迷子のマリア   作:naow

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このままおとなしく、平和に暮らして欲しいものです。


続く日々

 人形師を訪ねて村に訪れ、2週間が過ぎようとしていた。

 人形工房の主ボリスに素材の収集を頼まれたり、その娘のニナやその友人達の相手をしたりと、リズとクロエはかつて無い牧歌的な空間の中で過ごしている。

 

 ……それまでに3度ほど、賊――を装った何処かの兵士――の襲撃を事前に感知し、夜陰に紛れて葬ったりもしたが。

 

 少なくともそんな素振りは欠片も見せなかったし、人形師の一家どころか、村の誰もそんな事に気付くこともなかった。

 

 

 

「まったく、ザガン師はとんでもないモンだ。俺の技量じゃあ完全な修復は無理だが……まあ、最低限は動くだろうさ」

 

 自分の腰を叩いてから大きく伸びをするボリスの言葉を聞きながら、クロエは新しい右腕の動作の確認を行う。

 もと武具職人だけあって内部骨格(フレーム)の出来はそれなりなのだが、サイモン・ネイト・ザガンの異常な技術の再現は不可能であった。

 

「ああ、お父様は研究熱心だったからな。だがこの腕も、そんなに悪くはないぞ」

 

 右手を握ったり開いたりしながら、どうでも良いことのようにクロエは応える。

 もとより完全修復など望むべくもないのだと知っていたのだから、落胆もなければ湧いてくる文句もない。

 

 フレーム内に通す軟ミスリルケーブルだとか、更にはその中に満たすミスリル・リキッドなど、自分の身体(ボディ)だと言うのに、クロエにも意味の理解(わか)らない技術が使用されているのだ。

 そんなものの再現など到底不可能であろうし、更には人工筋肉の出力も足りていないし、疑似筋繊維はともかく、魔力紋も刻まれていない。

 

 強引に魔力を通せばまあ何とかなるのだろうが、早々に使用不能になってしまう未来は見える。

 

 満足には及ばない出来では有るが、少なくとも、右腕が無い不便さからは一応解放されたのだ。

 いざとなれば、またここに戻って修理して貰えば良いだろう。

 

「無茶してもまた此処に来ればいい、とか思っちゃいないだろうな? そもそも無茶なんぞしないでくれると助かるんだがな?」

 

 そう思ったところで飛んできたボリスの言葉に、クロエは驚いて顔を向ける。

 ――まさか、思考を読んだのか?

 

「何を驚いてんだ。人の話を聞いてるんだか居ないんだか判んねえ顔でグーパーやってりゃ、無茶しそうな気配しかしねえだろうが。直すにも素材と資金(かね)が掛かるんだ、考えなしにブッ壊すんじゃねえってことだよ」

 

 だが、ボリスの説明を聞けば、余程判り易い態度だったらしい。

 クロエは憮然としながら、肩を竦めて見せる。

 

「無茶の心算(つもり)がなくても、狩りでうっかり全力を出してしまうかもしれない。慣れるまでは何度か壊してしまうかもな?」

「順番がおかしいだろうが。壊す前に、まずは慣れろよ」

 

 反省も無さそうな相手に、ボリスは腕を組んで応える。

「なるほど、その手も有るな」

 動作確認を止めた右手を顎先に添え、クロエはとぼけて見せる。

 

 まだ何やら怒っているボリスを眺めて、こういう時間を過ごすのも悪くはない、と、クロエは薄く笑う。

 

 もう少しすると、ニナが昼食の時間を告げに来るだろう。

 或いはもう少しだけ、この村で時間を過ごすのも良いかも知れない。

 

 時間の流れが穏やかな村の中で、自分は少し創造主の命令に縛られすぎていた、今までの余裕の無さを振り返っていた。

 ――ニナと触れ合う時は、お姉様も心なしか笑顔が増えた。

 聖教国では、持ち得なかった時間。

 

 創造主の無念も人間への嫌悪感も忘れては居ない。

 だが――ここは、そもそも国どころか大陸が違う。

 

 何処で有っても、ヒトは変わらない、のかも知れない。

 

 だが、ニナやその他の子どもたちの純朴さに触れ、ボリスと小憎らしい軽口を叩き合い、奥方の気遣いを感じてしまえば。

 ――此処でなら、お父様もあれほどヒトを憎むことは無かっただろうか。

 

