アリス、と言う人形については、評価も様々であろうと思う。
押しかけ同行者、考えるより先に手が出る短絡者、私には初邂逅で地面に転がされた上に座椅子にされ、エマには未だに勝てない噛ませ犬。
そのどれもが事実であったが、同時にそれは、望まぬとは言え、共に旅をしてきた私から見た彼女に対する現在の評とは些かズレが生じている。
では何故、そうなっているのかと言えば。
私がアレを素直に評価する事は無いし、その機会も殆ど無かったからである。
「はあん? なんだい、アンタも人形なのかい? 知らない人形の筈なんだけど……なんでだろうね? なんだか懐かしさというか、妙な親近感があるね」
サラの右手にぶら下げた刀の切っ先は当然のように地面を睨んでおり、アリスの方に向いているのは持ち主の姿勢だけだ。
素直にアリスへと興味が移ったのは、元より私に対してはほとんど関心を持っていなかったか、それとも、私たちを同等に警戒していたからか。
「確かに、私は殆ど名も知られちゃいない、マイナーな人形師の作だからね。まあ、その辺のアンタの違和感は、機会が有れば説明するよ。で?
一方でアリスは、やはり特に気負って構えを取って見せるような事はしていない、と見せかけて……それよりもっとヤバい立ち姿で、サラに対峙した。
抜き身の切っ先を、サラに突き付けたのだ。
此処までの旅の経験が無ければ、私はきっと、盛大に溜息を漏らしていただろう。
私も我慢強くなったものである。
「英雄ってのが良く
サラの口角と、その切っ先が上がる。
「ときめいちゃうね」
嫌な告白も有ったものである。
両者は互いに得物を交差させるように掲げ、周囲は静寂に包まれる。
夜行性の動物たちも息を潜め、或いはとうに逃げ去っているのだろう。
私の耳には、手短に事情を説明したカーラがエマに事情を説明している声が届いているが、それもどこか遠くのものに思える。
斯くして、私が対化け物用の怪物を呼び出している最中、その幕は静かに切って落とされたのだった。
レベル差でアリス優位、だが相手は得体の知れない刀を持つ、近接戦闘特化の人形だ。
そもそも、レベルというものは肉体的な強度を
アリスの研鑽は間近で見ていたが、当然サラのそれは未知数。
さてどうなるか、そんな呑気な観戦者の前で、動きを見せたのはサラのほうが僅かに早かった。
相対した位置から尚踏み込んで横薙ぎの斬撃を放つサラに対し、アリスもまた踏み込みながら身を沈め、通り過ぎるようにしてその刃をやり過ごす。
なんでそうなったのかは私には解説出来ないが、当然、それで終わりな訳は無い。
返礼というように、振り返り様にやはり振り払うような横薙ぎを放つアリスに、サラはその刃の上を滑るように飛び抜け、逆さになった姿勢でその刃を振り下ろす。
アリスから見て下からせり上がるその斬撃を紙一重でやり過ごし、その左拳がサラの顔面を捉えた――かに見えたが、やはり左手で受け止め、その勢いにまかせて距離を開けたサラは空中で器用に身を翻らせると、何事も無かったかのように平然と立っている。
「ハッ、やっぱりおっかないね。なんだいそのデタラメな動きと斬撃は。いきなり壊されるかと思ったよ」
軽口を叩くアリスは、やはり自然体のままで、相手がどう動こうが対応できるように神経を研ぎ澄ませている。
その有り様は、鏡で写したかのように、サラも同じであった。
「いやいやいや、アンタもやるもんじゃないか。やっぱり、自分より強いのと闘うってのは良いね。生きてるってカンジがするよ」
口調が近く、互いに称え合うような軽口を叩いているが、互いにまだ本気は見せて居ない。
生きてるも何もお前は人形だろう、と言う台詞は呑み込む。
初めて相対したサラには
余裕なく私に襲いかかってきたあの向こう見ずな人形が、私たちと旅をする――主にエマの遊び相手を勤める――中で着実に実力を高め、冒険者時代に培った経験を昇華させた現在の姿には、かつての余裕の無さはない。
魔力紋を解放したのも私と同時期で、私とともにエマの相手をして修練室の床に転がる常連でも有るが、では、私とアリスが相対すればどうなるのか? と言えば。
此処最近は、3回に2回は私が敗北している。
そこまでしても全く勝てる要素が見いだせないエマが怪物過ぎるのは、何処に苦情を出せば良いのか。
そんなエマよりレベルが低いとは言え、同じザガン人形のサラを前に、アリスが油断など出来る筈もない、それは
今はこちらを向いているアリスの、ヒトを食ったような笑みを浮かべたその表情の中、欠片も油断している様子のないその
サラが動く。
アリスに気を取られていたとは言え、私はその動きを暫し見失う。
しかし、アリスはきっちりと合わせて動いた。
相対している以上目を離したりはしない、それは当然だろうが、なんと言えば良いだろうか。
私の警告をきちんと聞き入れていたアリスは、サラの振るう刃に自身の剣を合わせには行かない。
そもそも刃物を刃物で受け止めるのが論外であり、余程の場合でなければやってはいけない。
そんな事は皆百も承知なのだが、実際にはそうしなければ凌げない場面が有るのは仕方がないのだが。
で、そんな状況のアリスがどうしているのかと言えば。
次々と向けられるその縦横の剣撃を、掻い潜り、或いはいなし、アリスは全てを回避している。
その分積極的な攻勢には出れていないが、だからと言って……相手の間合いに身を置いたままで全部躱すとか、控え目に言ってどうかしていると思う。
見ることに徹しているその姿には、攻撃に意識を向け過ぎて私に敗北した、あの日の姿はない。
思えばあの日以降、彼女はずっと、相対する存在がどれ程の実力か、まず見ることを徹底している様だった。
森の賢者と出会ったときも、双子の化け物と不死姫に遭遇したときも。
メアリに出会った時でさえ。
相手のスタンス、主義主張も含め、彼我の実力差をもーーやや自身の評価が低すぎるきらいは有るにしても――見極める、それに腐心していた。
余程、私に組み伏せられたのが悔しかったのか。
今ではすっかり私より強くなった彼女だが、私がアリスを真に恐れるのは。
彼女は未だに私を格上と認識し、ただの修練であろうとも、一切の油断を捨てて素直な心で私をも見ている、その事実だ。
斬り下ろし、薙ぎ払い、吹き抜けたと思えば同じ軌道で追撃が走る。
あの日のエマの連撃を彷彿とさせるサラの斬撃を、アリスはただ回避する。
私から見ても、サラのその動きは柔軟に繋がり、反撃の機会がなかなか見出だせない。
しかし、激しく立ち位置が入れ替わるアリスの表情には、焦りも驕りも無く、その口元には笑みさえ咲いている。
同じ様に微笑む、と言うには些か剣呑なサラの笑みとその斬撃に、エマの声が重なった気がした。
気の所為かと思ったが、よくよく耳を澄ませてみれば、カーラ謹製のバイザーから実際に声が聞こえる。
私はそれでようやく――アリスとサラの立ち会いに魅せられていたのだと、気付かされたのだった。
素直に障壁なりを使えば封殺も出来るでしょうに。頼りにならない二代目ですね。