迷子のマリア   作:naow

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新大陸に踏み込んで、初めての夜です。


190 安眠を

 人目を避けてどこぞの路地の奥にでも潜り込み、そこで「霊廟」に戻っても良いのだが、何処で誰の目に留まらないとも限らない。

 割りと隠す気の無い私だが、妙な気を起こすような連中の耳目を好んで集めたくはない。

 

 そんな訳で、私たちは普通に安宿にチェックインを果たした。

 

 まさかの4人部屋があったのは驚いたのだが、元冒険者に言わせると「冒険者だけじゃなく、旅人だって複数人で動くことも多いし、商隊ともなればもっと人数は増えるよ。4人部屋くらいはどこも普通に用意されてるさ」とのこと。

 但し、「広さまでは考慮されてないけどね」との言葉通り、案内された部屋はせいぜい2人部屋程度の広さに4人分のベッドを詰め込んでいる、生活空間と言う物を全く考慮していない寝るだけの部屋だったのだが。

 

 こうも狭くては湯桶を借りて身を清めるのも場所を限られる訳だが、この世界の人々はその辺りが気にならないのだろうか?

 

 まあ、部屋に入り施錠してしまえば、後は申し訳の空間でいつものドアを呼び出すだけなのだから、私たちにはあまり関係ないと言えば無いのだが。

 

 

 

 例によって「霊廟」に戻ってしまえば、今日は食事も済ませたのだし、あとはめいめい好きに過ごせば良いだけなのだが、どういう訳か私たちは談話室に寄り集まっていた。

 備え付けの窓はすっかり光を失い、室内に有る複数のランプが光源だ。

 

 天井にも小さなシャンデリアめいた照明が有るのだが、さっさと部屋に戻りたい私はそれを使わない。

 

「北……っていうか、位置的には大陸中央の国があちこちに戦争(けんか)吹っ掛けてる、って話だけどさ。可能なのかね、そんな事」

 アリスが自前の酒瓶を取り出すと、私の用意したお茶を乱暴に飲み干し、空いたカップにそれを注ぐ。

 

 ゆっくりと気分を落ち着けるとか、そういう風情を楽しむ気持ちは無いのだろうか?

 以前話していた時には、確か前世……前の世界でも女性だったと聞いた記憶が有るのだが、時に行動が大雑把でたおやかさの欠片も感じられない事がある。

 と言うか多い。

 その事ひとつで中身の性別を疑う様な真似はしないが、疑わしく思えてしまうのはどうしようもない。

 

 私の中身については、真正面から問われてもはぐらかして来たが。

 まあ、聞いて来る時点で疑っているか確信を持っているのだろうし、それに素直に答えるのも面白くあるまい。

 

「戦争と喧嘩を同列で語るのはどうかと思いますが、他人事である、という点で気持ちは理解出来ます。疑問についても、同感ですね」

 静かにカップから立ち上る香気を楽しんでから、私も唇を開く。

 

 爽やかな香りが立ち上るが、はて、何処が原産の茶葉であったか。

 次に買う時に困ってしまう。

 

 果たしてその大陸中央に座するその国――なんと言ったか、大仰な名だった気がする――が、周辺国に無差別に戦争を仕掛ける、等と言うことが可能なのであれば、軍事力のみならず経済力もとんでもないモノを抱えていると言うことになる。

 この街の防衛を担うカーツの言うところによれば、この港を抱える国を含め、周囲は大迷惑、と言う話で、つまりは単なるハッタリとは周囲も受け止めていないらしい。

 

 現在、彼の国を囲う5つの国のうち3つを相手に戦端を開いていると言うのに、残りの2国相手にも武力をチラつかせているのだとか。

 

 地理関係も不明だし、経済やら流通やら不明な点が多すぎるのだが、下手したら周辺国全てとの大戦争になるような真似を自ら選ぶとは、国のトップが王か皇帝か、それとも首脳陣なのか知ったことではないが、いずれにせよ正気は疑って掛からざるを得ない。

 ある程度同盟国を作ってから仕掛けるのが常道だと思うのだが、カーツや彼の部下の話を聞く限り、敵国を飛び越えた向こうの国と同盟しているとか、実は内通している国があるとか、そういう話は聞かないらしい。

 

 実際は相手国に諜報員を送り込むなり有力者との繋がりを作っていたりするのかも知れない、というかそれが無ければそもそも1国との戦争も難しいと思うのだが……まあ、そういった話が公に語られる事はそうそう無い、か。

 

 私では、少し考えた程度では、360度全周囲との戦争なんて状況、自国の敗戦から滅亡までのルート以外見えないのだが。

 

「でもぉ、戦争も喧嘩も、相手を殺す事は変わらないよねぇ?」

 

 無邪気と言うにはあまりな発言に、私は思考を止められる。

 しばし室内に沈黙が流れた辺り、私以外もこれには返答に困った様子だった。

 

「……エマ、喧嘩で相手を殺すのも、普通はあまり無いのですよ? 決闘とは違うのですから」

 

 ようやく押し出した私の言葉があまりに白々しく、場違いに聞こえる程に、エマの視線は真っ直ぐだ。

「ええぇ? マリアちゃんは優しいんだねぇ」

 エマの感性と私の戸惑い、どちらがズレているのか。

 或いは共にズレている可能性も思い浮かべながら、私の口から漏れるのは溜息ばかりだ。

 

