迷子のマリア   作:naow

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少しだけ、昔話を。


幕間・惹かれるモノたち

 それは、マリアの知らない物語。

 

 

 

 人形は、「霊廟」を目指す。

 そこには人形(かのじょ)達のメンテナンスを行う機器が有るから。

 いかに異常な執念で組み上げられた、特殊な素体を持つ人形(かのじょ)達であっても、蓄積する(ひず)みには単体で対処はしきれない。

 

 そのためのひとつの対応策として、人形の1体……2の2番に人形修復の魔法を持たせようとしたが、叶わなかったばかりか、魔力紋が暴走し、結果攻撃魔法すら使えなくなってしまった。

 引き換えにその人形は()()()()()()()()()()()()という特異性を持ったが、それは結果でしかないし、何より目論見は果たせていない。

 

 その後、更に研究を進めた術式を2の11番に組み込んでみたが、そちらはどういう訳か魔力紋の効果が弱まった代わりに「影渡り」の能力を得たようだ。

 結果を見れば、一回目を上回る失敗だった。

 

 此処で、彼は悟った。

 2式では、人形修復の「魔法」は習得出来ない。

 内部骨格(フレーム)の問題か、単に彼の腕の問題なのか。

 いずれにせよ、現状では魔法には頼れない。

 かと言って、己の技法を人形に託すには不安がある。

 

 人工精霊は、様々な状況に対応するべく高性能に、ヒトと変わらぬ思考力を持たせている。

 それ故に、ヒトと同じ弱点を内包し、それを解消することが彼には出来なかったのだ。

 命令には従うし、制作者には当然従順である。

 

 だが、状況を判断するということは自ら考えるということ。

 様々な経験を経て考えを変えてしまい、自らの意思で制作者に反抗どころか敵対する事も有るのだ。

 

 あの最初の2式、2の1番……出奔し、今では何処に居るとも知れない廃棄番号2の0番、「執刀」ノーラのように。

 

 廃棄品(かのじょ)が今何処で何をしているかは知らないが、そのような前例がある以上、人形に製作の知識を与えては、それ――彼の研究の成果の核心――が外部に漏れてしまう危険は拭えない。

 だから、彼は2式の制作を続けながら、別の手段を模索せざるを得なかった。

 

 そうして長い研究と探求の果てに彼が辿り着いたのが「霊廟」と、それを護る守護者としての「3式」である。

 

 移動拠点としての性格を持ちつつ、彼の人形制作の技術を全て注ぎ込み、人形の修復や場合に依っては新造が可能な「工房」と、それに連動した「メンテナンスドック」を設置することで、彼の懸念のひとつを解消することに成功した。

 更には内部骨格(フレーム)のみならず魔力炉にまで手を加え、「霊廟」に設置したメンテナンスドックと連携することで人形を修復する魔法を獲得しつつ、基本性能の向上まで果たした「3式」は、「霊廟」を運び護る存在としては充分過ぎる性能を獲得したのだ。

 

 最初の3式は、まだ「霊廟」が完成していないことも有って工房やメンテナンスドックとの接続は行っていないが、いずれ「霊廟」が完成した暁には、彼女もまた霊廟を護る守護者と()()()()だろう。

 やや奔放な性格なのが気になるが、性格が多様であればこそ……守護者同士、相互に睨み合うことも期待できる。

 

 守護者を複数作るのは、その為だ。

 

 仮にどれか1体が資格の無い人間に「霊廟」を供与し、その技術を漏洩しようとしても、他がそれを止める。

 それを期待しての事。

 人形同士で仲良くやって欲しいとは、微塵も考えては居ない。

 

 牽制しあい、緊張が生まれるからこそ、下手には動けなくなる。

 

 もしも、万が一……全ての守護者がその思惑を裏切り、本来資格の無い人間に技術を流すと決めたとしたら、その時は彼の敗けだ。

 もはや長くない彼にはそれを止めることは出来ないが、だからこそ、その可能性を減らすためにも、3式を量産しなければならない。

 

 可能であれば、2式と同じ数を。

 

 結果から言えば、3の2番の制作と、衰えた体力を補うためにその人形との協力で「霊廟」の完成を確認した彼は、ある意味で満足し、しかし一方では無念の想いでこの世を去った。

