物凄く気が進まない私だが、実のところサラ本体には然程の危険は感じていない。
……勘違いはして欲しくないのだが、脅威だとは思いつつ、その上で危険ではないと感じたのだ。
少なくとも、私たちを認識して居たにも関わらず、いきなり襲い掛かってくるのではなく、まずは確認をした点がひとつ。
つまり、私たちが戦闘の意思を見せるまでは敵意を見せなかった点がひとつ。
それだけで、某爆殺人形とは印象が随分違う。
後は……まあ、うん、なんというか、実際に対峙してみると色々と圧倒はされるのだが、それは緊張感とは無縁というか、恐怖のベクトルが違うというか……。
並べてみれば曖昧でふわふわした理由なのだが、驚いたことに私の仲間……人形組の方はほぼ私と同様の有り様で、エマ以外は何処か納得がいかないのに警戒するのもなんだか難しいという、揃いも揃って大丈夫なのか? という体たらくでサラを「霊廟」に迎え入れることになったのだ。
エマが警戒感とか緊張感を見せないのはいつもの事なので、今回も安定の無視である。
クアラスの港で聞いたサラの逸話等から判断して、まあ、ニナに対して即殺意を向けるような真似はしないだろうが……また別の心配もある。
悪影響だけは、及ぼさないで欲しいものだ。
「おー? なんだ、普通の人間だな? なんだか良く判んないけど、よろしくな?」
「えっ? えっ? あの? えっ?」
見た目で言えば上半身はブラになにか羽織ってるだけで、下半身は少しばかり際ど目なホットパンツ姿の痴女に、元気娘でおなじみのニナは狼狽え固まっている。
まあ、得体の知れない変質者に遭遇すれば、ああもなろう。
「それにしてもちっこいなー。飴ちゃん食べるか? あ、ゴメン切らしてたわ」
何やら
早々に諦めたサラは、ズカズカとニナに近寄ると、ワシャワシャとその頭を撫でる。
呆れ加減の私はともかく、エマが反応していないのだから問題はないのだろう、多分。
「……マリアは特殊過ぎるから別として、これまでにエマ、キャロル、それとメアリか。ザガン人形には何体か出会ったが、何というか、話が違いすぎはしないか?」
しみじみと、溜息まで纏った声に目を向ければ、カーラが大仰に肩を竦めている。
声音と態度に騙されそうになるが、こいつ、さり気なく私を変人枠に押し込まなかったか?
「クロエとか言うのも居ただろ? アレはザガン人形っぽかったけどな。なんかアレは、話が通じる気がしなかったし」
「話が通じないでザガン人形認定なら、マリアは立派なザガン人形という事になるぞ?」
「間違っちゃいないだろ」
「確かに」
そんなカーラに答えるアリスだが、それに続く軽妙で小憎らしいやり取りは頂けない。
誰に話が通じないのか。
私ほど心が広く、聡明で、そして優しい人形など他に居るまい。
……何故だろう、妙な虚しさを感じる。
言葉にしなくて良かった。
「え、ええと、カーラさん、マリアさん。こちらの方は、その……?」
私たちの誰も、エマでさえもサラとニナの邂逅を傍観しているだけの状況に、言い知れぬ不安でも感じたのだろうか。
ニナにはこの「霊廟」の管理者がカーラであること、私は単にこの「霊廟」を護る者でしか無いことを伝えており、以来、何か有ればまずはカーラに報告なり相談なりをするようになっている。
当のカーラは私の嫌がらせの一環だと思いこんでいる様子だが、好い加減気付いても良かろうに。
「ああ、済まないな、ニナ。本人に自己紹介を任せようと思ったのだが、まったくそんな気配もないな。流石はマリアやエマの姉だ」
呆れ声が向けられているというのに、サラは何が楽しいのか、ずっとニナの頭を撫で続けている。
辛うじて笑顔のままのエマだが、その気配も微妙に変化してきているし、そろそろ止めたほうが良いと思うのだが……サラは気づく筈もない。
ニナの方は、私やエマの姉、という所に小さく反応したようだ。
聡明だと思うが、今はニナよりもカーラだ。
言いたい事が有るなら、ハッキリと言ったらどうだろうか?
「んあ? ああ、そっかそっか。悪いねお嬢ちゃん、私はサラ。こう見えて悪逆非道なザガン人形の
カーラに睨みを効かせる私を他所に、サラはようやく自分がまだ何の挨拶もしていないと思い出したらしい。
こういう粗忽さは確かにエマの姉と言って問題ないと思うが、私とは似ても似つかないだろう。
私は、初対面の人間には……いや、理由が無ければ自分から名乗ることは無いか……?
「え? エマちゃんのお姉さん? って、『
サラの名乗りを受けて、ニナは初めキョトンとし、そして直ぐに反応する。
目の前の痴女が寝物語の英雄なのだと気付いたらしく、驚きに目を丸くしている様子は年相応で可愛らしくさえ思える。
「英雄、ねえ? なんて言うかこう、歯痒いっていうか、どうにも落ち着かないね。言うほど強敵と戦った覚えもないし、然程強いワケでもないんだけどね」
そんな英雄さまは、バツが悪そうに頭を掻く。
アリスが「見切った」と大口を叩いていたが、アレが全力だったとも限らない。
あの流れるような連撃を繰り出しておいて、少なくとも弱いわけはないと思うのだが、サラは自分が強いとは思っていないらしい。
それ以前に、聞いた逸話がどの程度盛られているかは不明にしろ、ある程度の軍勢を相手にひとりで大暴れした事も有るらしいし、その時点で化け物では有るのだ。
……アリスと同タイプなのは口調だけでは無いらしく、非常に厄介な事だ。
「あんだけ振れて、弱い訳ないだろうが。私が本気でやって、勝てるかどうかって感じだろ」
そのアリスが、「次は斬り捨てる」的な発言を忘れて口を尖らせる。
あれは本心半分、ハッタリ半分といったモノだったのかも知れない。
私の感想で言えば、あのままやり合っていたらアリスが勝っただろうとは思うが。
……どちらの味方か?
私はどちらの味方でも無い。
そもそも肉盾は仲間ではなく道具だし、サラは何となく迎え入れたものの、まだ完全に気を許した
「ねえねえ、サラちゃん? ニナちゃんから離れよ? ずっと頭撫でてるのって、どうかと思うなぁ?」
そんなアリスとの心温まる交流の最中も、サラはニナの頭から手を離さなかった。
それはそれですごいし、されるがままのニナが少し心配にもなるが、そんなことよりエマがお冠の様子だ。
顔は笑顔だが、口調もいつもとあまり変わりはないが、なんだろうか、その笑顔が怖いと言うか。
「あっ。わ、悪いなお嬢ちゃん? ついつい可愛らしかったモンでな?」
マズイと思ったのか、サラはニナを解放し、降参のように両手を軽く上げて見せる。
私は小さく溜息を落とし、エマへ歩み寄るとその頭を撫でる。
「ええ? なぁに、マリアちゃん? くすぐったいよぉ?」
言う割には満更でも無さそうなエマの頭をひとしきり撫でながら、私は考える。
微妙なレベルのストレスが多すぎる。
こんな時は、何か甘いものが食べたい、と。
甘いものが食べたいなら、作れば良いではないですか。