迷子のマリア   作:naow

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お掃除、お疲れ様です。


遠くに在りて

 エリスの故郷の周辺に散らばる賊たちを始末し、そのすべてを……エマと私が可食部分、要するに手足を切り落としてから灰にして、静かに村に戻って数時間。

 夜も明けたであろう時間に起き出した私は特にすることもなく、談話室でぼんやりと地図帳を眺めている。

 

 ……冒険者ギルドで白地図を買ってから談話室でこれを見つけた時は、破り捨ててやろうかと思ったのだが……まあ良い。

 

 ともかく、私がそんな物を眺めている理由は、たったひとつ。

 ヒマなのである。

 

 私自身、特に早起きの習慣は無いのだから他人形(ひと)の事は言えないのだが、アリスやカーラがこんな時間に起き出してくる訳が無い。

 みんな寝てるから自分も寝る、と発言しているエマも、なんだかんだで早起きするようなタイプとは言えない。

 

 惰眠を貪る人形とは、いったい……。

 

 たまたま私の目が覚めたのは、何のことはない、昨夜の出来事――死者の尊厳を踏みにじるようなカーラの行いに対しての憤りと、そんな自分に対する驚きと呆れが原因であろう。

 普段から何の感情もなく野盗や山賊などの敵対者を殺し、可食部位と称して手足をもぎ取るような真似をしている私が、カーラの行いに文句を言う筋合いは無い、そう言う意見も有ろうと思う。

 

 何しろ、私自身がそう思うのだ。

 

 だが、己の血肉にするために食らう事と、どんな理由が有れど、死体を愚弄するが如き振る舞いは違うだろうと……そう、思ってしまうのだ。

 単なる自己擁護でしかないし、カーラとて別に遊んでいた訳ではなく、こちらも単に死体を運搬していただけに過ぎないのだが。

 だからこそカーラを止めたりはしなかったし、特に文句を言うようなこともしなかった。

 

 そもそも、死者の愚弄というのなら、その線引は何処から行うべきか。

 

 私やエマの行為とて、言い訳を取り払えばただの死体損壊と食人行為(カニバリズム)でしかない。

 私たちは悪戯に死体を弄ぶ様な真似はしていないし、カーラは死者を操って生者に襲いかかるような真似をしていない――と言ったところで、傍から見れば違いなど無いのだろう。

 特に食人に関しては、私たちの現状では喫緊で必要なものでは無く、狩りで得た野生動物や街で買った食肉類が切れた際の保険として備蓄しているに過ぎない。

 ――これでは、周囲はおろか自分に対しての言い訳も難しい。

 

 ……我ながら、人間、ないし人間的思考と言うものは面倒で厄介だ。

 

 私は嘆息とともに静かに立ち上がり、自分のための茶を淹れる為に、談話室に備え付けの給湯室へと足を向ける。

 談話室の窓は薄明かりが徐々に光度を増して、朝の演出を行っている所だった。

 

 

 

 エリスとの別れを惜しんだのか、エマは文句を言う事もなく、また無闇に暴れるような気配もなく、1週間が経過した。

 

 その間、エリスとニナの手料理を頂いたり、エリスの両親の経営する食堂の為に近くの森に狩りに行ったり、アリスが村の自警団や傭兵連中と飲み比べで無類の強さを見せつけたりと、とても穏やかな時間を過ごした。

 森には特に大きな変化は無かったが、それでもこれまでに2回ほど斥候部隊と思しき者たちが現れたので、その都度撃退している。

 

 数は多くなかったが、試しにひとりか2人を捕らえて尋問を行ってみても、何かを吐くことは無かった。

 いずれも、歯に仕込んだ毒で自害してしまうので、縛り上げたところで意味もなかった。

 

 積極的に止めるような事もしなかったが。

 

 なんと言ったか……たしか、アイセスブルト、だったか。

 彼の国にはまだ間に国ひとつ隔てている筈で、戦争を行うのなら先ずはその国と、或いは他の周辺国だと思うのだが、まあ、その思惑は知っても理解出来る物とも限らない。

 