 それは、試運転も兼ねて解き放った3の1番はもちろん、仮番号2の13番こと3の0番が規定の期間を過ぎても戻らず、守護者1体(ひとり)に「霊廟」を預けるしか無かった事か。

 それとも、守護者を結局3体しか造れなかった事か。

 いずれにせよ、二度と語ることのない眠りの世界へと、彼は永遠に去ったのだ。

 

 

 

 

「はーん? この大陸を出て、旅をする、ねえ」

 

 気の抜けた声を上げると、その顔を隠している淡緑色に彩られた、金属製の仮面に指を掛ける。

 その意匠は狐を模したものだと言うが、顔を半分以上隠すようなその仮面には、視線を通すような孔もなければ模様の類も無い、ただただ金属質な輝きを放つのみの代物だ。

 

 だが、この屋敷に居るものは知っている。

 この少女としか――ぞんざいで投げやりなその口調は別として――見えない存在も、そしてその双子の姉も、この奇妙な仮面を身に着けながら、しっかりと周囲の様子は見えている、と言うことを。

 

「うんうん。なんでかねえ? なーんか、呼ばれてる気がするんだよねえ。海を超えた北の大陸、魔族の国だっけ? きっとあれだね」

 

 その対面に座るのも、やはり少女。

 見た目は、そうとしか言えない。

 黒髪に溌剌とした表情が良く似合う、そんな少女の隣には、やはり黒髪では有るが何処か線の細い、頼りなげな少女が居心地悪そうに腰を下ろしている。

 

「大冒険が、私を呼んでいるんだね!」

 

 握り拳まで作って腰を浮かせ、瞳を輝かせる少女に対して、緑の仮面の少女は無感動にテーブルの上のクッキーを摘み、口に放り込む。

「さよか」

「なんだよー、ノリが悪いなあ。お腹でも痛いのかい? イリスちゃん」

 短すぎる返答に、黒髪の少女が唇を尖らせる。

 ちなみに、今室内に居る4名は、全員が黒髪だ。

 

「寝起きの風呂上がりに馬鹿話聞かされる俺の身にもなれ。なんだそのふんわりした理由は」

 

 緑の狐面を外しながら投げやりに答えた少女は、その疲れたような表情をもはや隠しもしない。

 その隣で静かにティーカップを傾けていた、赤い狐面の少女は、カップを音もなくソーサーに戻すと、事更に溜息を()いた。

 

「イリスの感想はどうでも良いとして……。その北の大陸に向かうのは、あなたの()がそこに居るから、かしら?」

 

 赤の方は、仮面を外しては居ない。

 居ないのに何故か、隠されて見えない筈のその()が、真っ直ぐに射抜いてくるのが理解(わか)る。

 重い緊張に、白いゆったりとした服を纏った少女は、隣に座る……と言うか、まだ腰を浮かせている旅の相棒に、オロオロと視線を送った。

 

「まあ、聞いた時にはびっくりしたし、でも正直、だから? って思ったんだけどねえ。なんだかね、日に日に気になるんだよねえ。ほら、私の可愛い妹が、遠い異国の地で、虐められて泣いてやしないか、やっぱりお姉ちゃんとして気になっちゃうしね」

「はん、あれがイジメられた程度で泣くタマかよ。自爆をネタに俺を脅すような女だぞ?」

「アレはそれまで掛けてたストレスに、アンタの下らない悪戯が止めを刺したんでしょうが。……まあ、聖教国(あのくに)と事を構える前に、ザガン人形を野放しには出来なかったから、さっさと出ていくか私達の監視下に入るか選ばせたかったんだけど、結果としては良好だったわね」

「ケッ」

 

 ひとり元気な少女がようやく腰を下ろし、何故か自慢げな顔をすると、クッキーをひょいひょい摘んでいたイリスと呼ばれた少女が、つまらなそうに口を開く。

 それに対して赤い狐面の少女が混ぜ返し、そして少しだけ、遠くを見るような目で窓の方を振り返る。

「ともかく、話は理解(わか)ったぜ。ウチとしては、それなりに真面目に冒険者やってくれてるお前らには、ずっと居て貰っても良いと思ってたんだけどなあ」

 クッキーを食べすぎて喉が乾いたのか、少し音を立ててお茶を啜り、そして少女は顔を上げる。

「あはは、そう言って貰えるのは有り難いけどね? 私は悪名高い人形だし、この子は……」

 快活なその表情が、少しだけ曇る。

 

