迷子のマリア   作:naow

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「霊廟」に入り、比較的打ち解けた人間2名。何があったのでしょうか。


193 感情

 目的地であった港町クアラスに到着したは良いものの、海上の旅の途中で沈んだ船の乗客の生き残りを出来る範囲で救助していた私達は、大半の時間を救助した人たちを保護してくれる機関に送り届けたり、尋問されたり、その過程で呆れられたりで時間を取られ、満足に堪能できたのは食事程度という散々な上陸初日を終えた。

 

 明けて翌朝。

 

 冒険者ギルドで「北は危ないから行かない」と大まかな方針を決めた私達は、朝食もそこそこに街へと繰り出し、旅の準備の前にまずは観光でもしておこうと気楽に構えた。

 そんな私たちは、冒険者ギルドを出た途端に思いがけない光景に出くわして困惑することになった。

 

 泣きじゃくる少女と、それを宥めるがやはり泣き出しそうな顔の少女……いや、本当の所年齢は知らないし少なくとも片方は成人女性だと思うが……そう言えばこの世界は概ねの国では成人年齢が15歳だった。

 そんな姿が珍しかったのではなく、そのどちらにも見覚えが有ったのだ。

 

 宥める料理人のエリスと、泣いているニナ。

 

 何が有ったのか把握など出来ないが、朝からこんな人通りの多い道の脇で人目も気にせず感情を爆発させるとは、余程のことが有ったくらいは想像出来る。

 どうしたものかと悩む間も無く、エマと繋いでいる私の右手に衝撃が走った。

 強く握られたとか、そういう事ではない。

 むしろ、その方が良かった。

 

 チリチリと小さいが、エマの感情がざわめくかのように、彼女の魔力が鋭い拍動となって攻撃的に私に伝わってくるのだ。

 人間だったなら、かなり痛いと思う。

 

 言っておくが、私は何もしていない。

 

「……マリアちゃん。私のお友達を泣かせた奴が居るみたい。殺しちゃって良いかなぁ?」

 

 挙げ句に冗談とは思えない殺意を内包し、その小さな小さな声を絞り出す有様。

 私は呼吸を落ち着け、極力丁寧に、エマの激情を抑えようと試みる。

「落ち着きなさい。誰がやったか、そもそも何故泣いているのか、その理由が判りません。軽々しく動く訳には行きませんよ?」

 落ち着き払って見える、そう努力した私に、エマが真顔を向けてきた。

 

 いつも脳天気な笑顔を浮かべているだけに、彼女の表情の抜けたその目は恐ろしい。

 

「理由なんてどうでもいいし、誰がやったかなんて大まかに判れば問題無いよ。どうせこの街に居るんだから、みんな殺せば良い」

 

 その口調が、微妙に変化してしまっている。

 私はエマの手を強く握った。

 うっかりと手を離してしまえば、エマは駆け出してしまいそうだったのだ。

 

 エマらしいといえばらしい、極論と感情コントロールの放棄。

 それ程あの2名を気に入っていたのかという驚きと、他者のために怒りを覚えたという成長に対する感心と、どこまで行っても変わらないその危険さに対する戦慄と、それらが綯い交ぜになって私の感情コントロールも難しくなる。

 が、それで手を緩めるわけには行かない。

 エマの手を握ったままで私は膝と腰を曲げ、その目と視線の高さを合わせる。

 

「まずは話を聞きましょう。私たちが協力出来るかどうかを確認するためにも、何よりも」

 

 表情を失くしているのに、強い視線を返してくるエマ。

 余りにも極端な事をしでかそうとするエマは、私が思っているよりも色々考え、日々を過ごしていたのだろう。

 メアリの言葉にも、思う所があったのか。

 

 殺戮人形が、マスター・ザガンを「お父様」と呼んでいるエマが、人間の少女の涙に怒りを覚えている。

 その源泉を理解し、それを彼女なりの方法で除去しようと考えている。

 

 場違いに感動を覚えてしまった私だが、それをさせてしまえば、この街は地図から消えてしまうだろう。

 

「不安で泣いているお友達を、放っておくのですか?」

 

 些か卑怯な言い回しだと思う。

 だが、私は街の人間たちの命とエマの心、その両方を護るために、今は詭弁を弄することも辞すべきではないのだ。

 

 エマがこの街の生きる者がたった2名になるまで暴れた所で、あの2人が喜ぶとはとても思えない。

 それどころか、化け物の本性を顕したエマを拒絶する可能性が非常に高いのだ。

 

 その時、エマの心はそれを受け入れる事が出来るだろうか?

