迷子のマリア   作:naow

214 / 265
人形の本分の時間、の筈ですが。


思い出と分かれ道

 あの通りは、よくニナと通った。

 あの辺りは狩人のデッケンの家が有った。

 あっちには……。

 それほど長く居着いた心算(つもり)も無かったのに、思い出はあちこちに有る。

 ニナも、ボリスも、そして、結局名も聞けなかった奥方も。

 

 ああ、妙な遠慮などせずに、素直に名を聞いておくべきだった。

 

 歩こうとして上手く踏み出せず、クロエはその場に崩れ落ちる。

 村は既に、取り返しが付かない程に業火の底にある。

 無事な建物は、ひとつとしてない。

 

 燃える。燃えてしまう。

 

 思い出が、笑顔が。

 

 ボリスの工房も何もかも。

 

 村の全てが、炎を吹き上げて夜空を焦がしている。

 

 

 私のともだちが。

 

 

 燃えてしまう。

 

 

 

 

 

 リズの放った火種は、寝静まる村を、その村人ごと紅蓮の炎に飲み込んだ。

 別け隔てなく、全てが一瞬で。

 

 リズがその気で行動したのだから、誰も気付くことも出来ず、その行動を阻害するどころではなかっただろう。

死覚(しかく)」リズ、その存在を(おぼ)えた時にはもう死は決まっている。

 クロエと同じく、特殊型の人形。

 

 村人の誰も、苦しむ間も無かった事だろう。

 

 それだけが救いだろうか。

 クロエは自分に言い聞かせる。

 

「……だから。もっと後から来なさいと言ったのです」

 

 いつから、そこに居たのか。

 余りにも平板なリズの声。

 激昂し掛けて、しかしクロエは動けない。

 

 当たり前の様に私のともだちを殺しておいて、何を。

 反射的にそう考えた、しかしその相手は敬愛する姉だ。

 私はそんな姉に、お父様の遺してくれた家族に牙を向けるのか。

 自分の有り様に愕然とする。

 

 ――家族とは何だ? ともだちって、何だ?

 

 クロエは、ヒトを憎む人形師によって生み出された、ヒトを殺す人形だ。

 リズは姉で、リズの言う事に従っていれば、それはお父様の願いにも適う。

 

 ニナは初めてのともだちで、よく笑って、よくボリスを叱っていた、年相応に生意気な小さな女の子で。

 

 ボリスは奥方と娘に頭が上がらない。

 奥方はいつも微笑んでいて、優しくて。

 

 ヒトを殺すことが私の、ニナはともだちで、お姉様の言うことを聞いていれば、ボリスも奥方も良いヒトで、お父様の願いはヒトに復讐することで。

 思いは言葉の形で膨らみ、それはすぐに飽和して零れ落ちる。

 

 クロエは気付かぬまま、崩れ落ちた姿勢のままで大地に爪を突き立て、溢れる涙と感情のままに慟哭する。

 

 悲しみ、怒り。

 その元凶はすぐそこに居るのに、敵意を向ける訳には行かない。

 

 ――何故?

 

 どこに向けていいか理解(わか)らない疑問には、回答も無い。

 いつしかリズはクロエに背を向け、まだ火に呑まれたままの村へと消えた。

 

 その事にも気付かず、クロエは感情のままに声を上げ続けるのだった。

 

 

 

 初めて感情に呑まれ、そしてそれを吐き出すように泣き続けていたクロエは、今はまるで空っぽの瞳で。

 昇る朝日が照らし出す、惨憺たる村の様子を、思い出を火に()べるような無感動さで眺めていた。

 

 回収していた兵士――賊の死体を幾つか村のあちこちにばら撒き、賊に襲われたが如き風を装って、リズはクロエの傍らへと戻った。

 少しの時間を与えてみても、クロエは(うずくま)ったまま動いた様子も無く、()()()に敵意を向けてくる様子も薄い。

 

 ――ヒトを殺すのが使命だと息巻いていた割には……なんと半端な。思っていた以上に脆弱だ。

 

 放心したままのクロエを見下ろしながら、リズは感想と嘆息を飲み込む。

 呆れるほど容易くヒトに心惹かれ、心を開いた妹に、掛けてやる言葉も無い。

 

 ――普段からヒトを憎むような事を口にしていたクセに、ヒトを知ろうとしなかったから、そんな無様を晒すのです。

 

 クロエは立ち上がる様子もなく、まるでその活動を停止してしまった様に、身動きひとつ無い。

 或いはこのまま、此処で破壊するべきだろうか。

 リズは静かに武器庫から短刀を取り出すが、クロエはそれにも反応するどころか、気付いた様子もなかった。

 

 ――いや。或いはこれは、私の落ち度ですか。

 

 静かにその背後に立ち、その魔力炉に向けた切っ先を静かに下ろす。

 ――私はヒトを愛している。愛しているからこそ……。

 その瞳に、僅かな哀れみの情が浮かぶ。

 

 ――喜んでヒトを殺せる。

 

 少しだけ距離を取り、リズはクロエを見守る事に決めた。

 きっと立ち直れると、信じたから……では、無い。

 

 ――愛するからこそ、他の誰でもない、自分の手で殺す。慈しむからこそ、互いに殺し合わせる。その喜びを、きちんと教えるべきでした。

 

 クロエを連れて村に戻っていたら、恐らくクロエはリズの前に立ちはだかっただろう。

 そんな予感があったから、クロエを置いて村に戻り、火を放ち、村人を尽く殺したのだ。

 別にクロエの心情を慮った訳でもなければ、その戦闘能力を恐れた訳でもない。

 

 厄介な双子から逃げ果せたは良いものの、この先何処にどんな敵が居るとも限らない。

 自身の身を守るための手駒が、もはやクロエ(これ)しかないのだ。

 便利に使えていたモノでもあるし、長く使えば道具にも愛着は湧く。

 

 この大陸の現状を把握できていない段階で、そんな道具を手放すのは些か惜し()()()

 

 だからリズの出来る範囲でケアをしたかったのだが――クロエの抱える病は予想よりも遥かに深刻で、そして滑稽だったのだ。

 ヒトを殺しヒトに憎まれる事に慣れ、それを当たり前だと認識していたからこそ、ヒトと深く接して知ってしまった時、純粋な子供相手には特に。

 どうして良いか理解(わか)らず混乱し、受け入れてしまって、変質した。

 

 原因の理解は容易い。

 なんのことはない、クロエを創ったのもまたヒトで有ったのだし、そうである以上……クロエもまた、何処かで父を、家族を欲したのだろう。

 

 今までは、その心の隙にリズが収まっていた。

 だが。

 

 ――いざとなれば、担いででもこの場を離れますか。

 

 クロエの心には、どうやらヒビが入ってしまったらしい。

 ヒビは埋めることは出来ても、元通りにはならない。

 

 そして、このヒビはいずれ、完全な崩壊を齎す。

 

 いつまでも村を、村の跡を見続けるクロエを見守るリズの目は。

 道具の処分をどうするべきか、そして次の道具を如何に用意すべきか。

 

 そんな目だった。




リズは、もしかしたら、当代のマリアと気が合うのかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。