迷子のマリア   作:naow

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冒険者ギルドというのは、ただの酒場かと思っていました。


192 大道芸と人間模様

 情報収集の為に、と、冒険者向けの依頼が貼り出された掲示板を覗きに行ったアリスは戻ってこない。

 ちらりと視線を向けると、何やら地元? の冒険者と話し込んでいる様子が見える。

 私はそちらに意識を集中して会話を拾う……のも手としては有ったが、面倒なのでそんな事もしない。

 

 どうせ戻ったアリスが同じ様な話を繰り返してくれるだろうし、今聞いても後で聞いても同じことだからだ。

 

このパンケーキはなかなか美味だな(北方面は危険ということか)バターの風味がたまらないな(街道封鎖もすぐに始まるだろうな)

 

 周囲の冒険者の話に耳を傾けていたカーラが、普通の可聴域での発言と、小声の感想を同時に発してくる。

 なんでそんな気色の悪い小器用な真似を披露してくるのか。

「表向きの会話の必要なと有りませんよ、黙って食べてるフリでもしていて下さい。ただの小声で充分ですし、読み難……うっかりすると混乱してしまいます」

「カーラちゃん、それ、聞かされる方は結構気持ち悪いよぉ?」

「……見た目相応、とも言えなくもないですが」

「あはははっ、マリアちゃんヒッドイよぉ」

 そんな余計な芸を披露するものだから、私とエマの小声の同時ツッコミを受けてしまうカーラ。

 しょんぼりと涙目である。

 

 カーラの様子はともかく、言っていること――副音声の方――は確かに気になる。

 

 まだ封鎖していないのか、という感想がまず湧いたが、この港周辺では未だ、と言う話のようだ。

 国境付近は既に封鎖されているようだが、国内に関しては様々問題やらゴタゴタが有るようで、色々とキナ臭い。

 

 巻き込まれるのも御免だし、さっさと西か東に退散するのが得策だろう。

 

「北……面白いことになってるみたいだねぇ」

 

 問題が有るとすれば、もうすっかりと北方面に興味津々なエマをどう説得するか、と言うところか。

 しかし、これが結構な難題の予感が漂う。

 

 廃道で出会って紆余曲折を経て此処まで、エマが満足出来るほど暴れられたのは1回有ったかどうか、だ。

 殺戮衝動の方は満たせただろうが、強者との戦闘、となると……私との戦闘のあとは、賢者様にあしらわれたのと、その後はクロエを追い詰めて逃したくらいか。

 こうしてみると意外と暴れているような気がするが、それは私の感想であって、エマのものではない。

 

 恐る恐る視線を向ければ、エマの目は何かを期待する、そんな光を帯びている。

 

 何を期待しているのかは知りたくもないし、求めるものが単なる殺戮であれ強者との闘いであれ、それを叶えてしまえば確実に私も巻き込まれる。

 しかし頭ごなしに押さえつけようにも、エマがどの程度不満を燻らせているのか外から測れない以上、うっかりと暴竜の逆鱗に触れるような真似も出来ない。

 

 ……となれば、口先八丁の適当な方便で誤魔化すしか無いのだろうが……騙されてくれるだろうか?

 

「よう、お待たせ。あ、お姉さん、こっちにエールひとつ!」

 

 苦悩する私とまだしょげているカーラが情けない顔を並べているテーブルに、呑兵衛冒険者が飄々と戻ってくる。

 エマを挟んだ向こう、位置的には私の正面に座ったアリスは、テーブルに並ぶそれぞれの顔を見比べて、なんとも言えない表情だ。

「どういう状況なんだ? エマちゃんだけが元気なんだけど?」

 何が起こったのかを知りたいのだろうが、エマが笑顔で私達がゲンナリしている時点で色々と察して欲しい。

 ややあってウェイトレスが持ってきたエールを受け取り、やや機嫌を良くしたアリスはそれを呷ってから、当たり前のように口を開いた。

 

やっぱエールは良いねえ(北はダメだね)旅の醍醐味はやっぱり酒(例の国もそうだけど)それに旨い料理が有れば(それ以外にも色々と)言うことはないね(まあキナ臭いね)

 

 その口から漏れるのは、カーラが先程披露したのと同じ、副音声付きのアレである。

 どちらの発言も聞き取れない事は無いが、内容が違いすぎるのと音域が違いすぎて、エマの言う通り気持ち悪い。

 なんだそれは、何処かで流行っているのか、そういう発声法が。

 

「……なんだよお前ら、揃いも揃って妙な顔して」

 

 先のカーラと私達のやり取りを知らないアリスは、キョトンとしている。

 私とエマ、そしてカーラは互いに顔を見合わせ、そしてそれをアリスへと向けた。

 

「カーラにも言いましたが、ややこしくて読み難……聞き取りにくいのですよ、それは。気持ち悪いですし、いっそ小声の方だけで充分です」

「アリスちゃん、それ気持ち悪いよぉ」

「アリス、私もさっき同じことをして散々に貶されたんだ……」

 

 次々に口を開く私達の反応に、アリスは呆気にとられて口を半開きにしてから、気を取り直すように再びジョッキを傾ける。

 そもそも小声で話せば普通の人間には聞こえないだろうに、何を警戒してそんな面白い芸を披露しようと思ったのか、カーラとアリスには色々と聞いてみたい気分である。

 

