街道から見上げる空は突き抜けるように青く、私の髪を乱して駆け抜けていく風も心地よい。
これが何も無い、平和な旅の路であれば何も言う事はないのだが、残念なことに向かう先は暗雲立ち込む危険地帯……その目と鼻の先らしい。
北から南、あの港街へと向かうらしき旅人や冒険者たちの会話を盗み聞いてみれば、此処最近野盗が急に増えたとか、小さな村が幾つか消滅しただとか、天気のうららかさにそぐわない話ばかりが耳に飛び込んでくる。
そっと路を逸れ、このまま遠くに行ってしまいたい衝動に駆られるが、今の私はエリスの生まれた村まで、彼女を護衛している最中である。
護衛対象は「霊廟」内でカーラやアリス、そしてエマに囲まれつつ、相棒のニナと共に料理でも作っている頃合いだろう。
勝手に行き先を変更したら、私だけ料理が出てこない、で済む話ではない。
気は進まないながら、私は前方へと歩を進める以外に選択肢は無いのだった。
結局私だけが街道を歩いているのは、私がひとり旅気分を味わいたかったからとか、人目を避けられる場面では可能な限り急いで目的地に着きたいからだとか、複数理由は有るのだが。
アリスが補習中で、カーラとエマの授業を追加で受けているから、でもある。
別に晴らす必要もないが、彼女の名誉と確認のために言っておくと――アリスもまた、魔力紋の解放にはとうに成功している。
カーラの黄金、エマの真紅、そして私の白銀に続き、アリスの青藍。
着々と戦隊モノに近づいている気がしなくもないが、まあその辺の事からは目を逸らしていこうと思う。
カーラが黄金と言うのも大変に気分が良くないので、戦隊モノで言うならイエロー枠で扱う事にしよう。
いや待て、それで言うならエマはリーダー枠という事に?
そんな馬鹿な。
ともあれ、そんな訳で見事に魔力紋を活性化させたアリスだが、なぜ補習を受ける羽目に陥ったかと言えば。
私が手にした「疑似筋繊維の本体化(仮)」を、見てすぐに模倣したエマや外骨格内の人工筋肉に即座に応用してみせたカーラと違い、アリスはモノに出来なかったのだ。
ぶっちゃけ直ぐに真似出来たエマやカーラに対してドン引きの私では有るが、表面上そんな様子は決して見せない。
だから、悪戦苦闘するアリスの様子を見て安堵した気持ちなども、当然表情に出したりしない。
私は出来た人形なのだ。
まあ、そんな訳で何故か酷く悔しそうなアリスはよりにもよってカーラに教えを請い、講義の延長が決まった次第である。
そんな状況は、主に人間2人……エリスとニナがわざわざ歩かなくても良いという言い訳作りには最適であった。
アリスの修練をエマとカーラに押し付け、
この戦果は大きい。
なにしろ、あの2人を護れと言えば、エマは喜んで引き受けてくれるのだ。
例えそこが、何も問題など起きる筈もない、「霊廟」の中で有ったとしても、だ。
うっかり表に出せば何処に走っていくかも知れない、そんな危険極まる爆発物と共に歩くのは、なかなかに骨が折れる。
私達だけだったら絶対に大人しくしている事のないエマの手綱が握りやすくなったというだけで、私の中で、エリスとニナの評価は爆発的に上昇した。
エリスは故郷でお別れになるのが惜しいが、ニナが居てくれるだけでも随分と違うだろう。
これから先の更に先の旅路を気楽に妄想し、ついでに「霊廟」内でアリスが七転八倒しているかと考えれば、私の顔に穏やかな笑みが浮かんでしまうのも仕方のない事であった。
昼どきになり、都合良く街道の人影もまばらになったタイミングも重なったので、私は素直に街道脇に逸れて「霊廟」へと戻った。
案の定、というべきか。
疲労に若干の苛立ちをブレンドし、気怠さをトッピングさせたような表情のアリスは、死んだような目で昼食を突付いている。
思った以上に、アリスの補習は難航しているらしい。
普段から身体強化を使用し、武器へのエンチャントも当たり前に使っては居るものの、本質的には剣士。
簡単な魔法なら「使えるから使っている」程度の認識で、その原理まで理解して使用していた訳ではないのだろう。
そんなアリスが、魔法理論の結晶とも言える――らしい。カーラ曰く、であるが――魔力紋を活性化させるだけでも、相当に苦労したことだと思う。
概ね私も同じなので、その苦労はなんとなく理解出来なくもない。
そんなアリスが更にその先、魔力紋の内側により深く魔力を浸透させ、見せかけでしかない疑似筋繊維類を本物の筋繊維……のようにする、と言うのは、それはそれで難易度が高いだろう。
私は自信満々に「本当の筋肉を手に入れた」などと偉そうに宣言したものの、実態はそんなもんである。
だが、そう言った所で難易度が下がる訳でもなし、現にアリスの苦労は続いているのだ。
私もその辺りの苦労は経験しているし、なんなら一度は失敗して右腕が破裂しているので、笑ってやる気にはならない。
人は誰しも、自分のレベルプラスマイナスちょっとくらいの事は理解出来るのだ。
だから――魔法理論に精通し、当たり前に魔力を根本から操作出来るカーラや、野生じみたその勘で魔法を行使するエマには、私やアリスの苦悩が理解出来ない。
エリスとニナの料理に大はしゃぎし、機嫌良くサラダを頬張っているそこの上位者どもは、もう少し色々な配慮を願いたい所である。
私はもうクリアした問題なので、余計な口は一切挟みはしないが。
「……なあ、おい、マリア。ちょっとで良いからコツを教えてくれよ。カーラの説明はくどいし長いし、エマちゃんのは逆に感覚的すぎて
項垂れたアリスが、こちらに目を向けることもなく呟く。
呟きとしか受け取れないほど、その口調は弱い。
私に懇願するほど、追い詰められているかと思えば笑え……可哀想にも思えてくる。
「苦労していますね……とは言え、私もまた感覚派ですからね。食事後、
なので私は、出来る範囲での協力を惜しまない旨を告げた。
我ながらなんという慈悲深さか。
だと言うのに。
「ありがとう、ありがとうだけど、教わる立場から言うのも何だけど。そのニヤニヤ笑いをまず止めてくれ」
こちらを見ても居ない筈のアリスは、不躾な要求から入ってくる。
失礼なことだと思いながら、私はアリスの横顔をしげしげと眺めながら、
「優しい」の意味を履き違えているか、都合良く解釈していませんか?