迷子のマリア   作:naow

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マリアたちとは、また別の話です。


新たな客人

 魔族……人間種と比べて身体的に様々な特徴を持つ彼らの大陸、その玄関口のひとつである港町、クアラス。

 海を隔てた国々とも交易を行い、今日もまた、幾隻もの大型船が港を訪れ、離れて行く。

 

 その巨大な客船から降り立ったのは、銀色の長髪を湖風に遊ばせる白皙の美貌の女と、右腕のない、黒髪を束ねた女だった。

 

 

 

「……船が沈んだ、ですか。可哀想なことですが、巻き込まれずに済んで、良かったですね?」

 

 適当に入った食事処で適当に新聞など広げ、やはり適当に文字を拾って、銀髪の女がやや投げやりに口を開く。

 テーブルの向こうでは、黒髪の相棒が左腕で食事に取り掛かっている所だった。

 

「私達の船が無事だったので何も思いません。そんな事よりも、厄介事を避けて海を渡ったと言うのに、この大陸も何やらキナ臭い様子ですね、お姉様」

 

 器用にフォークを操りながら、黒髪の女はその鋭すぎる視線を周囲に走らせる。

 

 わざわざ海を渡ったのだ。

 自分たちが裏で良いように操っていた、そんな国を滅ぼした化け物双子や不死姫も、自分の右腕を斬り飛ばした()も、この街に居るはずはない。

 そう思っているのだが、どうしても油断する気になれない。

 

「ああ……戦争、ですか。素晴らしいですね、人間というのは」

 

 物憂げに、溜息のような言葉を並べてから、銀色の髪を掻き上げてパスタを頬張る。

 魔族と大まかに括っていても、それも大まかな分類で言えば、この世界では「人間」の一部である。

 

 逆に言えば、人間種というものは、彼らと立場的に大きく変わるところはないのだ。

 

「戦争が、素晴らしいとでも?」

 

 常に無表情で他者に興味を向けることがない筈の銀髪の姉のセリフに、若干の戸惑いを覚えて食事の手が止まる。

 そんな相棒の様子を気に留めることもなく、姉は器用にくるくるとパスタを巻き取っている。

 

「わざわざ私が手を汚すまでもなく、勝手に大勢殺し合ってくれるのですよ? なんて素晴らしい」

 

 気がつけば自分に向けられていたその青い瞳には、おおよそ人間らしい情の欠片も見受けられない。

 それは構わない。

 

 ――だが、なんだかあの日から。

 聖教国(くに)が陥とされてから、お姉様は少し、変わった気がする。

 

 クロエは自分の顔に落ちかかる前髪を整える動作で表情を隠す。

 そんなクロエをやはり気にする様子もなく、元聖女ことリズは、手元のパスタへと興味を戻していた。

 

 

 

「さて。いつまでも腕が無いのは不便でしょう。人形師を探して、修復してもらいますか」

 

 食事を終え、旅人の振りをする2体。

 クロエは街並みに気を取られて聞き流したが、少し間を置いて発言者へと顔を向ける。

「え。私の話ですか?」

 少しばかり、間が抜けてしまったかも知れない。

 そう思って相方……姉へと目を向けるが、当の本人はこちらに顔を向けることもしない。

 

貴女(あなた)の他に、私に道連れは居ませんよ? 腕の良い人形師が居れば良いのですが」

 

 異国の海風の中、姉と2体(ふたり)だけの旅。

 姉の気遣いを感じたような気がして、クロエは少しだけ、表情を緩める。

「そうなると、それらしい話でも拾いに行かなければなりませんね。酒場か……そう言えば、冒険者ギルドに行けば良い、と言う話も聞いたことが有りますね」

 顎先に指を添え、珍しく考え込む様子の姉。

 それもなんだか可笑しくて、クロエの口元を小さな笑みが飾る。

「……笑い事では有りませんよ? 貴女(あなた)の腕の話ですからね?」

 無表情な顔がなんだか拗ねているように見えて、それもまた微笑ましい。

 

 姉が人間どもと企てた様々な計画は、化け物3体の手で灰になってしまった。

 表情には出さないが、姉なりに思うところも有るだろう。

 

 ――少しは気が晴れると良いのだが。

 

 失った自分の腕よりも、ただ1体(ひとり)、自分を必要としてくれる姉の事だけが、どこまでも気がかりだった。

 

 

 

 手早く情報収集を行い、足早に街を出て。

 クロエは森の中、足元に転がる死体を見下ろしている。

 

 姉の提案で街道を避け、人目に付かないように移動しようとして野盗の群れに遭遇する羽目に陥ったのである。

 

 ――いや、違うな。

 

 視線を向ければ、リズが最後の一人の首を切り落とした所だった。

 街道を避けたのは、恐らく。

 

 ――こういう手合を、探していたんだろう。

 

 クロエも移動しながら、「探知」を使っていた。

 だから、進行方向にそれらが居ることに気付いていたのだ。

 

 むしろ、リズもそれに気付いたから、まっすぐに向かったのだろう。

 

 この大陸では多分珍しい、人間種で構成された野盗たち。

 創造主の……お父様の命令を果たせるとなれば、クロエに嫌はない。

 

 ――やはりお姉様も、お父様の命令はきちんと守るんだ。

 

 あの日、海を渡る前。

 お父様を否定するような事を言ったリズに、そしてそれを聞いてしまった自分に感じた不安。

 それが消えていくように思えて、クロエは少しだけ、気持ちが軽くなったような気がした。

 

「……ただの賊の類では無いようですね」

 

 リズがふとしゃがみ込み、何かを手に取に何やら考え込む。

 周囲には既に、敵性反応は無い。

 改めてその事を確認してから、クロエはリズの元へと歩み寄る。

 

「何か有ったのですか?」

 

 そう声を掛けその手元に視線を向けるが、位置的にリズの手に隠れてしまい、何も見えない。

 クロエが近付くのに合わせてリズは立ち上がり、それを翳して見せた。

 

「なんですかそれは? ……紋章?」

 

 鎖が付いているところから、ネックレスだろうと当たりを付けるが、それが何を意味するのかは理解(わか)らない。

 楕円の金属の板に、見慣れぬ紋章が刻まれている。

 それを手にとって裏返してみれば、そこには名前と思しきものが刻まれていた。

 

「偽装ですか、ね。まさか本人の物だったら……いかにも間抜けな気がしますが」

 

 考え込むように、リズは口を閉ざす。

 クロエには興味もないしその意味も理解出来ないのだが、リズが気になるというのなら、何かあるのだろう。

 

「……急いだとは言え、まだあの港には近いこんな位置にこんな連中が入り込んでいた。となると、目的地は危ういかも知れません」

 

 急いだのは、こいつらの反応に気付いたからでは。

 そう思ったクロエだったが、口にすることはない。

 目的地が危うい、という発言にも、さして気を引かれなかった。

「人形師が襲われて死んでいたりしたら、別を探すのも面倒です。急ぎましょう」

 ただ、どうやら自分のために急いでくれているらしい。

 そう気付いてしまい、クロエは口元が緩みそうになるのを堪らえる。

 

 ――この旅は、楽しくなりそうだ。

 

 転がる死体に優しい眼差しを向け、それから歩き始めたリズの背を追って、クロエも歩き始める。

 リズの背を見ながら歩くクロエには、その表情は見えていなかった。




どちらにとっての厄介事でしょうか。
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