山中にて、木漏れ日のような淡い月明かりを跳ね返し、銀光が尾を引く。
瞬く間に、まるで咲くように次々と顕れるそれを、無駄のない動きで見を捻り、沈め、後退し、時に踏み込んで相手との位置を入れ替え、アリスは踊るような身のこなしで回避する。
私では……障壁ありきで回避がやや疎かになっているような私では、あの様な立ち回りは到底出来るものではない。
サラの振る刀は時折周囲の木々の枝を払い、木の葉や枝が2体の周囲を舞う。
私は暫し、バイザーから漏れる声を聞き流し、夜の闇に踊る2つの影に、目を奪われた。
「あーっ!! アリスちゃんずるいっ! 私も遊びたいっ!」
カーラからの準備完了の連絡と、その向こうから聞こえてくる再三のエマの急かす声に押されて「霊廟」の扉を出せば、私がドアノブに手を掛けるよりも先に勢いよく開く。
余程楽しみにしていたのか、転がるようにドアを抜けて出て来たエマは、踊るように剣戟を繰り出すサラと、それを回避し続けるアリスに気付くと即座に頬を膨らませてしまった。
サラはともかく、アリスにしてみればとんだ言い掛かりであろう。
いや、アリスも割とアレな感じでは有ったかもしれない。
「……あ? なんでお前が……って言うか、今ドコから出てきた?」
エマの甲高い声に、流石に無視する気が起きなかったのか、サラが動きを止めてこちらに顔を向けている。
その顔からは先程までの薄笑いは消え去っており、ただただ疑問符が浮いている、そんな様子だ。
思わぬ所で思わぬ者と出会えば、ザガン人形でもこうなる、と言うことか。
「やっほー! サラちゃん、久しぶりだねぇ! 200年くらいだっけ?」
そんなサラに対して、お冠だった筈のエマはにこにこと手を振って見せている。
感情の起伏がどうとか言う以前に、もはや恐怖だ。
「いや、250年くらいだと思うんだけど……いやだから、なんでエマが此処に居るんだ? お前、とっくにブッ壊されたって聞いてたけど?」
思い掛けない出会い、にしてはサラの反応が少しばかり様子がおかしい。
その口から漏れるのは、聞き流して良いモノだろうか?
エマが破壊された? 誰に? 何処で?
「おいおい、余所見とか余裕にも程が有るだろ」
私が気になった事を問い質すより早く、アリスがその口を開いた。
エマに気付いたサラが飛び退いた関係で、2体の距離は開いている。
「いやいやいやいや、待ってくれよ。なんだってんだ今日は。余裕どころの話じゃないぞ。むしろ今の私は大パニックなんだが? そもそも人形が2体連れ立ってるのも珍しいのに、それにエマまで? そっちの黒ドレスノッポも人形だろう? って言うかホント、お前らはドコから出てきた? そっちの3式を名乗る妹も謎ってか怪しいし、ちょっと遊ぶどころじゃ無くなったんだけど?」
全く警戒を緩める様子の無いアリスに対し、サラはこれでもかと隙を晒している。
あろうことかその切っ先は完全に下がり、それは自然体で構えていると言うには余りにも気の抜けた姿勢である。
そしてその口から漏れるのは、まるでアリスの口調を私が真似たような、それはそれは立派な愚痴だ。
言葉通り先程までは遊んでいた、と言う所なのだろうが、その割には殺気というか、斬撃には一片の躊躇も遠慮も無かった。
「あれぇ? サラちゃん、ヤる気無くなっちゃったぁ? なんだかごめんねぇ?」
明らかにテンションが下がったサラの様子に、エマが申し訳無さそうに口を開く。
今宵のエマは、表情が良く回る。
さしものアリスも、相手が完全に殺気を収めてエマや私に非難の矛先を向けているとなれば、シリアスを維持するのも難しい様子だ。
なんとなくブラブラと剣を揺らせていたかと思えば、溜息とともにそれを鞘に戻し、そして頭を掻く。
「ああもう、なんだってのはこっちの台詞だよ。いきなり走ってきたかと思えば刀を向けて来て、それじゃあ踊ろうかと思えば、急にやる気を失くしやがって。緊張感を返せ、私の緊張感を」
口調が良く似ていて、そしてこちらも愚痴を零すものだから、これはもう刃傷沙汰はないだろう。
私の考えも大概おかしいとは思うが、それこそもう、この場面で緊張の糸は張れまい。
アリスの真似ではないが、返せと言うなら、私が2体に感じた憧れにも似た嫉妬を返して欲しい。
「やる気を削いだのはそっちだろ。私だって、久々、って言うか初めて私より強そうな奴に会えて嬉しかったのに。返せよ、私の初めてを」
もはや薄ら笑いどころか、じっとりと半眼をアリスに向けて恨み言を並べるサラだが、発言の締めに危険な香りを漂わせていることに、本人は気付いているのか。
「いや、アンタの初めてとかいらんし、むしろ押し付けてくんな」
大抵のことは笑っていなすか適当に受け入れるアリスも、それは拒否の構えのようだ。
戦闘に臨むのはともかく、そんな物騒な初体験の相手役に目されるのは良い気分では無いらしい。
私も、そんなものは特に羨ましいとも思わない。
「なんだとお!? こんな良い女の『初めて』だぞ!? 喜んで頂くもんだろうが! もっと激しく愛し合おうぜ!」
「そういうのは男に言え! 私にそんな趣味は無いし、自分で良い女とか言うな! ってか、言い方! 言い方をもっと考えろこのバカ!」
何処に女のプライドを感じていたのか、サラが急にアリスに詰め寄る。
と言うか、まさか意識的な発言であったのか。
下手をすると、先程までの剣戟よりもうっとおし……厄介そうだ。
そんなサラに若干押されつつも、アリスはもはやいつもの私やカーラに対するように、少しばかり雑な物言いになってきている。
なるほど、口調は似ていても、
どういう事についてかは、まあ、各々の想像にお任せするし、私は
「あれぇ? もう、ふたりで遊ばないのぉ?」
でなければ、エマの発言にもうっかりと余計な想像が及んでしまい、笑……困惑してしまうからだ。
私も含めて視線を集中させれば、そこには上目遣いの狂戦士が、なにかお
非道く残念なことに、私はこの小娘型殺戮人形の本性を良く知っているので、そんな姿を見てもドキリともしないし、何なら溜息が漏れるだけだ。
せっかく荒事が収まったというのに、何故蒸し返そうとするのか……は、まあ、エマだから、と言うより他にないか。
「エマ、落ち着きなさい。……サラ、申し訳ないのですが、闘争欲求が満たされたのなら、少しお話をしませんか? それとも、改めて私たち4体を相手に、暴れてみますか?」
完全にやる気どころか、いつの間にか刀を武器庫に納めてしまったサラに、私は言葉を向ける。
「お? うーん、初めてが複数ってのも悪くないけど……流石に私、壊れちゃうかな? で? 話って?」
おちゃらけた口調はどこか投げ遣りで、少なくとも見た目通り、戦闘継続の意思はない様子だ。
私たちを同時に相手取るのが危険だと判断した、と言うよりも、本当に単純に、毒気を抜かれたのだろう。
それはとても良いのだが。
「まずはその物言いを……」
「だから言い方ァ!」
軽めの注意で済まそうとする私の言葉を、アリスの端的な叫びが上書きする。
今までとは少しばかりベクトルの違う、付き合いに疲れそうな人形の出現。
状況が違えば、間違いなくエマを止めなかっただろうに。
私はその状況というものを鑑みて、そして項垂れるのだった。
……お父様はどうして、こんな人形を……。