 

 失敗から学ぶこともままあるが、破滅的な失敗が見えているのにそれを放置するのは違うだろう。

 

 エマは私の言葉に、ようやくハッとした表情を取り戻した。

 慌てて振り返り、しかし走り寄った所でどう声を掛けたものか思いつかない、そんな様子でソワソワしている。

 

 私もまた安堵して、そんな後ろ姿を見る。

 

「みんなで行きましょう。彼女たちは、私たちの友達なのですから」

 

 今度は私に向かって振り返ったエマは、私の後ろに控える2名にも視線を送る。

 アリスは静かに、カーラは尊大ながらも何故か自信に満ちた、そんな笑顔をエマに返している。

 その2体と交わしたエマの視線が私に戻る頃には、エマの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 

「うん! みんなで行こう!」

 

 そうして私の腕を引き走り出そうとするエマに先導されながら苦笑し、私たちは動き出す。

 

 エマの暴走の兆候に恐れ慄いていたカーラだが、ちゃんと空気を読んで笑顔を見せた事に免じて、からかうのは()めておこうと思う。

 

 

 

 私たちが声を掛けると、困惑顔だったエリスも気が抜けたのだろうか。

 その両目から大粒の涙が零れ落ちる。

 

 少し慌てた私だったが、誰より早くエマが駆け寄り、2人に抱きついてその頭を撫でていた。

 エリスより少し背が低く、ニナとは同じくらい。

 そんなエマが、まるで大人ぶって姉妹を宥めるように優しく。

 

 エマの中で何が有れば、これほど変わるものだろうか。

 私と出会ったばかりの頃ならば、果たしてこんな真似が出来ただろうか。

 

 それに、随分と我慢強くなったものだ。

 

「どうしたんだ? 2人してこんな所で。私らに話せること、出来ることは有るか?」

 

 場違いな感慨に耽る私を放置して、アリスが前に出る。

 私たちの正体を知るが、同時に私たちと共にする時間が比較的多く、お互いに為人(ひととなり)を知っている同士。

 だからこそ、エリスは私たちを見て必死に留めていた涙が溢れたのだろうし、2人ともエマに撫でられながら声を上げて泣いている。

 

 本当に、何が有ったのだろうか?

 

 2人が落ち着いて話せるようになるまで、エマはその二つ名を返上し、ただ静かに優しく2人を抱きしめるのだった。

 

 

 

「……結局、会社は大損害で、なんだか補償とか大変みたいで。他の船の運行も有るし、私たちに構っている余裕は無いって。……クビになっちゃいました」

 

 エリスの話を聞き終わった頃には、私は自分が人間ではなくなってしまいつつ有ることを強く自覚させられた。

 船が沈み得体の知れない人形に囲まれ、それでも懸命に自分に出来ることを行った彼女たち。

 他の救助者たちの心の灯のひとつにはなったであろう、彼女たちの献身。

 少しづつ打ち解けて、いつしか笑顔を向けてくれるまでになった彼女たち。

 

 そんな2人が所属する海上旅行会社は、ロクに事情を確認するどころか、女が生き残った所で何が出来る、と言う、思いつく限りで最悪かつ理不尽な理由で2人を解雇した上、退職金どころかまともな給金すら支払わずに放り出したのだという。

 

「あー、ダメだ。ムカつくわ」

 

 私の肩に手を掛けたアリスの吐き捨てるような言葉は、私の感情に重ならない。

 まさか私がこんな非人道的な存在に成り下がるとは。

 

 単純な怒りや憤りよりも先に、純粋な殺意が湧いてしまうとは。

 

