迷子のマリア   作:naow

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行きたくない方面へと、意思とは別に向かわされる。はて、どこかで……?


196 別離の港町

 嵐の海でクラーケンに襲われ、荒れる海に投げ出され、九死に一生を得た筈の数少ない者たち、そのうち2名。

 エリスとニナは折角命を拾ったというのに、会社には理不尽に捨てられてしまったという。

 

 人間で言うなら、聞くだけで(はらわた)の煮え繰り返るような話だ。

 気分の問題で言うなら、それは私のみならず、仲間たち――純粋な人形を含む――全員も、人間と変わりはしない様子だ。

 

 ちらりと視界の角に映る新聞売り、その手に有る号外の見出しを隠すように私はエリスとニナの視線を遮る。

 

 確かに私は気分を害したし、エリスもニナも被害者と言って差し支えは無いだろうが、その被害者2名は至って真っ当な人間だと思う。

 そんな、言わば善良な人間が、自分たちを不当に解雇した張本人とは言え。

 

 新聞の1面を賑わせてから1日あけた今朝方、この港の沖でプカプカ浮いていただとか、責任追及から逃れようとして自殺しただとか、そんな記事を目にしてどう思うか。

 一時的に情報に触れさせなかったところでどうという事も無いだろうが、無闇に嫌な思いをさせたくもない、ただの私の我儘である。

 

 私個人の感想としては、命の価値の軽い世界とは言え、多少やりすぎだと思わなくも無いが……まあ、会社の信用を大きく損なうような醜聞を晒したのだ。

 誰の手であれ、いずれはまあ、似たような事になっていただろう。

 下手をすると本当に、その結末にヒューゴはノータッチである可能性すら有るのだ。

 

 嗚呼(ああ)、怖い怖い。

 

「……おい、マリア、お前何ニヤついてんだ? 笑える状況じゃな……まさかお前も、エマちゃんが伝染(うつ)ったんじゃないだろうな?」

 

 ……現実逃避に見知らぬ他人の死をせせら笑っていたら、アリスに戦闘狂扱いされてしまった。

 酷い話である。

「アリスちゃんって時々、酷いこと言うよねぇ?」

 エリスとニナの側から私を見上げるエマに、しかし、私は返す言葉が見当たらない。

 いっそ戦闘狂であったなら、本当に、こんなにも悩まずに済んだであろうに。

 

 ……その場合、私の旅路はもっと手前で途絶えていたのだろうが。

 

 

 悩んだ所で、エリスを見捨てる選択肢など――背後の仲間の視線的な意味で――無い。

 エリスは本来は下宿を引き払った後は他の安宿を取りながら、護衛の冒険者を探す予定だったらしい。

 

 とは言え情勢が悪く、北への迎えなら兎も角、北へ行ってそこで解散となると、冒険者の反応はあまり良くは無さそうだ。

 向こうからこちらへの護衛の仕事も無くは無いだろうが、何事もタイミングである。

 それが悪ければ手ぶらで帰ることになる訳で、下手すれば出費はマイナス。

 

 冒険者の腰も重くなると、予測も立つと言うものである。

 

 そんな彼女の前に、そこらの冒険者よりも腕の立つ者が護衛を買って出たとなれば、それは安堵の溜息も漏れると言うものだろう。

 エマは勿論、すっかり気持ちを切り替えたアリスとカーラも、エリスやニナと連れ立って食材の買い出しというか買い足しの為に市場を見回っている。

 

 私はと言えば、変態警報(ヒューゴアラート)がいつ鳴るとも限らない。

 表情(かお)にも声にも出さないように注意しては居るが、周囲を無駄に威圧することの無いよう、それでいて周辺警戒を怠らぬよう、気を張っている。

 

「……お前さあ。気持ちは理解(わか)るけど、そんな殺気立った表情(ツラ)、少なくともあの2人に見せるんじゃないよ? 出来れば、カーラにも」

 

