賊、に扮した斥候たちをちまちま倒しつつ進んでいたら、いつの間にか地面が傾斜を始め、あれよあれよと言う間に標高が上がっていった。
まるで天変地異について語っているようだが、端的に言えば単に私たちが北上するにつれて山岳地帯に入り、山を登っている、というだけの話だ。
この時点で、気付けばちゃっかりと隣国入りを果たした私たち。
当然関所の類を通っていないし、堂々たる不法入国なのだが、これは私たちばかりが悪い訳ではなかろう。
それらしい壁とか柵とかも無いし、何より私たちは
なので、苦情は斥候を放った元凶に届けて欲しい。
「何なら遭難者として保護されても良いくらいですよね?」
「何言ってるのか
思わず妄言が口から漏れたが、アリスには冷たく突き放された。
冷たい女である。
現在、山道……と言うか鬱蒼たる林の中を進んでいるのは、私とアリスの2人のみ。
カーラお手製の魔導バイザーを使用して、範囲を強化した探知を飛ばしても探査を走らせても、遭遇する斥候の数が減ったのだ。
すっかりと興味を無くしたエマはニナと一緒にキッチンで遊ん……手伝いをしているのだろうし、カーラはそもそも歩くのを嫌がった。
人形の制作や魔法道具の製作を行いたい、と、私の目を見ずに言うので、仕方なく「霊廟」に残している。
山道で転びまくるカーラに合わせていては、進行スピードがどうしても緩むのだし。
で、私は移動しなければならないから強制的に外に出なければならず、アリスは私と共に周囲警戒を行いながら、ついでに狩りを――いわゆる普通の狩りを――行うのだと、何やら微妙な張り切り具合で表に出て来たのだ。
「それにしても」
私は、先を歩くアリスの背を眺め、つい言葉が口をついて出る。
「あん?」
私の言葉が耳に届いたらしい、アリスが気の抜けた返事を返してくる。
「私の知っている狩りとは、随分違うのですね?」
アリスは弓を持っている訳でもなく、その手に有るのは刃渡り30センチ程度のダガーだ。
そんなモノいつ入手したのかと思ったのだが、カーラが人形用の装備を造るついでに用意してくれたのだという。
それは良いのだが、カーラはその金属の出所は何処か、知っているのだろうか?
私は金属の使用を許可した覚えはないのだが?
確かに賢者さまのお陰で金属類に余裕は出来たが、だからといって無計画に使用されるのは困る。
いつ
取り敢えず、カーラにはお説教フルコースか。
「はあ? ……あー、あれか。弓を使うのを想像してんのか」
私の意識がアリスからカーラに移っている間に、アリスは足を止めて私を見ていた。
この人形は割と人の話を聞いて、かつ、話す時には相手に合わせる、それを心掛けているような節がある。
今回も、割とどうでも良い私の疑問に、正面から応えようと考えた結果なのだろう。
流せば良いのに。
「はい。狩り、と言う以上は、罠を掛けたり、弓などを使って遠隔から仕掛けるものかと思ったのですが」
面と向かわれては、私とて続けるしか無い。
アリスには申し訳ないのだが、彼女の狩り風景は今までの旅路で散々見ている。
一度も罠などを用いず、弓を構えるどころか、持っている様子すら見たことが無い。
その時点で、答えは判っているのだが……妙な所で生真面目なアリスらしい。
「私は弓なんか使ったことが無いからね。狙い方も
私としては、小器用なアリスが弓を使えない、というのがそもそも眉唾なのだが、本人が言い張る以上踏み込むような真似は控えるとしても、だ。
だからと言って、そんな人間離れした真似を……冒険者時代は、仲間とかにはどう誤魔化していたのだろうか?
