実力を把握できない内は「本物」として接する、と言う事だろう。
「ロンデアータ大陸の復讐の人形師とその作品については、この大陸……ヤノーでも知られていますよ。お伽噺の範疇では有りますが」
テーブルを挟んで私の前に座るテイラー氏は、柔らかな微笑みで口を開く。
眼差しには少しの柔和さも無いが。
このテイラー氏、それにカーツくんとその他局員の皆さんは、まずは私が本物のザガン人形か、という所で引っ掛っているらしい。
私は人知れず小さく溜息を落とし、改めて視線を目の前のテイラー氏に向け直した。
「事の真相を暴くには、材料が余りにも不足されているでしょう。それらにお答えする前に、お見せしたい……保護をお願いしたい方々が居ります。此方にお招きしても、構いませんでしょうか?」
私の目的はあくまで救助した人々の保護を求めることだ。
正体を明かしたのは、これから開陳する不思議道具を持っている、その謎について予め答えを出しておく以上の意志は無い。
……果たして私の思惑通りに受け取って貰えているのか、今更ながらに不安では有るのだが。
「保護? そう言えば、乗っていた客船が沈んだ、そういうお話でしたね。……まさか、客船の乗客全員を保護したとか、そういう話ですか?」
私の思惑などはさて置いて、テイラー氏が表情を生真面目なそれに変える。
そんな彼に対して、私は言葉で答える前にまずは頭を振り、否定のジェスチャーを示す。
「残念ですが、私が海面に飛びこん……投げ出されて気が付いた時には、周囲には20数名程度しか居りませんでした」
続く私の言葉に、完全に信じた訳でもないのだろうが、それでも室内の空気が重く沈む。
「そして、実際に救助出来たのは20名。しかし救護が間に合わず、お命を失った方が2名。
そんな空気も、私の――正確には手を下したのは私ではないが――殺人の告白に、全員が即座に緊張感を取り戻した。
実に良く訓練されている、良い衛兵……局員たちである。
「救助が間に合わなかったのはともかく、殺人に関しては……いえ、一旦置きましょう。では、残った16名を保護しに行けば良いのでしょうか?」
私は表情を崩さず、しかし心は天井を見上げて額を叩いた。
なるほど、普通に考えたらそういう事になるか。
救助したは良いものの、全員動けないので保護に手を貸せ、と。
そう言っているように聞こえてしまったのだろう。
「いえ、失礼致しました、私の言葉に不足が御座いました。失礼ですが、起立する許可を頂けますでしょうか?」
しかし私は慌てない。
百の言葉を用いるよりもひとつの事実を見せた方が、話は早いのだから。
逸る心を抑えて、私は律儀に行動の許可を得ようと試みた。
それに対して、テイラー氏は私を見定めるような目を向けしばし黙考し、テーブルに両の肘をついて指を組み、口元を隠すような姿勢になる。
あ、アニメとかで見たこと有るやつだ。
「失礼ですが、
テイラー氏だけでなく、私の後ろに控えている局員のみなさんも、無駄な緊張は無いものの、警戒は強めている様子だ。
こういう時に言葉を惜しんだりすれば、即座に面倒なことになる。
私は過去から学ぶ人形なのだ。
「いえ、私の持つ魔法空間への出入り口を展開し、保護した方を此処にお招きしたいと考えております。ついでですが、私の仲間たちもご紹介出来れば、と」
私が言葉を終える前に、周囲の空気が変化した。
テイラー氏の様子に変化は無いが、小声で仲間と話す局員たちのざわめく様子が感じられる。
探知の魔法と、空間把握の魔法は便利だ。
「保護した方々は、既に死んでしまった方以外は皆様健康です。あ、死んでしまった方についても、ご遺族が居られると思います。遺体のお引取りと、ご遺族へのお引渡しをお願いしたいのですが」
周囲の空気を意に介すこと無く、私は淡々と言葉を重ねる。
周囲のざわめきは増すばかりだ。
失敗したかも知れない。
うっかりと許可を取るような真似をしたばかりに、私は身動きが取れなくなってしまっていることに気が付いた。
その許可をくれそうな相手、テイラー氏は変わらぬポーズで私をじっと眺めるばかり。
今更下手に動いて相手を刺激するような事にはしたくないし、かと言ってテイラー氏が許可をくれるかは不透明な有様だ。
保護した人たちを解放したいと言ったら、素直に聞いてくれるとばかり思っていたのだが……どうやら今回も、楽観が過ぎたらしい。
「……此方を威圧したかと思えば、私に行動の判断を委ねる。些かチグハグですが、腕力に物を言わせるような真似はしない事は
さてどうしたものか、いっそ強行するかと考え始めた矢先、テイラー氏が重い口を開いた。
随分と勿体振ってくれたものである。
局員たちに命令とはつまり、私を捕縛なりなんなり、と言う事だろう。
可能かどうかは置いても、わざわざそんな命令を出して頂く
「有難う御座います、では」
しかし出来た人形こと私は、思ったことをそのまま口にするような事はしないし、ましてや憶測にしか過ぎない事に文句を言ったりはしない。
素直に礼を口にして立ち上がり、改めて頭を下げてから、少し歩いて何も無い空間……ドア1枚を出せるだけのささやかな空間と床を確保する。
そこに、私の意志に従って出現した白い、ただ白いドアに、室内の全員の視線が集中した。
長旅の途中で拾った面倒事も此処でお終い。
ようやっと私自身も解放されるのだと思えば、感慨もひとしおだ。
だが、そんな感情に身を任せている時間も無い。
私は浮ついた気持ちをおくびにも出さず、冷静な表情と態度で、ドアノブに手を掛けるのだった。
相変わらずの考え無しの楽観ですが、果たしてマリアの想像通りに事は進むのでしょうか?