「エマちゃん、ホントに強い奴は、喧嘩で殺すほどの力を出さないんだ。強い奴にとっての喧嘩ってのは、格の違いを見せつけたら終わりなのさ」

 

 二の句が継げなくなった私を見かねて、アリスが口を挟む。

 エマは不思議そうな顔を、私からアリスへと向け直した。

「うーん? 自分より弱いと判ったら、そこで終わりにしちゃうってことぉ?」

 理解(わか)らない、そんな顔でエマはテーブルを挟んで向かいにいるアリスを見上げる。

「そうそう、どちらが強いかはっきりさせて、それでお終いさ。度を過ぎて相手を殺しちゃうのは、弱いくせに背伸びしちゃってる奴か余裕の無い奴ってね」

 エマの視線を受け止めながら答え、ウイスキーで満たされたカップを呷る。

 冒険者として活動してきたアリスにとっては当たり前過ぎる考えに、しかしエマは納得の相を浮かべることは無い。

「ふぅん? そんなの楽しくないね?」

 口調は変わらず、表情も不思議そうなままなのに、その言葉は不穏に響く。

 

「遊ぶんだったら、負けたら死んじゃうことも含めないとぉ。負けても生きたい、って言うのは、ワガママだと思うよぉ?」

 

 月の下の廃道で出会い、共に旅をしてきたエマは、幾つかの出会いと別れを経て、しかしその思考に変化は無かった。

 

 自分と同じザガン人形である「血爪(けっそう)」ソフィアと「訃報(ふほう)」エリに対しても、「自分に負けたから」と言う理由であっさりと破壊したエマ。

 私に敗北した後で生き延び自害しなかったのは、生きたいからではなく、単に「敗者は滅ぶか勝者に従う」と思っていただけだ。

 

 普段の私たちとの修練に関しては、それは修練であって遊びではなく、かつ互いに練習用の模造刀や棍を使用している、それだけ。

 

 自慢の得物と、自身の能力。

 その両方を駆使して行うのが、エマの「遊び」なのだ。

 遊びだからルールは有るし、ルールが有るからそれに従う。

 

 動けなくなったその首元に剣を突きつけられても、悔しげにはしてもそれ以上の抵抗をしなかったように。

 

 サイモン……ザガン師の命令には疑問を感じても、自分で決めたルールには厳格。

 そんなエマは、世界にその歪つな定規(ルール)を当てる。

 

 アリスとカーラは、たまたまぶつかった相手が私だったから、今、共に旅をしているだけだ。

 

 ほんの少しすれ違えば。

 アリスは、初めて合った時の思惑のままに動き、私が傍観していたら。

 カーラは、あの荒屋に踏み入ったのがエマだったら。

 

 今、私とエマと共に居るモノは、何も無かった筈だ。

 

 常に自分の全てをベットし、細いロープの上を全力で走るような賭けを続ける。

 刹那的過ぎるその性分がようやく染みたのか、アリスもカーラも、そして私も言葉は無い。

 

 人間とも、恐らくオーガとも違うその勝負観。

 敗者は死ね、そう笑顔で言うエマは、ふとその表情を変える。

 

「戦争って、国と国の『遊び』だよねぇ? でもぉ、フツーはアリスちゃんみたいな考え方なんだねぇ? でも、国ってニンゲンがいっぱい居るんだよねぇ?」

 

 疑問符を顔に貼り付けるその極端過ぎる言葉を遮る術も、受け止める心構えも、私たちは持ち得ない。

「ニンゲンって、負けたって口では言っても、負けを認めたりはしないよねぇ?」

 小首を傾げるエマの独白に、その極端な考えのルーツが見えた気がした。

 

 臥薪嘗胆。

 面従腹背。

 言い方はどうでも良い。

 

 エマが過去、何を見たのか。

 勝った筈のエマが、負けた人間を見逃した事があったとしたら。

 その結果、何が起こったのか。

 

「そしたら、終わらないよねぇ? どうするんだろうねぇ?」

 

 心底不思議そうなエマの疑問に、私たちは顔を見合わせる。

 

 戦争に敗れ、故国を失った人間は、或いは虜囚となった人間は、解放を、そして祖国の奪還をこそ願うだろう。

 一時的に断絶はしても、終わらない。

 

 エマの言うように、相手国の人間をひとり残らず滅ぼす事でもしない限り。

 いや、それが可能だとして……周辺国はどう思い、どう行動するか。

 

 個人対個人であっても、敗者の周囲の人間が報復を行うなんてことは良く有る話だ。

 事情は違ってその上複雑に絡まる思惑が有っても、敗戦国を文字通り滅ぼすような国を、周辺国が大人しく見ている訳が無い。

 或いは、エマがそうであったように、その遊びの果にそれを受け止めるような国が立ちはだかる事もあるかも知れない。

 

 その時、その相手国は……私のように打算で刃を収めるだろうか。

 

 収めれば潜在的な敵は生き残る。

 相手と同じことをすれば、今度は自分たちが危険な国だと周囲に認識される。

 

 事情はどう有れ、戦争は……終わらないのか?

 

 暗澹たる気持ちに支配されてしまった私は、似たような心情のアリス、考え込むカーラと共に、口数少なくエマの疑問を受け止め、しかし明確な答えも提示出来ない。

 

 考えた所で仕方のない事を、私は寝台まで持ち込む羽目に陥るのだった。




エマの思考も極端ですが、マリアたちも考えすぎだと思います。
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