迷子のマリア   作:naow

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つくづく、飲食を好む人形達です。


189 異国の夜

 異国の地、生活習慣の異なる世界。

 様々な違いは有れど、根付いた人柄による立ち居振る舞いの違いが有れど――夜の酒場が賑やかであることに変わりは無いらしい。

 元々海路を用いた交易が盛んで、異国でありながら様々な国、地域の人間が溢れるこの街はこの国の中でも特に事情は異なるのであるのだろうが。

 

 私がつらつらと、割とどうでも良い事を考えているということはつまり。

 

「マリアちゃん! このパスタ美味しいよっ! マリアちゃんも食べてみてっ!」

「新鮮な野菜と言うには難が有る、が、品質が悪い訳では無い。それにこのドレッシングは素晴らしいな。野菜はやはり生に限る」

「エールもこうしてみると、やっぱり良いモンだね。肴も旨いし、言う事無いねえ」

 

 周囲が騒がしいからだ。

 言うことが無いなら黙っていて欲しいのだが、それを言うのも野暮だろう。

 あと、エマの仕草は微笑ましく思えるだろうが、引き換えに私の皿から料理を奪いたいだけだ。

 

 何処で覚えたか知らないが、そんな駆け引きを持ちかけてこずとも、言えば素直に分けるのだが。

 

「おん? なんだメイドさん、アンタは浮かねえ顔だが? 理由がないなら、メシは楽しく食うべきだぜ?」

 

 同じテーブルで、カーツくん……治安維持の外回り局員の中隊長さんが私に気を掛けてくれる。

 ……昼食後に一度別れた筈なのだが、どんな悪運の巡り合せか、夕闇迫る繁華街で食事処を探す私たちは彼に再会したのだ。

 

 別に会いたくは無かったのだが。

 

「私は見た通りの立場で御座います。皆様の歓談を邪魔する訳には参りませんので」

 あと、私はメイドではない。

 そう思ったのだが、格好も格好であるし、いちいち反論しても面倒なだけだ。

 だったらいっそ、その勘違いを利用してやろう、そう考えを修正した私は、静かな顔で言葉を放つ。

「ははあ、まあ、下っ端ってのはどこも大変だなあ。その黒髪のお嬢様が主人かその娘さんってトコか? お上品で無茶も言わ無さそうだし、大事にしてやんな」

 私の言葉に何を納得したものか、カーツはふむふむと頷いてからジョッキを煽る。

 聞いたところでは、私たちとの会食後、呼び戻された彼らはテイラー氏に説教された上で案の定始末書を書かされたと言うのだが、見た限り反省している様子はない。

 私たちはアテもなく放浪する人形の一団なのだと説明した筈なのだが、きっとアルコール漬けの脳では記憶もままならなかったのだろう。

 

 ……いや、ヒトの目も耳もある酒場で、うっかりザガン人形なんて単語を出せない事も理解している。

 彼なりの気遣いだとは理解(わか)っているのだが、いかんせん垣間見た勤務態度やあれこれから、どうしても判断は偏見に寄ってしまう。

 

「ええ、まあ。お気遣い痛み入ります」

 私が複雑な感情から曖昧な笑みを浮かべていると、こちらをじっと見つめる視線に気が付いた。

 うんざりしながら視線を巡らせれば、そこに並ぶのは3つの顔。

 

「マリアちゃん、メイドだったのぉ?」

「誰がメイドで誰が主人だ。と言うかお前が一番の下っ端だと? 冗談は性格だけに留めておけ」

「ウチで一番危ない奴が、何気取ってんだ。取り澄まして見せた所で、今更だろうが」

 

 まず、エマはもうちょっとこう、自分の正体を隠す努力をしたほうが良い。

 お前も同じ様な服……ちょっとばかりスカートの改造が過ぎるが、そんな恰好なのだから自分もメイドっぽさと言うか、そういう振る舞いを心掛けてみるのはどうか。

 カーラに関しては、後で「霊廟」に戻ったら説教だ。

 アリスに至っては、エマを差し置いて私が一番危険とはどういう了見か。

 禁酒を言い渡そうにも大量の酒を魔法鞄(マジックバッグ)ひとつ分持ち歩いているので、聞きはしないだろうし意味もないだろう。

 

 取り敢えず、全員が私をどう見ているのか、実態はどうなのか。

 意見のすり合せは必須だろう。

 

 まあ、メイドと言われて否定しない割に、ちゃっかり席に着いている私もまたどうかしているとは、自分でも思うのだが。

 

「愛されてるな、姉ちゃん。ま、メイドじゃねえのは言動で理解(わか)るんだが、見境なく喧嘩売ったり暴れたりしなきゃ、俺達にはどうでも良い事だ。せいぜい平和に、この国を楽しんでってくれよ」

 

 そんな私たちの楽しい会話を、カーツは笑って流す。

 今、私が仲間に否定されたのはメイドであることではなく、私の誠実さである。

 一言も返せないという事実は置いても、一言くらいフォローがあって然るべきではなかろうか?

