迷子のマリア   作:naow

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……事此処に至るまで、国名のひとつも調べなかったのですか?


走る、走る。

 昼前から山中に繰り出した私たちは、サラの先導で走る。

 クアラスの港を擁する国、ノヴァック(最近知った)の北に横たわる中央山岳帯。

 正確には隣国となるハイペリオ(カーラが言っていた)との間に広がるこの山岳帯は、穏やかな山相から峻厳たる威容まで、様々な面を見せると言う。

 

 私たちが走るのは比較的穏やかで、それ故に行き来も容易な地点。

 行き来が容易だからこそ、侵攻の際にルートとして選ばれるのは当然なのは素人な私でも想像出来る。

「ほれ、ボチボチ見えてきたぞ。アレが向こうの砦だ」

 サラが言うので視線を向ければ、行く手の木立の間から、その姿が確認出来た。

 

 遠目に見ても堅牢かつ巨大であり、威嚇効果は充分だろう。

 ハイペリオ――国名が判ると色々と便利である――側は、こんなものが有ってはおちおち畑仕事に勤しむことも出来まい。

 仕方がないので監視用に砦を建設し軍を常備させているとの事で、無闇に火種を燻らされては良い迷惑だという例になってしまっている。

 

 まあ、今日から暫くは、ハイペリオの皆様には多少は気を緩めて頂けるようになるであろう。

 

「カーラ、聞こえますか? こちらは目的地を視認しました。貴女(あなた)とエマの準備はどうなっていますか?」

 

 私は例のバイザーの左耳側に手を添え、念話を繋ぐ。

 本来は別に手で触れる必要など無いのだが、何となく気分である。

 それにしても、現状顔の半分程度を覆ってしまうこのバイザーはゴツ過ぎる。

 カーラには小型化を願い出ているが、流石にまだ完成の報はない。

 

「こちらはいつでも出られる、というかむしろ早くしないとエマがお冠だ。すねて出撃拒否、なんて事は無いだろうが、出した途端に我々ごと爆破されては堪らんぞ」

 

 目的地を目視出来たのでまずは一報を、と思えば、返ってきた言葉に私は頭痛を知覚する。

 もちろん、カーラにエマの手綱が取れるとは思っては居ない。

 だからこその切り札、悪魔を鎮める心優しい村娘はどうしたのか。

 

「……ニナはどうしたのですか? エマの近くには居ないのですか?」

 

 ニナが居れば、エマは比較的安定する筈なのだが。

 そんな疑問を言葉にすれば、返ってきたのはまずは深い溜息だった。

 

「5分程前までは居たぞ? そろそろ目的地近くで、場合に依っては扉を開けた途端に矢なりなんなりが飛び込んで来かねないから、と、自室に戻って貰ったのだ。それまではおとなしかったのだがな」

 

 カーラに同情するとは、今日はなかなかに珍しい日だ。

 今日の運勢は、果たして吉か凶か。

 

 それにしても5分。

 たったの5分で痺れを切らしたらしい。

 

「内側から扉を開けようとするから、その先は亜空間だと何度も止めているのだ。頼むから急いでくれ」

 

 カーラの苦労を滲ませる声色とその内容から、エマの行動が良く見えた。

 私、或いはカーラが中に入って扉を閉めている状態ならば、残された扉が亜空間に隠れるだけで座標は動かない。

 だが、私かカーラが外に出て、残ってしまった扉をどちらかが運ぶとなれば、当然魔法鞄(マジックバッグ)の中、と言うことになる。

 そんな状態で扉を開けて飛び出したりすれば、居場所が「霊廟」の中から魔法鞄(マジックバッグ)の中に変わるだけで、外に出られる筈もない。

 

 エマには何度か説明したと思ったのだが、アレは私の夢か何かだったのだろうか?

 

 釣られたような私の溜息に、アリスがちらりと視線を向けてくる。

 が、何かを言ってくるようなことはない。

 

 大方、何が起こっているのか、予想出来ているのだろう。

 

「最善を尽くします。くれぐれも、エマを私の魔法鞄(マジックバッグ)から取り出す羽目にならないよう、言い含めて下さい」

「……簡単に言ってくれる……」

 

 私の突き放しに、カーラは心底嫌そうな返事を寄越す。

 そんな私の隣で、アリスがバイザーを装備した。

「カーラ、聞こえるか? エマちゃんに伝えてくれ。あと10分だ、って」

 そして、簡素過ぎる言葉を投げる。

 私は、アリスの方へと視線を流した。

 

「……もう少し早くならないか? 5分なら、エマも待てると思うが」

 

 アリスの機転を褒めようかと悩む私の耳に、カーラからの厚かましい注文が入る。

 私の方を見たアリスは、小さく笑っていた。

「了解だ。5分で敵のど真ん中に出るから、暴れて欲しいって伝えてくれ」

「恩に着る!」

 比較的簡素なやり取りで、アリスは会話を了した。

 そのまま、私へと視線を寄越す。

 

「こういうのはな、具体的にあとどれくらいかを、ちょっと長めに伝えるのがコツなんだよ。予定が早まって文句が出ることなんかそんなに無いし、相手が急かすようなら出来るギリギリのちょい手前を言ってみれば良い。って訳だから、あと3分で乗り込むぞ」

 

 私を見ながら、アリスは偉そうに説明する。

 そんな営業の取り方みたいな事を、と思ったのだが、実際にカーラは納得してしまった。

 

「3分はだいぶギリギリだと思うんですが……まあ、何とかしますか。それでは、索敵は最低限にします。サラ、そしてアリス、私に合わせる必要は有りません。貴女(あなた)たちを追いますので、先行どうぞ」

 

 周囲の警戒の為にあちこち走らせていた探査を切り、探知だけを起動させた私に、先頭を走るサラが振り返り、アリスが頷く。

 

「ほいよ、そんじゃまあ、本気で走ろうかね。お前ら、慌てて転ぶんじゃないよ?」

 

 それだけ言うと、サラは私達の返事を待たずに最大速度で走り出す。

 それを追って、アリスが、そして私が走る。

 

 真っ直ぐ砦に向かうのではなく、少し路を逸れて国境沿いに向かい、そこにそびえる壁を駆け上る。

 たまたま哨戒していたアイセスブルト兵らしき3名の首を、サラが音も無く刎ねる。

 偶然居合わせたばかりに運の無い事だと思うが、同情の心はあまり無い。

 

 何事もなかったように壁の反対へと身を躍らせた私たちは敵地へと降り立ったが、感慨を抱くでもなく、そのまま壁沿いに砦方面へと走る。

 進路には、探知の反応はない。

 

「砦への突入は、私が先行します。突入後の周辺の確保は、お2体(ふたり)にお任せします」

「へ? 近くでエマを呼び出すんじゃないのか?」

 

 私が宣言すると、サラは振り返って少しばかり間の抜けた声を上げる。

 

「……単に暴れたいだけだよ、コイツは。ウチで一番面倒臭いのは、後ろの性悪女だからな」

 

 そのサラの隣で、アリスは振り返りもしない。

 そちらへと視線を向けてから、もう一度振り向いたサラはなんとも言えない顔をしている。

 

「失礼ですね。撤回を求めます」

「うるさいよ、向こう見ずの突撃系バカ」

 

 さすがに黙っているわけにも行かず、苦情を申し入れるが流され、その上罵倒まで受けてしまった。

 あまりの理不尽に、何か気の利いた嫌味でも投げ付けてやろうかと思えば。

 

「……アリス、お前……苦労してんだな?」

 

 何故かサラの同情が、アリスへと向いてしまうのだった。




……サラにまで……。
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