時折森に、或いは岩場に潜む山賊もどきたちを丁寧に始末しながら、2体の人形は進む。
この大陸ではお伽噺としてしか知られていない、ザガン人形の「
下手をするとその実在すら疑われている彼女らは、しかし、そんな事など気にする筈もない。
誰に認識されようとされまいと、自分たちの有り様は変わらない。
ただただ、創造主から下された命令のままに――少なくとも片方は――行動するだけだ。
クロエは観客が居ないことを少し寂しく思い、しかし、結局それも殺してしまえば、目撃者など誰も居ないのだと気付いてひとり、小さく笑う。
――成る程、
名前が間違って伝わっている程度なら可愛い方で、場合に依ってはそれぞれの呼び名が入れ替わっていたりするのだ。
――私が「爆殺」だ、なんて、どういう類の暴言なのやら。
クロエの脳裏に、自分の右腕を
――アレが魔法戦仕様の「爆殺」だと言うのも、大概
先を行く銀髪の人形は、真後ろで相方が笑ったり考え込んだりする相棒の様子を気付くどころか気にすることもない。
黙々と歩くその姿から、何を考えているのかを探るのは難しい。
相棒たるクロエは、リズが何を考えているのか、そもそも考えることをしていなかった。
海を渡る直前、あの港町を見下ろしながら会話を交わした、あの時までは。
周囲に探査の魔法を投げ掛けながら、リズの様子を盗み見るように伺う。
当然、そんな事で銀の髪に覆われたその頭の中で、何を考えているのかを窺い知ることは出来ない。
知った所で、止めることも変えることも出来はしないのだが。
「ふむ……これは、どうしたモノですかね」
そのどこか長閑な呟きは、眼前の光景とは余りにも不釣り合いで、却ってクロエの緊張を解いた。
場違いな反応とは思うが……まあ、姉のことだから、さして驚く程のことでもない。
いっそどこか冷めてしまったクロエの目に、鮮血の華が咲いて散る。
渦巻くのは、怒号。
どこかで放たれた矢が村人に襲い掛かり、その生命を散らして行く。
「野盗の襲撃……でしょうか……?」
目的地……人形師の居る村を訪ねてみれば、そこは騒乱の真っ只中。
いや、どちらかと言えば、虐殺現場、と言うほうが近いだろうか。
村を守ることの出来る――筈だった――戦力は痛手を負い、その半数は既に命を散らしている。
護りの手が届かなくなった村人もまた、襲撃者達の振るう白刃の餌食となり、放っておけばそう時間も掛からずに、この村は地図にその名を残すだけになるだろう。
「で……どうなさいますか? この有り様では、人形師も既に死んでいるかも知れません。他所に向かいますか?」
問いながら、クロエは姉の返答を予想する。
――恐らく、この村に存在する人間共を皆殺しにして、それからどうするか考える、とか……その辺りだろうな。
そこまで考えてため息が漏れるが、クロエが憂鬱に思うのはただ単に面倒である、それだけの事だ。
それも、殺すのが面倒なのではなく、右腕が無いから、というだけの事。
それだけの事を考えている間に、残っている左手には短剣を握っている。
何のことはない。
クロエの予想は、姉にはそうであって欲しいという願望だ。
姉もまた、想像主たるサイモン・ネイト・ザガンの命令には忠実なのだと信じたいだけの。
「人形師の工房らしき建物に火は掛かっていませんし、まだ賊も届いていません。恩を売るには良いタイミングでしょう」
涼し気と言うには、場の空気に合わな過ぎていっそ寒気を覚えるような声色に、クロエはちらりと視線を向ける。
「そういう
ちらりと視線を投げて寄越して、それからはもうこちらを見ずに駆け出す姉を、クロエはなんとなく呆然と見送る。
――この村の人間を殺すな、か。まあ、目的も有る訳だし、順当では有るけれど。
面倒な。そこまで考えて溜息を落とすと、クロエもまた走り出す。
その視界では、リズがメイスを振り下ろし、賊と思しき男の頭部を叩き潰していた。
――あれは、村人が怖がるんじゃないかな。
瞬く間に血と脳症の小さな噴水を量産する姉を眺めて、クロエはのんびりと考える。
結果だけ見れば、自分もあまり変わりはしないのだと言うことには、クロエの考えは及ばないのだった。
戦場と言うにはやや規模の小さな、しかし確かな虐殺の現場は、主役を交代しつつも比較的短時間で収束した。
偶然かなり早い段階で虐殺人形が介入出来たから――この小さな村の人々は、きっとそう思うのだろう。
実際には、もっと早く確認していた。
クロエは特に興味もなく、リズは何やら考え込む事に時間を浪費し、結果被害は拡がっていたのだが。
――まあ、人間どもが勝手に感謝するのを止める気も無いし、人形師の所に案内してくれるのなら願ったりなのだけれど。
疲れ切った中にゆるい安堵とそれ以上に悲しみを満たした村人の幾人かが先導するその背を眺めて、クロエは無感動に考える。
姉――リズは、あっさりと自分たちの正体を明かしてみせた。
それは、
考えているにせよいないにせよ、ザガン人形はザガン人形でしかないのだ。
クロエも、リズも。
「いや、本当に助かりました。本当に……」
そんなクロエの鼓膜の上を、村人の呟きが滑る。
「お伽噺の、他所の国の人形が助けてくれるなんて。まるであの、『英雄』サラのようです」
それは特に興味を引くこと無くそのまま滑り落ちる筈だったが、たった一つの単語が、意識に引っかかった。
「英雄様と同列に扱われるのは流石に心苦しいですね。……その英雄、サラ様という方は?」
同じく気になったのだろう。
表面上は特に興味を持った風でもなく、世間話への相槌を装って、リズが口を開く。
歩く周りにはもう争乱の跡は無く、振り返ることをしなければ、先程までの喧騒は夢であったのかと思える程だ。
「ああ、もうどれくらい前になるか、私も話に聞いた程度ですが。
語る老人の背が、不意に暗くなったような錯覚に囚われる。
――この、不快な寒気はなんだ?
傍らの
「それから野盗や山賊の類を次々と討って下さって、この辺りの村は随分と助かったという話ですよ」
振り返った老人の顔は明るい。
自分達の正体を知ってなおその表情を向けられるのは、知らないから……だけでは無かったらしい。
リズの内心は知れないが、クロエは穏やかでは居られない。
国が滅んだのはあの忌々しい魔女共の行いでは有るが、その直前にクロエが派手に躓いたのは。
自分と同じザガン人形の「爆殺」エマと「
そこに「
それは、今の自分達のように、打算があっての行動だろうか。
それとも。
――時間の流れが、
自分の右腕が斬り飛ばされた時の、あの「爆殺」の狂気じみた笑みが脳裏に瞬く。
本来それは人間に向けられる筈なのに。
そんな狂った人形が、この大陸にも居るのだとすれば。
クロエは失った右腕を抱えるようにして唇を噛み、リズはそんなクロエに対しても、何の反応をすることもなかった。
別の大陸に行けば、悩みも軽く済んだでしょうに。