 

 愛されていると言うのはフォローの内にはいるのだろうか。

 仮に入ったとして、それで嬉しいかと問われると「微妙」の一言に尽きる。

 

「平和な旅路を満喫できるよう、周囲がせいぜい放って置いて下されば言うことは無いのですが」

 

 いい加減極まる呑兵衛に対して、私はしみじみと言葉を返す。

 見れば私の仲間たちも、私が発言したことに関して思うところは有るものの、内容に関しては特に言うこともない、そんな様子で頷いている。

 さり気なく失礼な対応をされていると感じるのも、エマだけは意味がちょっと違うような気がするのも、併せて偏見だろうか。

 

「まあ、良くも悪くもザガン人形について、お伽噺以上の話なんて知ってる奴は多くねえ。アンタらの旅を殊更邪魔するような奴ァそうそう居ねえだろうよ」

 

 そんな様子までを笑って眺めていたカーツが、不意に声を潜めた。

 周囲の騒音に紛れるようなその気遣いを有り難く受け止める私に、彼は更に言葉を重ねる。

 

「街道から離れた小道や獣道は勿論、街道でも視線を遮るものの多いところでは警戒を怠るな。ちょいと前から、賊の類があちこちで暴れてて、この街の領軍も警戒してるし、規模は小せえがあちこちに出張ってる。だって言うのに、被害は後を絶たねえんだ。賊にしちゃあ、人員も物量も有りすぎだ。色々ときな臭え、旅をするってんなら、悪いことは言わねえから西か東に向かいな。間違っても北へは向かうなよ?」

 

 私を含め、仲間たちの誰も言葉を発しないまま、カーツの顔をまじまじと見詰めた。

 彼の両脇に座る部下と思しき2名が、さり気なさを装って周囲に軽く視線を投げる。

 

 彼の言うきな臭さとは、いったい何か。

 周囲を伺っていた2人は特に言葉も無く、前に向き直るとそれぞれに無言でジョッキを煽る。

 その様子に緊張を高めるでも無く、カーツもまたジョッキを煽った。

「北の街道の先の先、アイセスブルトって国がな、戦争の準備をしてるんじゃねえかってもっぱらの噂でよ」

 私はうんざり顔を隠すことが出来ない。

 戦争云々に、ではなく、そんな話を聞きつけた仲間の約1名が、きっと目を輝かせているだろうからだ。

 

 そんな危険地帯に足を踏み入れたいなどとは決して思わないが、狂戦士は逆だろう。

 困ったことに、面倒を避けてカーツの推薦に従えば、エマのガス抜きの機会が遠退く。

 私たちと遊ぶと言った所で、模擬戦には限界がある。

 破壊衝動を存分に発揮できる訳では無いのだし、されても困る。

 

 そうなると、私含む3体の願いとは無関係に、行き先は決まったも同然だろう。

 

「だったらもう、東に行くのが良いんじゃないか? 戦争なんてモンに巻き込まれるのは御免だしな」

 私たちが抱える問題に気付いた様子もないアリスが、能天気に口を開く。

「何事も平和が一番だな。旅して野菜を……料理を食べて、また旅をして。この大陸でこそ、のんびりとしたいものだ」

 喪服の高身長女という、不吉のメッセンジャーみたいな見た目のカーラが、しみじみと叶わない夢に思いを馳せている。

 

 先に2人が自分の意志と言う物を示してしまった所為で、エマは何も言わない。

 何も言わないのに、真っ直ぐに私を見ている気配がする。

 

 エマの気性で言えば北へ進む事を提案し、それを曲げない所までがセットだと思ったのだが。

 そんなエマが何も言わないのは非常に不気味だが、ただそわそわと落ち着かない様子だけは気配で伝わってくる。

 

 エマを落ち着かせつつ、2体に現状の危機を伝える。

 食事の後の面倒な作業に思い当たった私は、言葉ではなくただ、溜息が漏れる。

 耳障りな馬鹿笑いにちらりと視線を向ければ、カーツが部下と無責任な冗談を言い合って笑っている。

 

 仲間というのは、ああいう関係を言うのだろう。

 

 破壊衝動を内包し、適度に解放せねば此方に牙が向きかねない、そんな存在は仲間と言えるのか。

 キャロルを従える賢者様か、メアリと共に旅をすると決めたジュン。

 どちらかにエマを押し付けるべきだったか。

 

 冗談とも言えない戯言で心の(ヒビ)をなぞって、私は自嘲の笑みを口元に小さく浮かべるのだった。




カーラに「霊廟」の管理権限が与えられた時点で、もう全ては今更、です。
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