迷子のマリア   作:naow

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命を失った死体と、命を持たない素体。違いは何でしょうか。


踊る夜

 森の中、少しひらけた場所にて、死体の焼却用に大穴を掘って、仲間が死体を運んでくるのを待っていた。

 そんな私の前に、森の木々に隠された闇から現れたのは、歩く死体の群れだった。

 

 

 

「……カーラ。聞こえていますかカーラ」

 アンデッド化には早すぎる。

 或いは、身を隠していた禁術師でも居たのか。

 身構えた私を無視し、綺麗に列をなして大穴に身を投げる死体の群れ。

 

 色々と異様すぎる光景に、しかし直ぐにピンと来た私は、索敵バイザーの小型マイクに向かって冷え冷えとした声を投げる。

 

「……む? どうしたマリア、何か問題か?」

 

 イヤホンの向こうから、呑気な声が私の神経を逆撫でる。

 

「どうしたでは有りません、このお馬鹿。死霊術師(ネクロマンサー)に転向するのは結構ですが、死体を動かすならその旨先に言って下さい。危うく熱線で焼き払うところでしたよ?」

 

 私は右手を見下ろしながら、カーラに苛立ちを素直に叩きつける。

 人間らしい、というか生き物独特の気配も無しに突然眼の前に並んだ死者の群れは、魔力炉に悪い。

 バイザーで強化された魔力感知のお陰で死体を操る魔力に気付き、そこから死体の操作を行う何者かの存在に思い至り、そんな事をしでかす身内の顔が脳裏に湧いて出たから事なきを得たが、一歩違えたら広範囲な山火事を引き起こしていたかも知れない。

 

 うっかり火が点いてしまえば、しかもそれが広範囲となれば、消火するのも容易ではない。

 

「む? そうか、言っていなかったか? まあ、もはや意思を失ったヒトの死体など、出来損ないの人形のようなものだろう。色々と脆いが、動かす程度なら問題無いのでな」

 

 あくまでものんびりと答えるカーラは、死者に対しての尊重の意や忌避感など持っている筈もなく、禁忌に触れているような不遜さすらもない。

 

「は……はあ!? 死体を動かしたって……抱えて運んだとかそういうレベルじゃなく? まさかカーラお前、死体を()()したってのか?」

 

 別方向から――言ってもイヤホンでは有るが――素っ頓狂な声が上がる。

 ……私と同じく純粋な人形では無い、アリスが反応したのだ。

 

「こうした方が早いのだし、問題はないだろう? どうせもう皆死んでいるのだ。まあ、最低限両足がちゃんと繋がっていなければ、歩かせることも出来んがな」

 

 黒の寡婦は、何の心も無く、淡々と言葉を並べる。

 

「なぁるほどぉ、だからあんまり壊しちゃいけなかったんだねぇ? ゴメンね、カーラちゃん?」

「いや、気にすることはないぞ? 後で私の戦乙女(ヴァルキリー)たちを派遣するし、問題は無いさ」

 

 殺戮を好む人形が素直な感心の声を上げ、急造の死霊術師(ネクロマンサー)が当たり前のように応える。

 アリスも私も、直ぐには反応出来ない。

 

 アリスはともかく、私もまだ人間(ヅラ)していたとは、ちゃんちゃらおかしな話である。

 カーラの言っていることの理屈は理解できる。

 動かすことが出来るのだから、動かしただけ。

 そこには、それ以外の感情はない。

 

 しかもそれらは、エリスの故郷の村を含め、幾つもの集落を狙っている様子だったのだ。

 そんな連中を相手に、気分が悪くなる私やアリスのほうがどうかしている、と言うものだろう。

 

「む? どうしたマリア、声を掛けてきたと思えば急に黙りおって。そちらで問題でも発生したか?」

 

 考えこんでいた私は、カーラの声にはっとして振り返った。

 そこにカーラが居るわけでもなく、歩く死者たちの一団はすっかりと穴の底へと消えて居る。

 覗き込めば、恐らく、彼らは無作為に折り重なっているのだろう。

「……いえ。単に、私とアリスは元人間ですので。死体が動くとそれなりに驚く、というだけの話です。ですので、こういう事をする際には一言欲しいのです」

 人を殺し、それを解体して食肉用、というか疑似筋肉類の補修材として保管している私が、今更こんな事で心を乱されるとは思わなかった。

 

 アリスは口を挟んでこない。

 私の魔力炉は、早鐘を打つようなことはない。

「んん? そうか、お前とアリスは()()だったか? なんというか、申し訳ないな?」

 私は穴の縁に立ち、底へ向かって無感動に熱線を放つ。

 

「だが、アリスは理解(わか)るが……お前はだいぶ()()()寄りだからな。本当に元人間なのか、色々と疑わしいのだがな?」

「おい! カーラ!」

 

 誂うように笑うカーラに、アリスの怒気を孕んだ声がぶつかる。

 イヤホンの向こうに、束の間、静寂が訪れて流れ去る。

 

「……いや、すまん。ともあれ、気を付けるとしよう。と言う訳でマリア、そろそろ次のがそちらに着く。先に着いた分は、焼却を頼むぞ?」

 

 アリスに遠慮したのか、カーラは声色を改め、無機質に告げてくる。

 軽口を叩きすぎた、とでも反省しているのであろうか。

 

 私には、軽口を叩きあうほうが似合っている筈なのに。

 

「はい、既に焼却作業中です。現状特に問題は有りませんので、そのまま続けて下さい」

 

 私も、別に冷静に努めるまでもなく、淡々と答える。

 

 まったく、らしくない。

 今更人間らしさの欠片に気付いた所で、どうしようも無いというのに。

 こんなモノ、切り離せるならすぐにでも目の前の火の中に放り込むというのに。

 

「あーっ! 待って待ってカーラちゃん、マリアちゃん! お肉! もったいないよ!」

 

 エマの声が割って入ってくる。

 いつもと変わらない、私でさえやっていた事に関するその指摘は、今の私には何故か癇に障った。

 

 今更、私は何様の心算(つもり)なのか。

 

「……先行分に関しては、もう火達磨です。惜しいと思うなら、エマもこちらに来ては如何ですか? カーラ、現状の方法で移送出来る分が終わったら、残りは貴女(あなた)の人形とアリスとで運んで頂けますか?」

 

 自分でも判るほどいつも以上に平板な自分の声に、呆れて溜息が漏れる。

 

「はぁい! マリアちゃん、すぐ行くねぇ!」

「了解した。アリス、先にエマの戦闘跡の片付けに取り掛かってくれ、私もこちらが終わり次第合流する」

「……あいよ、わかったよ」

 

 仲間たちのそれぞれの個性を反映させた声色に、私は何処か安堵に似た感情を抱えて星空を見上げる。

 此処からなら、切り抜かれた夜空が見えた。

 

 ややあって現れた死体の群れの第2陣。

 

 私はその中に、かつての自分が混ざっているのを幻視したが、努めてそれを無視するのだった。




普段は無駄に傲岸なくせに、時々繊細になるのは……後々痛手になると思いますよ?
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