迷子のマリア   作:naow

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人形の本分の時間です。


昏い森

 漆黒の森は木々の重なる葉に月明かりも遮られ、およそ何も見えない――筈だった。

 

 だがそこには、必要以上に灯りが漏れないように工夫された幾つかの(たきぎ)を囲み、総勢40名に及ぶ賊が、黙々と襲撃の準備を整えている所だった。

 下卑た笑いもなく、誰ひとり酒気を帯びた様子もない。

 

 およそ盗賊の類とは思えないその集団は、まるで特殊な訓練を受け、夜陰に乗じて行動することに慣れた兵士の様であった。

 

 黙々と食事を終えて各々装備を確認すると、(たきぎ)の数と同じ班ごとに分かれ、移動の為に行動を開始する。

 幾つかの班が(たきぎ)に土を掛けて、灯を落とす。

 作業を終えた者、或いは手の空いている者は自身や周囲の者に暗視の魔法を施していく。

 これから移動を開始すれば、明け方前には目的の――幾つかの()が不可解にも消息をたった――村へと到達出来るだろう。

 

 部隊の指揮官……一団を預かる男はそんな事を考えながら、油断なく、晴れ渡った暗闇に目を凝らす。

 

 彼には、この行軍の意味が見えない。

 わざわざ国境どころか更に国をひとつ越え、村を潰したところで何になると言うのか。

 物資を奪ったところで、この人数では満足には運べまい。

 そもそも奪うほどの物資が有るものやら。

 

 すぐに、考えても仕方のない事だと思い直す。

 何を考えたところで、命令されたからにはそれに従わなければならない。

 

 気を取り直すように暫し目を閉ざした指揮官は、そのまま意識を斬り落とされる。

 

「ふむ。動かす分には問題ないです。……しかし、どうにも出力が足りないような気がします」

 

 男の部下達は、その意識を一瞬漂白される。

 頭部を失い崩れ落ちる指揮官だった男に注視すべきなのか、突然――そう、いきなり顕れた闖入者2名に反応すべきなのか。

 

 状況を考えれば襲撃を受けたのだろうし、そうであるなら反撃を行うべきだ。

 だが、冷静にそう考えるには、変化が唐突に過ぎる。

 

 指揮官の首が斬り落とされたのが先なのか、この2人が顕れたのが先か。

 

 それすら冷静に判断できない程に、全てが一瞬過ぎた。

 

 闖入者のうち、声を発した方が血を払うように右腕を、その先に握っている短刀を振り払った動作で影が揺れる。

 それが長い黒髪なのだとぼんやりと思ったその目は、薄明かりの中に浮かぶ白磁のような肌と、射抜くようにこちらを睨む暗い瞳を捉え、そして(とら)えられた。

 

「だからと言って、無理に魔力を込めたりしないようにして下さい。また壊れても面倒です」

 

 口を開いたもうひとりは、やはり雪を磨いたような白い肌に、白銀らしい髪が離れた(たきぎ)の灯を反射して揺らめかせている。

 その手には、あれは……メイスか?

 その細い体躯に似合わない、無骨な得物を引っ提げ、しかしその(かお)はおよそ感情を感じられない。

 それは、まるでお伽噺にでも聞いたような。

 

 白と黒の……死の妖精、なのか?

 

 白の妖精が振り下ろすメイスがその顔面を砕くまで、男の心は囚えられたままであった。

 

 

 

 ほんの一瞬呆気にとられたが、それでも、訓練された兵士達は直ぐに戦闘態勢を取った。

 指揮官とその班を瞬く間に殲滅されたのだが、恐慌に陥る訳でもなく、即座にそれぞれの班が連携を取り闖入者へと襲い掛かる。

 彼らは確かに精強であったのだろう。

 

 だが、いかに訓練を積んだとは言っても、暗視で闇の広がる森の中がいかにクリアに見渡せたとしても、人外の化け物を相手取るには些か状況が悪過ぎた。

 

 たとえその片方が、新調した()にまだ若干不慣れで、確かめるように武器を振るっているのだとしても。

 

 白の妖精――銀の髪の女が、メイスにへばりついた血や肉片を一振りで振り払う。

 もはや、生きている「人間」はこの場にはひとりも居なかった。

 

「……この大陸は魔族が主体、と聞きましたが。その割には、()()()はヒトでしたね。ヒトの国でも有るのでしょうか?」

 

 黒の妖精が口を開きながら思い浮かべるのは、かつて自分達が所属していた、とある国だ。

 言葉を投げ掛けられた方は、メイスに汚れが残っていないかを確認し、念の為に洗浄の魔法を掛けてから振り返る。

 

「さあ? さして興味も湧きませんが……まあ、『本分」を果たすには都合が良いのかも知れませんね」

 

 銀の妖精こと姉の言葉に、クロエはそろそろ慣れてきた。

 姉の言う「本分」……創造主(おとうさま)御命令(おことば)を軽んじるような発言。

 何を考えているかを測ることも、もう止めてしまっている。

 

「……まあ、何処の誰が何を考えているのか、私も特に興味は有りません。今の私が気にするのはただただ、この右腕の事だけです」

 