 ふとした折に私の近くに来たアリスが、小さく耳打ちした。

 ……周辺警戒はともかく、威圧感というか、殺伐とした気分は上手く隠せて居なかったらしい。

「むう、不覚ですね。少なくとも口元は微笑んでいた筈なのですが……」

 そっと瞳を閉じて反省する私を見るアリスの気配が、なんだか微妙なモノに変わった気がした。

「殺気立ってるやつが笑ってるから怖いんだよ。ホントに頼むよ? エリスもニナも普通の人間だし、カーラだってアレで……」

 再び目を開くと、アリスは既に私から視線を外していた。

 それを追った先には、キャベツやらレタスやら、新鮮な野菜を見つけてはしゃぐカーラとそれを見て笑っ……微笑んでいるエリスとニナの姿が見える。

 ……位置関係的に見えないが、その辺にエマも居るのだろう。

「……あー、ええと、うん。ヘタレだからなぁ。あの2人よりビビるか、下手すりゃ泣き出すぞ?」

 アリスが漏らした溜息に、私のそれも重なる。

 

 実力はともかく、あの性格は……まあ、若干面倒では有るが、カーラを怯えさせずに居られれば、それはつまり、普通の人間として風景に溶け込めると言うことなのだろう。

 そういう意味ではなるほど、エマはあの小さな体躯に途轍もない暴虐を秘めているが、それを顕にするようなことは滅多にない。

 遊びと称して私達を半壊させるような修練ですら、そこまでの気配は出さない。

 

 修練か。

 修練というなら、常日頃すべてがそうなのかも知れない。

 

 やや逃避とも取れる事を考えている間に買い出しを終えた仲間たちを、全て見守っていた風を装って出迎え、人目に付かない所で「霊廟」へと送る。

 我ながら性急な行動だと思う。

 街を出るための手続きなども有るのだろうが、のんびりしていては私の貞操が危ういのだ。

 

 静かに、私は全身を巡る魔力を知覚する。

 

 管理者たるカーラも居るし、エリスもニナも、キッチンの使い方は覚えているハズなのだから、買い足した食材の保管とか夕食の準備だとか、そういった「霊廟」内の雑事は任せても問題有るまい。

 私は単身で動ける間に、さっさと街を出てしまうとしよう。

 

 ヒューゴに補足されても厄介だし、カーツくん率いる港湾維持局外回り組に見つかっても面倒だ。

 

 ……あの連中、私達を見かけるとやたらと飲みに行きたがるのは何故なのか。

 きちんと仕事をしているのか不安になるが、そんな事よりも無駄に足止めされてしまうのは頂けない。

 隠身は一応掛けるが、それに加えて認識阻害やら消音やら、現状思いつく限りの魔法を使った私は、身体強化までしっかりと使って裏道から屋根の上に駆け上がり、人の視線を避けるように音も無く、街からの逃走を開始するのだった。

 

 

 

 人間でなくなってしまったと思えば悲しくも有るが、こうして自分の能力というものを存分に発揮してしまえば、あまり小さなことに拘りは無くなるものだ。

 振り返れば、街道の先にはもう、あの港は見えない。

 

 人目を避けて街道脇に出た私は、そのまま人の気配が途切れるまで街道に沿って移動し、そしてようやく街道に出たところである。

 旅人らしく手荷物にスーツケースなどを持っているが、大型のザックを背負うような真似はここ最近していない。

 下手に旅人に化けようとすればするほど、メイド服が悪目立ちをすると学習したからである。

 

 使いもしない何も入っていない、そんな荷物をいちいち出し入れするのが面倒とか、そういう理由では決して無いのだ。

 

 今頃、「霊廟」内では仲間たちがワイワイと、なんなら夕食の準備でも始めているだろうか?

 折角のひとり旅気分を味わえる好機に、私はついつい、そんな事を考えてしまった。

 

 ほのぼのとしてしまったのだが、ひとりで歩いているこの状況にうっかりと寂しさを感じていると気付いた私は、頭を振って渋面を作り、たまたま通り掛かった旅人か冒険者か、すれ違う者に奇異の目を向けられてしまうのだった。




普段から変ですから、いちいち気にせずとも大丈夫です。
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