エマに毒気とか色々毟り取られたサラを厳選した客間に放り込み、私たちはそれぞれ自室に戻りそれぞれが睡眠を楽しんで、明けて翌朝。
……サラを意図的にヒューゴが使っていた客室に押し込んだり、エマの部屋にニナがお泊りしたりと微笑ましいエピソードはそれなりに有るのだが、私がすこぶる疲れていたので割愛である。
「……で? お姉さまは何故、故郷から遠く離れたこんな所で、よりにもよって英雄なんて職業に就いているのですか?」
ニナお手製の朝食を堪能した私たちは、いつものように談話室に屯していた。
勝手のわからないサラはひとりで「霊廟」の中を歩く自信が無かったらしく、大人しく私たちに付いてきたばかりに、今こうして私の半眼を浴びる羽目に陥っている。
朝から酒瓶を取り出すダメ人形ことアリスと、さり気なくそのアリスの向こうに陣取って紅茶を楽しむ風を装って身を守っているカーラも、サラの現状に至るまでにはそれなりに興味が有りそうだ。
ニナもちらちらとこちらの様子を伺っているが、エマの相手で忙しいらしい。
「はあん? いやあ、だってさあ? 人間を殺せとか、陰気な命令貰ってもねえ? 最初は従ったけど、やり過ぎるととんでもない目に遭うって、実の妹が実例を見せてくれたしさ」
真面目に答える気が有るのかイマイチ判りにくい答えを返してくると、サラはその視線をエマの方に向ける。
当然のように、エマはサラの方を見ては居ない。
……何をやらかして、どんな目に遭ったんだ、エマ。
余計なことに興味の矛先が向きそうになるが、私は軽く咳払いしてそれを押し留める。
「では、お姉さまはマスターの命令に背いて、こんな所まで逃げてきた、と?」
私もまたエマの方に視線を向けながら、口先は意地悪な質問をサラに投げつける。
エマが小さく反応したが、目の前のニナは気付いた様子もない。
「そうだよ? いくら私がそこそこ強いからって、流石に軍レベルで向かってこられるとねえ。そうそう負けるとか無いけど、武器がね? ミスリル合金の剣だって、血と脂ですーぐダメになっちゃうし? たまたま面白いモン拾えたけど、これに出会うまでは何本使い潰したか。研ぎとか手入れとか、苦手なんだよねえ」
しかしサラはあっさりと逃げ出したことを肯定し、それに重ねるのはどうでも良い愚痴だ。
苦手で済ませているから、武器を使い潰すような事になるんだろうに。
と言うか、どれだけの人数を斬ったらミスリル合金の剣がそんな事になるのか、ちょっと興味が湧いてしまう。
「あの刀の事ですか? お姉さまは、何処であの刀を手に入れたのです?」
またしても悪い癖が発動しそうになり、今度は抑えようとして別の横道に入り込んでしまった。
誘惑の横道の多い話である。
サラはそれまでは室内のあちこちに遊ばせていた視線を私に向けると、件の刀を、抜身で武器庫から取り出した。
「んー。どうでも良いけどその気色の悪いお姉様呼び、やめない? 心が籠もってないから、胡散臭さがひとしおなんだよねえ」
サラ越しに見えるアリスが、静かに、ブランデーで満たされたグラスをテーブルに戻す。
右手には、いつの間に出したのか、人形斬りが握られている。
血の気の多い仲間を、私は視線で制する。
「この刀は、どの辺だっけなあ? 寝床にしてた遺跡の床が抜けてね。落ちた先に、鞘ごと転がってたんだ。いやあ、良い拾い物したよ」
周囲の様子を気にしないのか気付かないのか、あっさりと私から視線を外すと、サラはうっとりと愛刀を眺める。
「ヒトを斬る……殺すのは別に構わないけどね? 私は、どうにも何かが壊れてるらしいのさ。泣いているヒトを見ると、この辺が苦しくなる」