 べったりと血の張り付いた刃を勢いよく振るい、クロエも自分の武器に洗浄の魔法を施す。

「フレーム強度は及第点ですが、人工筋肉と疑似組織群が色々な意味で脆弱です。ボリスには問題点を伝えて、修正して欲しいところですね」

 不平を口の端に乗せながら、周囲に視線を走らせる。

 死体や肉片があちこちに散乱するちょっとした地獄の様相だが、幸いあの村からはだいぶ距離がある。

 野生の肉食獣やちょっとやそっとの魔獣がこの餌場に群がった所で、影響は及ぶまい。

 

「……あまり長く居座る気は無いのです。いずれもっと腕の良い人形師に調整して貰う事にしましょう。それまでは現状でなんとかして下さい」

 

 そんなクロエの言葉に、リズは否定を返す。

 今度は浮かんだ表情を隠すことも出来ず、驚いた顔をまっすぐに姉の方へと向けた。

 

「いえ、いっそ問題点をハッキリさせたほうが、ボリスも修正が容易なのでは無いかと」

 

 確かに、定住出来る立場でも無いのだが、もう少しくらいはあの村に留まっても良いのではないか?

 そう思ったからこそのクロエの台詞だったし、その裏には腕の調整を理由に、もう少し逗留出来るのでは、そういう願いにも似た思惑が有る。

「お姉様。私はボリスであれば、回数を重ねれば本調子とは行かずとも、現状よりはかなり性能を向上させることが出来ると思います」

 静まり返った暗い森の中に、クロエの懇願するような声が響く。

 

「駄目です。今夜のうちに、あの村を引き払いますよ」

 

 だが、姉はそれを聞き入れてくれる様子はない。

 その表情はいつものように無で、蒼い瞳は冷たく見つめ返してくるのみだ。

 

 だからこそ、すぐには気付かなかった。

 

「……何故ですか。今の私達には、急ぐような理由など無い筈です」

 

 短刀を武器庫に収め、その両手を固く握りしめて、クロエは視線を落として唇を噛む。

 そんなクロエを一瞥し、リズは口を開きかけて止めた。

 思い起こすのは、あの村と、かつての国での生活、その違い。

 

 人間種を敵と見定め、しかしリズの思惑があるからと手出ししなかったあの国での生活。

 

 あの頃は、意識してヒトとの接触を最低限に留めていた。

 しかしあの村では――特にあの子供が、クロエやリズにやたらと張り付き、あれこれと話しかけてきた。

 その相手をしていたのは、もっぱらクロエだったのだ。

 

 ――貴女(あなた)が思いの外、ヒトに心を開いてしまったからですよ。

 

 リズは言葉を呑み込み、瞳を閉ざす。

 

「少し頭を冷やしなさい。私は先に戻ります」

 

 ややあって目を開けると、それだけを言い残し、リズはクロエに背を向けた。

 

 遠ざかって行くその気配に、クロエはどうしようもない寂しさを覚える。

 ――お父様だって、国が違っていたなら。あの村でだったら、きっと穏やかに過ごせただろうに。

 ボリス一家との交流を思い起こし、胸に温かいものを感じる。

 しかし、リズは何も思わなかったのだろうか。

 悔しいような寂しいような、今までに覚えの無い感情に、気落ちしてしまう。

 

 ――確かに私の腕は、一応動く程度には修復出来ては居る。だからと言って……。

 

 遠ざかる姉の気配を、クロエは釈然としない思いで感じ取る。

 その先、リズが向かった先。

 微かな違和と猜疑が、小さく芽吹く。

 

 妙だ。

 

 ――長居する気が無いのなら、このまま旅に出れば良い筈。引き払うも何も、私達は荷物など無いに等しいのに。

 

 思わず駆け出してから、クロエはそれが「悪い予感」なのだと悟る。

 先に戻る、それは後から来い、と言うこと。

 

 ――私は、お姉様から突き放されて、どれほどの時間、あの場で(ほう)けていた?

 

 生みだされて初めて、行く手を遮る森の木々が邪魔だと思った。

 気落ちしていたとは言え、リズが自分の探知の範囲から消えて、もう随分経つ様に感じる。

 舌打ちし、クロエは直ぐに自分の能力、「影渡り」で亜空間へとその身を潜り込ませた。

 

 亜空間では周囲の状況は視認出来ない。

 誰の干渉も受けない代わりに、こちらから直接攻撃する手段も無い。

 だが、真っ直ぐに目的地に向かうには、これほど向いた能力もない。

 元の空間に戻る時には探知を飛ばし、周辺の状況を確認すれば事は足りる。

 

 クロエは急ぐ。

 

 亜空間内での移動は飛ぶという方が近いのかも知れない。

 元より人間とは比べ物にならない膂力を持つ彼女が、ただ移動の為にその全能力を傾ける。

 

 自失していた時間を、先行したリズとの距離を取り戻すように、懸命に。

 

 

 

 目的地付近まで来たと確信し、亜空間から勢いよく跳び出したクロエの目に映ったものは、炎に包まれた村だった。




何が有ったか……と言うのは、愚問に過ぎるのでしょうね。
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