なんとも言えない感情が顔に出たのだろうか、黙り込む私に、アリスは表情を不審げなものに変えた。
「……なんだよ? なんか言いたいことが有るなら言えよ」
妙な所で勘の良いアリスが、こんなどうでも良い場面でもそれを発揮してくる。
とは言え、せっかく本人が機会をくれたのだ。
逃す手は有るまい。
「獲物の動物を、走って追いかけて斬る訳ですよね?」
「ああ……そうだけど。それが?」
折角なので、と、ご好意に甘える私に、アリスは短く答える。
それを受けて、私は小さく息を整えた。
「……絵面を想像してもなんだか滑稽ですし、実際には軽々と行っている訳ですし、なんというか……人間離れも度が過ぎると、馬鹿みたいですね?」
「お前はモノの言い方とか、色々と気を使うことを覚えたほうが良いと思うんだ」
私の渾身の純粋な感想は、溜息でいなされた。
アリスのクセに、小癪な真似をするものである。
「普通の冒険者の中にも、居るぞ? 私ほど速くは無いけど」
頭を掻きながら言うアリスの言葉を、私は冗談と受け止めるべきなのか悩む。
それはまあ、それなりにレベルの高い者なら出来なくは無いだろう、が。
出来る事と実行することの間には、それなりの距離と溝があると思うのだが。
悩んだ挙げ句、私は乾いた半笑いを浮かべるに留める。
「……まあ、どうでも良いか。それなりに狩りも出来たし、時間もなかなかだし。ぼちぼち
私の態度は気に食わないが、実例を並べて説明するのも面倒なのだろう。
アリスは再び盛大に溜息を
もちろん、私もその提案は歓迎であった。
ほんの数秒前まで、なら。
「アリス、警戒を。恐らくこちらには気付いていないでしょうが……厄介な反応が有ります」
足を止めていた私の、カーラの魔道具で強化された探知範囲に、その反応は突如現れた。
索敵範囲が私よりも狭いアリスはまだ気付いていない。
そして、恐らく私たちのようなに魔法強化アイテムを使用していないのであれば、この反応の主にもこちらは気付かれては居ないだろう。
だが、楽観は危険だ。
「あん? ……どっちだ?」
何を言ってるんだ、という顔をしたアリスだが、それも本当に一瞬だった。
私が無言で顔を向けると、アリスは周囲に展開していた探知の魔法を、その方向に集中させる。
そうすることで、探知距離が少し伸びるのだ。
「おいおいおい……こりゃまた、厄介なモンが……」
アリスが感知したと同時に、それは急速にこちらに向かって移動を開始した。
「悪い、下手打った。気付かれちまうとはな」
舌打ちしたアリスはダガーをホルスターに戻すと、「人形斬り」を鞘から抜き放つ。
「お気になさらず。恐らくですが、あの思い切りの良さから見て、私の探知にもすでに気付いていたのでしょう。その時点で、時間の問題でした」
私は武器庫から小振りなメイスを取り出し、静かに答える。
私の探知範囲に入ったことで違和感を覚え、警戒していた所にアリスの探知が届いたため、違和感が確信に変わった上に方向まで見定められたのだろう。
探知などという薄い魔力に、よくもまあ反応出来たものだ。
「こんな所で
速いとは言え、確かに距離は有る。
アリスの言う通り、「霊廟」に逃げ込むことも容易だろう。
だが、である。
「さっさと帰りたいのは山々ですが……エマに知られたら、結局戻って来る事になりますよ?」
「あー……」
あの
アリスもそれは容易に想像出来たのか、情けない声を上げるのみである。
「いっそ、エマちゃん呼ぶか?
「それが一番良いのですが、呼びかけて説明して扉を出して……時間が有りますかね?」
私はアリスと顔を見合わせる。
そして、同時に揃って、緩く首を振った。
そんな事をしている間に、接敵してしまう。
一度戻ってまた出てくる、そんな事も可能なのだろうが、下手なタイミングで扉を出せば、不意打ちを受ける可能性がある。
忌々しいが、このまま接触するしか無いだろう。
私とアリスはそれぞれ身構え、その反応を。
私たちに匹敵するか、事によっては凌駕する存在であることを示す、その真っ赤な反応を待ち構えるのだった。
此処最近は特に、格下しか相手にしていなかったマリア。上手く対応出来るでしょうか?