そんな恍惚の相も束の間、表情を引き締めると、サラは再び私を見ながら、空いている左手の親指を自分の胸に向けた。
話の転換が急で少しばかり戸惑ったが、どうやらそれが、マスター・ザガンの命令に背いた主な要因、という事らしい。
「……それで、人助けを続けるうちに、英雄と呼ばれるに至った訳ですか」
「そうだね。英雄なんて呼ばれるのは嫌いだけどさ、感謝されるのは素直に嬉しかったよ」
私に向いている筈の目が、私ではなく、何処か遠くを見ている。
「で、暫く好き勝手暴れてたら、なんだか平和になっちゃってねえ? まあそれも悪くない、なんて思ってたんだけど、30年くらい前になんだか北のほうが怪しい感じになってきて」
思い起こすように言葉を紡ぐサラだが、時間感覚の大雑把さに、私は言葉も無い。
何となく聞いていた様子では最近の話題のようだったが、思い起こせばお伽噺の英雄なのだ。
それはつまり、暴れたのは随分と昔の出来事なのだろう。
ニナのような若い世代では実感としては知らない、クアラスで出会ったカーツくんその他も、出会ったことはない、そう言っていた。
そんな存在にあっさり出会えた事に加え、何よりも姉妹人形である、と言うのが妙な身近さを呼び起こし、どうにも感覚が狂ってしまった所に、本人の軽い語り口である。
その上で、まるで昨日の事のように持ち出した時間が30年程前、と来た。
人形のタイムスケールと言うか、大らかさと言うか、やはり人間のそれとは食い違うのだな、という部分を見せつけられた気分だ。
感心する要素が少しもない、というのもまた、ある意味で凄い事だと思う。
「で、ここ10年くらいかな? あちこちに戦争吹っ掛けてるかと思えば、コソコソとこの山を抜けて南へちょっかい掛けようとしたりさ? 鬱陶しいし放っとくと小さな村から襲われるし、なるべく見つけたら潰してたんだ」
そこで1度言葉を切り、サラはじっと私を見詰める。
「で、昨夜も見回ってたんだけど、珍しく魔法で探知された感覚がするし、そっちに向かってみればこれまた珍しくやたら強い反応が有るし、こりゃヤバいの送り込んできてたのか、見逃すところだったって急いでみたら、お前らだし」
不満げな半眼を向けられているが、サラの言い分はそのまま私たち言い分にも置き換わる。
期間が短いとは言え私たちも北からの侵入者には辟易していたし、その先に強い反応が有ったから警戒を強めたのも同じだ。
で、出会ってしまうまでの妙な緊張感とその後の虚脱感も同様である。
それにしても、ここ10年程の事情について変に詳しいと言うか、世捨て人のように生きていたらしい口ぶりの割には世俗のことを良く知っているものだ。
山の中の出来事については、夜な夜な徘徊していたようだし、或いはその徘徊で出会った不審者――この場合、どちらがより不審であろうか――に対して尋問でも行った結果、件の国について知った、という事は有りそうだが。
「で? お前らは、なんでまたこの国に来てるんだ? 親父様の国どころか、大陸レベルでヒトが居なくなったか?」
刀の峰で自分の肩を叩きながら、楽しそうに、サラはとんでもない事を持ち出して話題を変える。
幾ら何でも、大陸ひとつ滅ぼすほど酔狂ではない。
少なくとも、私は。
「それほど殺伐とした理由ではなくて申し訳御座いませんが、ただの物見遊山ですよ」
溜息を堪えて、私は静かに目を伏せる。
私の回答に対するサラの反応が予想出来る事も、溜息が漏れそうになった理由だ。
「はあん? なんだそりゃ? まるで人間だな?」
別にこの為に取っていた訳では無いのだが、予想通り過ぎるサラの返答に、私は堪えきれなくなった溜息を落とすのだった。
溜息をつきたいのは、マリアを含む貴女達全員の行動を見させられている私の方です。