苦々しく眺めていた敵国の砦、というか要塞が突然爆散したのだから、ハイペリオ側の砦の皆さまはとても驚いたことであろう。
元アイセスブルト要塞(仮)は半径200メートル程度の、クレーターと言うには浅い窪地に姿を変え、その爆心地では私も呆然とするしか無いのだから。
初めてエマと出会った時に比べて魔力も大幅に上昇し、必然障壁も頑強になった筈なのだが、13層も展開した障壁は9層吹き飛ばされた。
更に言えば無事なのは3層のみで、外側の1層はダメージが大きく、もはや障壁として機能しそうにない。
変に見栄を張って7層とかにしていたら、冗談抜きで私たちも吹き飛ばされていただろう。
私の背筋を粟立たせた怪物は、その身どころか服にも傷ひとつなく、ヘラヘラと笑っている。
遠くでは何やら怒号が飛び交っているが、要塞の外に居たものがそこそこ居たらしい。
遠目に見ても負傷したと思しき者がいる辺り、離れて居たからと言って必ずしも無事で済んだわけでは無さそうだ。
ハイペリオ側にも瓦礫が飛散したであろうし、人的被害が出ていないことを祈るばかりだ。
「うへえ、ホントに手加減ナシだな、エマ。それでも生き残ってるのがそこそこ居るみたいで、結構なことじゃないか」
私が言葉も無く立ち尽くしていると、サラが私の肩越しに、右手を額の前に翳して遠くを見るような仕草をしている。
人が呆然としていると思って、随分と気安い真似をしてくれるものだ。
「……マリア。お前……本当に、エマに勝った事が有るのか……?」
私の後ろで、カーラがぼそりと呟く。
それは私が聞きたいことだ。
カーラの言葉に反発心を抱く事もなく、私の口は素直に言葉を紡ぎ出す。
「エマが本気を出す前に両腕を潰しましたし、当時のエマの
カーラのお陰で幾分か思考が戻ってきた私は、どうにかいつもの調子を取り戻した。
取り戻せたと思うが、どうだろうか?
実際、あの時の私の体たらくでは、実際にそうなっていた可能性のほうが高いだろう。
普段だったら私のちっぽけなプライドが邪魔して素直には言えないだろうが、この惨状を見せられては……空虚な強がりを見せる気にもなれない。
「うーん、そうかなぁ? 私は、今のマリアちゃんでも私に勝てると思ってるよぉ?」
まだ呆然気味な私に、エマが慰めの言葉をくれる。
彼女なりの気遣いなのだろうが、それを素直に受け入れるには少しばかりの抵抗がある。
……どう楽観的に対エマ再戦をシュミレートしても、難易度は下がらない。
「おいおい、お前どんだけ魔力込めてたんだよ。なんか顔色も悪いし……。ま、後片付けは任せて休んでな」
サラとは逆側から現れ、私の顔を覗き込むアリス。
人形だと言うのに、私の顔は血の気を失っているらしい。
……障壁に注いでいた魔力量に気が付いたのなら、何故今の私がこんな有り様なのか、見当が付いても良さそうな物なのだが。
「サラ、それとエマちゃん! まだゴミが残ってるから、掃除するよ!」
しかし深く考えるような素振りも見せず、軽く私の肩を叩くと、アリスは声を上げた。
私の前では清々しい笑顔のエマが振り返り、私の右肩ではサラがニヤリと笑う。
「はぁい! 暴れるよぉ!」
元気な返事のエマだが、今さっきの大爆発は暴れた内には入らないと申すか。
もう、ホントやだ、なにこの爆弾人形。
「ほいよ。まあ、適当に暴れますかねえ」
アリスを真似たかのように私の肩を軽く叩き、サラは刀を片手に軽やかに私の前に歩み出る。
さり気なく気を遣われたらしい私と、そっと戦力から除外されたカーラを残し、3体が走る。
200メートル余りを一瞬で走り抜けて、そこから展開されるのは一方的な地獄の押しつけだ。
戦闘どころか、既に満身創痍な兵士もちらほら見受けられるというのに、なんとも容赦のないことである。
「……まあ、あの連中に任せておけば、すぐに終わるだろう。次は、あの壁沿いに東か?」
残された私とカーラはなんとなく横並びになり、なんとなく顔を見合わせた。
「……そうですね。なんというか、もうちょっと激しいやりとりとか、面倒なあれこれとか、色々と想像していたのですが……」
言いながら足元を見下ろした私は、すぐにその視線を東方向、そこに伸びている境界線らしき壁に向ける。
無駄に背が高く厚みがあり、上には歩哨の兵士が居た事も確認していた。
此処に来るにあたってはなんとなく壁を乗り越えてしまったが、次までの移動はそれらを片付けつつ、あれをの上を走ったほうが早いだろう。
「あの上を伝えば、すんなり到着出来そうですね?」
私の言葉に、カーラも視線を動かしたようだ。
「……わざわざ
溜息混じりに称賛風の嫌味を口にすると、大げさな身振りでカーラは右腕を翳す。
「少しだけ、行く手の掃除をしておくぞ。とは言っても、それほど遠くまでは行けないがな」
その動きが必要かは不明だが、カーラと私の周囲には、彼女の
以前は鼻らしき稜線はあったものの、目も口も無かった人形たち。
今現れたそれは、目と閉じられた瞼の膨らみ、柔らかに見える唇の程よい厚さが見られた。
全ては同じ意匠であるが、それらが付け加えられただけで随分と印象が違う。
随分とまあ……相変わらず私に無断で各種素材を使ってくれているようで、結構なことである。
「なるほど、それではお願いします。急がなければ、エマたちが戻ってきてしまいますよ?」
称賛の言葉も費用請求の通告も呑み込み、私はカーラの目を見る。
私の内心など知る由もないカーラは、にやりと笑って頷いてみせた。
「任せよ。なあに、追いつかれたなら仕舞えば良いだけだ。行け、
何の自信か、そもそもそれは自信なのかいまひとつ不明瞭だが、やる気だけは伝わってくる。
魔力で操作すれば良いだけなのに何故か号令を掛け、これまた何故か
防御壁の上に駆け上り、或いは跳び乗る人形たちを見送りながら、私は特に意味もなく口を開く。
「カーラ。彼女たちは、もしかして人工精霊を搭載しているのですか?」
見送る私の背後で、得意げな気配を感じる。
なんだか少しだけ癪に障ったので、振り返ったりはしない。
「ふっふっふっ。そうか、そう思ったか。実はな? ……アレは全て、私の操作だ!」
「……」
勝ち誇ったようなカーラの言葉に、私は何も言わず、視線を向け直すこともない。
「今の私に、高度な人工精霊を作る技術は無い!」
どこか嬉しそうに聞こえるが、自慢出来る台詞ではない。
つまり、命令したように見せたのも、それに従って人形たちが礼をしたように見えたのも、全部がカーラのひとり遊びだったということだ。
あっという間に小さくなり、やがて見えなくる
マリアのその残念な気持ちは、とても理解できます(マリアをじっと見ながら)。