 駆けてくるニナの気配を感じて扉の方へと向けるクロエの表情は、「屋敷」を出て以来の――穏やかなものだった。

 

 

 

 更に1週間が、穏やかに過ぎた。

 

「……またか。懲りない事だな」

 

 あくまでも、村での生活は、という程度の範囲では。

 

「また『お客さま』ですか? ……あいも変わらず……人数が極端に減りもしませんが、増えた様子もないですね。何を考えているのやら」

 

 窓辺に立って外を見るクロエに、リズは声だけを向ける。

 村はほぼ寝静まり、窓の内も外も、灯は落ちている。

 起きているものが居るかどうかは2体の興味には無いが、村の外の気配に関して、無関心では居られない。

 

「何を考えているのかなど、知る必要も無いです。折角私の右腕も馴染んできたところです。試運転には丁度良いかと」

 

 武器庫から短剣を取り出したクロエは、視線を向けると、すぐにそれを武器庫に戻す。

 最近、折を見ては眺めていたから、ついつい引っ張り出してしまった、ボリスの打った短剣。

 

 ――本当に、武具職人としての腕は一級品だ。

 

 見惚れるほどのその出来栄えを、振るってみたいと思わなくも無い。

 だが、何故だかクロエは、その気持を飲み込んだ。

 

 使い慣れていない腕で新しい武器を使うのは不安だとか、未だ血を吸ったことの無い剣を汚すことに気が引けるとか、万が一でも刃が欠けたら嫌だとか。

 

 思い浮かぶ言い訳に、クロエ自身がしっくり来ていない。

 だが、理由は不確かで曖昧なのに、行動はしっかりと、愛用の短刀を持ち出している。

 ミスリル鋼の愛刀と、それによく似た(かた)のもう一刀。

 こちらもミスリル合金では有るが、ミスリルの含有率が低く、切れ味は同等だがやや脆い。

 

 それらに目を下ろし、そして顔ごと視線を上げた時には、もう自分への言い訳も忘れていた。

 

「私1体(ひとり)で出ます。お姉様はお待ち下さい」

 

 リズの方へと振り向いたときには、人形の表情(かお)になっていた。

 気負いもなく、高揚もない。

 

 淡々と人を殺すだけの、無機質で無表情な。

 

「……いえ、私も行きます。貴女(あなた)の腕がきちんと直ったのか、ちゃんとこの目で確認したいのです」

 

 それに答える表情(かお)も同じ。

 クロエの表情は変わらないが、瞳が僅かに揺れる。

 

「でないと、この先の旅路も不安ですからね?」

 

 クロエの内心を見透かしたのか、それとも歯牙にも掛けていないのか。

 リズはクロエから視線を外し、しかし自身もまた、窓辺に立つ。

 

 ――この先……。そうか、お姉様はこの村にこれ以上留まる気は無いし、私を置いていく心算(つもり)も無い、のか。

 

 嬉しいと、思わなくもない。

 (リズ)が自分を必要としている、それだけで充分では有る。

 

 だが、クロエの後ろ髪を何かが引っ張る。

 

 ニナの笑顔。

 ボリスの悪態と戯言。

 奥方の優しさと手料理。

 

 ――ああ、そう言えば私は、未だに奥方に名を問うていないな。

 

 一歩引いた様子で自ら名乗ることをしてこない相手に、クロエも敢えて名を尋ねることをしなかった。

 呼びかけるときも「奥方」で通ってしまったし、初対面以降何度か言葉も交わしているが、なんとなく、そのまま過ごしてしまった。

 

 今更ながら、無礼なことだと思う。

 

 ――どうせ私達の時間は長いのだから……せめてボリス夫妻を看取ってからこの村を出ても、良いのではないだろうか?

 

 振り返って提案しようと思ったクロエの目に映るのは、窓の桟にしゃがみ込むように両足を乗せている姉。

 見た目と違って、意外と行動的で思いの外性急だ。

 

「さあ、行きますよ」

 

 ――ああ、今は駄目だ。

 

 クロエは溜息を()きたい気持ちを堪え、小さく頷く。

 それを確認したリズが外に跳び出したのを、ほんの少し遅れて追う。

 

 いつもの、後ろ姿を追う形となっているクロエには、リズの表情は見えない。

 

 クロエが取り戻した「人形」の表情(かお)に揺らいだ戸惑いに、リズが何を思ったのか。

 当の本人には、知りようがなかった。




クロエに顕れた小さな変化。それは何を齎すのでしょうか。
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