「……アリス、感謝します」

「……何だよ気味が悪いな。お前が私にそんなこと言うなんて」

 

 私の背後では、アリスに並んでカーラが自分の腰に手を添え、事更に胸をそらすような姿勢で眉を顰めている。

 

「カーラも、大丈夫です。軽はずみな事はしませんよ」

「む? なんの事だ? 私はただ憤慨しているだけだ」

 

 アリスは私の肩を掴んで動きを抑制し、カーラが私の振り返った先を塞いでいる。

 先程私がエマを先んじて止めたように、この2体も私を止めようとしてくれたのだろう。

 

 視線を落とせば、エマが静かに私を見上げている。

 私はそんなエマの頭を、そっと撫でた。

 

 少し深く呼吸して自分を落ち着かせ、湧き出た黒い衝動を吹き消す。

 

「エリス、そしてニナ。私たちは、貴女(あなた)たちを友人だと思っています。改めて、私たちが手助けできることは有りませんか?」

 

 この2人が復讐を望むことなど有るまい。

 だが、万が一……。

 

 私は敢えてそれ以上を考えることを避けた。

 暗い感情は、瞳に出やすいのだから。

 

「ありがとうございます。あの、私は……ただ、ニナは仕事が無いと、住む場所も無くなってしまうし……行くアテも……」

 

 エリスの瞳は真っ直ぐに私を捉え、だが、その口から溢れるのは友の心配だった。

 私は人間だった頃から今まで、これほどに、友人とは言え他者のために心を砕いた事があっただろうか。

 

 私の肩を掴んだままのアリスの手に力が籠もったのは、私を止めるためだけでは無く。

 アリス自身の感情が、その手に乗ってしまったに過ぎないのだろう。

 

 涙を拭ったニナは、しかし、途方に暮れたように俯き、最早言葉も無い。

 拭った筈の涙は、見る間に滲んでくる。

 

 エマが私の袖を引き、目が合うと小さく頷いて見せた。

 この期に及んで、なんで頷いたのか、などと野暮な事は言うまい。

 こんな私ですらぼんやりと理解(わか)るほど、エマの言いたいことの断片は伝わってきたのだ。

 だから私はただ黙って、やはり小さく頷き返すだけに留める。

 

「ニナちゃん! 私たちと一緒に行こう!」

 

 多分そうだろうな、そう思っていた事に近い言葉を、ニナの方に振り返ったエマが力強く口にする。

「エリスちゃんも! 一緒に旅をしよう!」

 続けてエリスへと顔を向けたエマは、2人に向けて手を差し伸べた。

 私の肩からはアリスの手が離れ、カーラは姿勢は変わらないながら、その雰囲気は柔らかくなっている。

 私もまた同様だ。

 

 混ぜ返すにしろ茶化すにしろ、時と場所は選べる出来た人形なのだから。

 

「おや? マリアさん! 奇遇ですね、こんな所で何を?」

 

 そんなふんわりとした、此処で終われば美談で終わりそうな雰囲気を割って、聞き慣れた聞きたくない声が鼓膜に飛び込んできた。

 本当に嫌だが、振り返らない訳にもいかない。

 なんとも言えない、しかし微妙な嫌悪感を纏ったカーラが背後から掛かった声の為にわざわざ位置を変え、私が振り返って返答する隙間を作る。

 

 ……余計な事を。

 

「今日は良い朝ですね! ……何が有ったのですか?」

 

 私の顔を見て極上の笑顔だった男は、私の陰に隠れていたエリスとニナ、2人の泣き腫らした目を見て声のトーンを落とした。

 元々悪かった目つきも、心持ち鋭くなる。

 出来れば足も止めて欲しいのだが、残念なことに私の願いは届かない。

 私たちの心温まる交流に割って入った不届き者は、名をヒューゴと言う。

 

 表向きは身なりを整えた新聞記者、その実態は私(の貞操)を狙う変態。

 

 朝から感情の波に翻弄された私は、どういう感情で居るべきか、どうあるべきか、本気で選択に苦慮するのだった。




感情に振り回されるとは、まだまだですね。
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