真っ直ぐにこちらへと向かってくる、謎の赤反応。
敵性反応では有るのだが、困ったことに探査だろうが詳細探査だろうが正体が掴めない。
鑑定が通るかはともかく、私の技量ではまだまだ距離があって届かない。
「速いねえ。なあ、反応的に人間大なんだけどさ? 今までのパターンから言って、ヤな予感しかしないんだけどさ。どうよ?」
アリスが特に慌てた様子もなく、むしろのんびりとした口調で不穏なことを言う。
ヒトが折角余計なことを考えないように努めているというのに、相変わらず空気を読まない人形である。
「さて……。なにしろ魔族の大陸ですからね。或いは伝説的な吸血鬼とか、ライカンスロープの狩人とか、そういうのかも知れませんよ?」
この密集する木立の中、大地を蹴り、或いは樹の梢を足がかりに。
踊るように、と言えば或いは詩的なのかも知れないが、なんとも落ち着きのない移動法である。
山林を駆けるファンタジーな住人との邂逅を期待する私だが、アリスの余計な一言のせいで、あの無軌道な移動に身内の傍若無人な暴君を想起させられてしまう。
……せめて、エマと同タイプでは有りませんように……色々な意味で。
特に意識せずに祈ってしまった私だったが、これが
地図的な意味で言えば基本真っ直ぐ、その実態は落ち着きとは皆無の環境利用立体機動で私たちに迫るその反応は、200メートル程の地点にまで迫っている。
あと10秒も有れば、此処に到達するだろう。
迎撃をアリスに任せ、私は鑑定の魔法を飛ばし、そして露骨に溜息を吐き散らした。
「……一応聞くけど、ザガン製? それとも別か?」
ちらりとこちらに視線を寄越して、アリスは短く問うてきた。
私の反応から、ある程度の察しは付いているであろうに。
「……お察しの通りですよ。アレは――」
その10秒は、あっという間に過ぎ去った。
と言うより、私たちをハッキリと補足した
私の予測を超え、木の枝を蹴って頭上に躍り出たのは、基本的には黒の装束を纏いながら。
どちらかと言えば、肌色が多めの配色で、何やら嬉しそうに見下ろしながら悠々と私たちを過ぎ越し、背後へと着地を果たす。
「アレは、私の姉……ですね。初めて会いましたが」
振り返りながら、私は口を開き、そして相手とお互いに観察し合う。
私の目に映る彼女は、黒のブラトップに極端に丈の短い黒のボレロを羽織り、黒のホットパンツにやはり黒の編み上げの
どれもレザーなのはともかく……黒に拘りつつも、ウチのカーラとはまるで折り合わない服飾センスである。
長い髪を後ろでひとつに纏めている彼女は、挑発的な笑みを口元に張り付かせ、その眼差しは鋭い。
「へえ? 私の妹って事は……アンタ、
「知っていますよ、Za204「
相手の発言を遮り、私は鑑定で視た情報と、そして自分の正体を告げる。
ささやかとは言え嫌がらせをされたというのに、しかし彼女……サラは気を悪くした様子もなく、その口元には笑みが張り付いたままだ。
「へえ、鑑定でも使ったのか、それとも
どこまでも、余裕が崩れる様子はない。
そのマイペースな有り
……ああ、どうしてこうも、私の願いは届かないのか。
きっちりと隠蔽を使っている私とアリスとは対象的に、彼女はその様な魔法を使っては居なかった。
レベルは848と私よりも低いのだが、とても油断する気にはなれない。
なにしろ、ほとんど偶然のような勝利では有ったものの、格下である私が、エマを下したと言う事実が有る。
あれの再現が為されるとすれば、それは私の敗北を意味するのだから。
そして、あの結末の再現まで成されるとは、誰も約束はしてくれないのだ。
その油断ならぬ存在は、何かに気付いたように表情を変え、小首を傾げる。
「……いやちょっと待って。302? 聞いたこと無いんだけど?」
エマが不審を感じ、メアリは聞き流したポイントに、サラは引っ掛かりを覚えたようだ。
さて、どう説明するのが手っ取り早いのか。
そう考える間も有ればこそ。
「ま、いっか。戦えば
直ぐに薄ら笑いを取り戻したサラは、武器庫から片刃で反りの有る得物……どう見ても日本刀を引き出した。
台詞といい行動といい、どうしてこうも……。
エマよりは若干マイルドに感じる物言いだが、どうせアレだ、倒して
なにひとつ、安心できる材料がない。
「マリア。お前はエマちゃんでも呼んでくれ」
だが、あの時とは違う。
アリスが人形斬りを片手に、私を護るかのように前に立った。
「ちょっと、このお姉さんと遊んでみたくなったんだよね」
目頭が熱くなる。
私の旅の成果、集めてきた肉盾が、初めてまともに機能しそうな気配だ。
「判りました。ただ、油断はしないように。本人も厄介ですが、あの刀も遠隔では詳しい情報が探れません。エマの『落日』と同レベルのモノである可能性を考慮に入れて下さい」
バイザーを取り出しながら声を掛けるその背中は、振り返ること無く答える。
「ああ、なんとなくヤバいのは
あれ?
私はまた別の、悪い予感に囚われる。
早めにエマを呼んでくれ、とか、そういう台詞を期待する私だったが、この耳に届いたのは。
「楽しみなんだよね」
笑うような歌うような、楽しげなそれだった。
私は急いでバイザーを付けると、まずはカーラへと念話を繋げる。
その脳裏に去来していたのは、在りし日の、勇んで挑み掛かってきたアリスが私に一瞬で組み伏せられた、あの日の出来事だった。
余計なことに気を回している時間が有るなら、速やかにエマを呼びましょう。