「この子は、自称『罪人』だからさ。つまるところ、私達は揃って、同じところに居続けるのは肩身が狭いのさ。……あ、勘違いしないでよ? ちゃんとジュンとは、よくよく話し合った後だからね?」

 

 快活さに隠した何処か暗い影が透けて見えたようで、表情には出さないように苦労しながら、イリスは心を痛めた。

 その隣で頷く、ジュンと名乗った少女に対しても、特に目を細めるような事はしない。

 

 内心が、どうであったとしても。

 

「『罪人』なんて、別にお前の意思じゃないだろうが。命令されただけで、まあ、悪くないとは言わないけどよ。でもなあ」

 

 どう声を掛けたものか迷いながら、しかし黙っても居られなかった。

 なんと言った所で、結局は。

 

「有難う御座います。でも……私が、手を汚したのは確かだから。贖罪の旅は……続けたいんです」

 

 結局は、その答えは理解(わか)り切っていたから。

 線の細い少女は、しかし真っ直ぐにイリスを見ている。

 

「……ツラくなったら、いつでも戻ってきな。お前みたいな真っ直ぐなヤツは、嫌いじゃないんだ」

 

 聖教国と言う、()()()()まで存在した国を軸にして、それを滅ぼした仮面の双子の少女は、その国に属して命令に従い、多数を殺めた少女に、しかし嫌悪感を抱けなかった。

 喚び出されただけの、他に頼る所もない少女に、無体な命令を下したのは国だ。

 従わなければ、殺されていたのは彼女の方だっただろう。

 

 事実、離脱を決意した際には、仲間に殺されかけたのだと言う。

 

「それに……あれだ、ウチの連中にも、ちゃんと別れは言ってやってくれ。いきなり消えるのだけは、ナシで頼むぜ?」

 

 自分の言葉に、素直に頷く2人の――ザガン人形と、罪人の――少女に、表情を崩す。

 

 ――まったく……俺の自業自得ではあるけど、ホントはあの連中にも、同じことを言って送り出したかったんだがな。タイミングの悪い連中だ。

 

 浮かんだ思いは、しかし言葉にしない。

 しても意味はないからだ。

 

「んじゃあ、お前らの旅の支度金くらいは出してやっか。それにアレだ、送別会な! ウチの自慢の料理人に頼んで、豪勢なパーティにしようぜ!」

「おお、良いねえ! ところでアネさん、あの見事なお酒なんですが、ちょびっと土産に、貰えませんかねえ? ねえ?」

「ンだよ仕方ねえなあ! そう言やアイツの仲間にも酒好きが居たな、土産に持たせるから安心しな! あ、それとは別にひとつ仕事を頼みたいんだが」

「任せてよ、アネさん! いやあ、やっぱりあれだね、持つべきものは良い仲間だね!」

 

 空気を変えるのは、空元気か。

 イリスとザガン人形……メアリが軽口を叩き合う様子を、ジュンは柔らかな笑顔で。

 赤い狐面を外しながら、リリスは少しだけ悲しそうな笑顔で。

 

 そんな2人を見守るのだった。

 

 

 

 遠く落ちる陽を眺めながら、まるでその色を写したような、赤の混ざる金色の髪を風に遊ばせて、その女は草原に立っていた。

 ――海を渡ろうか。

 理由は判らないが、何故かそう思った。

 そして、思うままに踏み出す。

 

 その行き先を、北と定めて。

 

 

 

 大森林の中に佇むその屋敷で、窓から差し込む夕日を目で追いながら、赤い髪の少女は、物憂げに考える。

 ――北に、行ってみたいな。

 北と言っても、この大陸ではない。

 その先……海を超えた、別の国だ。

 理由など無い。

 ただ、なんとなく、そう思った。

 

 ――賢者さまに、相談してみようかしら。

 

 そう思い立ったが、まずは夕食の準備だ。

 愛してやまない賢者さまのために、少女は腕によりを掛けるべく、キッチンへと向かう。

 

 

 

 それは、北の海で豪華客船がクラーケンの襲撃を受けて沈む、そのだいぶ前の出来事。

 マリアの知らない物語たちは、ゆっくりと動き始めていた。




そして、時間は戻ります。
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