 

 

「掲示板に貼り出された依頼は賊の討伐か捕縛ってのが多くて、その他は商団だったり旅人の護衛が目立ったね」

 

 何故か少し不機嫌な様子で、アリスがジョッキをテーブルに置く。

 飲み干してしまったのなら、おかわりでもすれば良いだろうに。

「聞くまでも無いでしょうが……北方面の依頼が多い、と言う事ですか」

 アリスを真似る訳でもないが、私も小声会話を使用して問いかける。

 

 賊が跋扈しているから、護衛が必要になっている、と言う訳だ。

 ご丁寧に北の国との国境は封鎖されている筈なのだが、それを越えた此方側で賊が討伐してもきりがない程発生している、と。

 この世界の国境管理はどうなっているのか知らないが、この様子ではさぞ穴だらけなのだろう。

 所属を示す何かを身に着けている訳でもなし、下手に苦情を言おうものならそれを理由に戦端を開きかねない危ない国だ。

 当然この国も()()()()()()()()()()()()()()()が、それらが整うまではその()をぷちぷちと潰して被害を抑えねばならないのだろう。

 

 両者とも、色々とまあ御苦労なことである。

 

 そう言えば「剣舞(けんぶ)」サラも北の方に居るんだったか……。

 サラが彼の国で大暴れでもしてくれれば良いのだが、まさかその厄介な国に与している訳ではないだろうな?

 もしそうなら、本気で北方面には足を向けたくない。

 

「ここで周囲の話を拾ってみた感じも、似たようなものですね。北は危ない、そちら方面の護衛は報酬は良い、家族が北にいるから帰ろうか、そんな会話が幾つか拾えました」

 

 内心の不安を隠し、私は一同を見渡す。

 特に意味も意図も無い、ただ見回しただけだ。

「マリアちゃん、周りの会話聞いてたのぉ? すごいねぇ、でもちょっと気持ち悪いねぇ」

 目を丸くしたエマが、何が気に入ったのか私にまで暴言を向けてきた。

「はあん? まあ、家族が居るとなったらまあ、気が気じゃないだろうね。……無事だと良いね」

 アリスは縁もない冒険者の家族の心配をし、どこか遠い目をしている。

 カーラは何も言わないが、エマの発言で溜飲を下げたのだろう。

 何か同情をその眼差しに感じるが、一緒にして欲しくはない。

 

「まあ、北へ行くのはナシって事だな。エマちゃんは不満かもだけど、危険なりにそっちへ向かわなきゃならない、真っ当な商人とか冒険者も多いんだ。エマちゃんだって、無闇に暴れたい訳じゃないだろう?」

 

 空になったらしいジョッキを名残惜しそうにテーブルに戻すと、アリスはエマへと視線を向けた。

 エマを信じる気持ちなのだろうが、残念な事にエマは無闇に暴れたいだけだ。

 そう考える私を置いて、エマはアリスへと顔を向け、そして口を開く。

 

「うーん、私は暴れられたらそれで良いんだけどぉ……でも、それじゃアリスちゃんが困るんだよねぇ? ちょっとだけなら、我慢するよぉ」

 

 エマの言葉に、ほっと胸を撫で下ろすアリス。

 エマのちょっとは私達のちょっとよりちょっと短いだろうな、そんな言葉遊びにもなっていない事を考える私。

 反応はそれぞれだが、束の間安堵したのは同じである。

「ありがと、エマちゃん。それじゃあ、後は東か西か、ってトコだけど」

 少し緩んだ顔で私に向かって声を放つアリスに、私は小さく頷く。

「そうですね。此処では知りたいことが知れた訳ですし、お昼までまだ少しあります。勿体ないですし、お昼まで買い物なり、時間を潰しますか」

 言いながら、私は率先して席を立つ。

 続いて、黒服の長身女が席を立った。

「うむ、折角の旅なのだ。まだこの街の散策も出来て居ないのだし、呑気に散歩するのも悪くなかろう」

 そんな私達に苦笑いしながら、アリスとエマも腰を上げる。

「散歩も良いけど、酒の買い出しが一番大事だろう?」

 アリスの発言には素直には頷けないが、緩んだ空気にヒビを入れるのも気が引ける。

 私は曖昧な表情で微妙に頷くと、エマの手を取り、先に歩き出したカーラの背を追う。

 自動的に、今回の支払いはアリスの役回りになった。

 

 背中に何やら小声の恨み言がぶつかった気がしたが、残念なことに私の耳は一時的に休業中だ。

 

 エマとどうでも良い会話をしながら、上機嫌なカーラの戯言を聞き流す。

 そんな私たちに追いついたアリスの文句を華麗にやり過ごし、賑やかな通りを歩く。

 

 そんな私たちの足が、期せずして同時に止まった。

 その視線の先にあるもの、いや、居る者に、激しく見覚えが有ったのだ。

 

「……ありゃいったい、何事だい?」

 

 アリスの声が、私の鼓膜の上を滑る。

 

 視線の先には、泣きじゃくる料理人見習いのニナとそれを宥めつつも途方に暮れた様子の料理人エリス、2名が通行人の邪魔にならないよう、道端で立ち尽くしている姿が有った。




救助した方々とは、昨日別れたばかりの筈ですが。少し気まずい再会ですね。
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