 もう少し北に行けば、それこそ国境となっている中央山岳帯の一角に入り込むことになるし、隣国をやり過ごしたうえでわざわざ険しい山を越えて、そんな手間まで掛けて兵力を送り込んで何をする心算(つもり)なのか。

 

 まあ、碌な事では有るまい。

 

「で? マリア、この後はどうするのだ? 如何に居心地が良かろうとも、我々は人形だ。ニナはともかく……我々は、ヒトの住む地に長居はできん。それとも、あの双子の化け物に倣い、いっそ堂々と開き直ってこの付近に居を構えてみるか?」

 

 どちらかと言えば嫌なことを考えている時に、カーラが嫌な記憶を掘り返してきた。

 確かにあの双子は正しく化け物だし、恐らく外見上の成長はあれで止まっているか、極端に遅いかだろう。

 あれが普通の人間だとは私は認めないし、本人たちも否定はしなかった。

 

 ああまで突き抜けてしまえば、ヒトかどうかなど問うのも野暮と思えてくるが……それでも、この先あの双子が、無駄な猜疑の目を向けられることは避けられまい。

 

 それを選んだ本人の自業自得と言う他無いが、確かに、私たちと似た境遇でありながら、と、そう思わなくもない。

 

 だが。

 

「この後の事はともかく……あの双子はそもそも、私たちとは前提が違います。あちらは来歴不明である日突然現れた元旅人。私たちは、悪名高い殺戮人形です。隣に住まわすなら、どちらを選ぶかという話ですよ」

「どちらも胡散臭いことに変わりはなかろう」

 

 溜息混じりな私の言葉を、カーラは軽く一蹴した。

 身も蓋も無いことである。

 

「それに、私は殺戮と言うほどヒトを殺しては居ないぞ? 少なくとも、善良なヒトは、な」

 

 胸を張るカーラに、今度は私が鼻で笑って見せる。

「ヒトから見たら、そこに違いはないのですよ。有るのは、ヒトを殺すかどうか、それだけです」

 自信満々な私に、しかしカーラは怯むこともない。

 

「それはどうかな? お前の姉に当たる、サラと言ったか? かの人形はこの大陸では英雄扱いではないか。エマにしても、今のところこの大陸では限定的であるとは言え、ヒトの守護者だ。お前とて――」

 

 饒舌なカーラに、私は返す言葉も思いつかず、ただ胡乱げな眼差しを送ることしか出来ない。

 しかし、私に関しての評が出た辺りから、私の表情は曇る。

 

「ヒトに対して、一方(ひとかた)ならぬ思いを持っているようではないか。相手の出方次第では有るが、お前たちなら、まあまあ良い隣人として振る舞えるのではないか?」

 

 私は、目を逸らす。

 

「買い被りも度が過ぎて、いっそ笑えますね。エマは危うい。そして私は確かに元人間で、それ故に行動に制限が掛かることは有ります。ですが」

 

 視線の先では、エリスとニナが連れ立って買い物に向かい、それにエマが付いて歩いている。

 微笑ましいその絵が、私にはとても遠く感じられた。

 

「気に入らない、それだけの理由が有れば、簡単に殺せます。殺すこと自体に、なんの感情も持たないのですから。他でどれほどヒトを尊重しているように見えても、最低限守るべき境界を踏み越えてしまっている以上……私はヒトの隣人にはなれないのですよ」

 

 カーラが私の方に顔を向けたのが判ったが、私からはその表情は見えない。

 

「ふん……考え過ぎるのも面倒なものだな。まあ、正直どうでも良いことだ。この先の事……それこそ、考えねばならんことだろう」

 

 カーラがどんな顔をしているのか、知ったことではない。

 だが、その言葉に関しては、無視できるものではない。

 風が、私達の間を遠慮がちに通り抜けていく。

 

 私は静かに立ち上がって、歩いていく3名の小さな背中を見送るのだった。




ヒトと言うものは、色々と含んでいるのですね。だからこそ……。
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