エマが本気過ぎて、恐れ慄いた私はカーラの手を借りて「霊廟」へと逃げた。
本気にしても限度があると思うのだが、あれではまるで自身の安全を何も考えていない。
今まで余程押さえ付け過ぎたのか、ストレスでも抱え込みすぎたのか。
……なんだか両方な気がする。
とは言え、抑えなければ此処までで幾つの街がどれほどの被害を受けていたのか。
一応は私たちも「遊び相手」を努めたりしていたのだが、それではストレスの発散には足りなかったのか。
「エマめ、魔力を全部使い切る
カーラもまた顔色悪く、閉ざされた通用口を見る。
その先では、エマの暴虐がどの程度発揮されたのか。
知るのは恐ろしいが、確認しないわけにも行かない。
私はのろのろと立ち上がり、扉に近づくと周辺、と言うか扉の向こうの様子を探るための探知魔法を起動し、遠視魔法を応用した確認用のモニターも同時に起動する。
モニターの向こうは土煙か砂塵か判らないモノが立ち込め、見るだけ無駄な様相である。
探知の方には、エマの反応が確かに有った。
「霊廟」の機能と同期して格段に上昇した私の探知範囲の中に、エマの反応だけが。
「……カーラ。これをどう思います? 周囲がやけに静かです」
少しだけ呆然としてしまった私が思い出した様に声を絞り出せば、呼ばれたと思ったカーラと、やはり顔色は良くないながらも興味を惹かれたらしいアリスと、調子を取り戻したのか脳天気な様子のサラまでが寄ってくる。
「……エマは無事、らしいがモニターが役に立っていないな。それよりも……」
カーラは判っていることを口に出してから、モニターに向けて手を翳して魔力を送り込む。
「……エマのアレは何だ? マリア、お前は何か知っているのか?」
そうして何やら魔法を操っている風なカーラは、声だけを私に向けてくる。
知っていたらカーラに声を掛けはしない……とは思ったが、そんな思いはひとまず置いて、私は口を開く。
「私が知っている、と言うか対峙したのは、前方に向けて放つ爆発です。先の要塞を崩壊させた魔法ですら、私にとっては初見ですよ?」
少なくとも初対面時、その全周囲爆発やさっきの触れもせずに破壊をもたらす、そしておそらくは爆ぜるであろう光球の様な攻撃を繰り出されていたら、きっと私は此処には居まい。
背筋が冷えるのを隠しながら、私は視線をカーラと、その向こうにいるアリスへと向ける。
アリスは私を見て、そして小さく頷いていた。
「私も、それしか知らなかったね。後はもう、大体短刀か長剣振り回してたからね、あの子」
カーラが寝こけていた荒屋を跡形もなく消し去った、あの光景を思い出したらしいアリスが私に追従する。
そんな私たちを眺めていた、純粋なザガン人形がどうでも良さそうに軽口を挟んできた。
「何が有ったか知らないけど、エマは随分と
私と出会ったあの時。
エマが自分の設計コンセプトに反抗してくれていて、本当に良かった。
サラの説明に、私は心底思う。
場にそぐわない安堵を抱いた私だったが、その耳にはカーラの乾いた、不吉な声が滑り込んできた。
「……半径500メートルだと? 馬鹿な、そんな可愛げの有る代物ではないぞ」
その声に反応して視線を戻せば、カーラはただ瞠目してモニターを凝視している、その様な姿勢のまま動いていない。
「とにかく、エマを収容する。すぐにメンテナンスポッドに運ぶぞ」
すっかりと顔色を無くしたカーラは、それだけ言うとようやく
エマの反応は通常のそれと同じだと思ったのだが、「霊廟」の機能と同期したカーラは私よりも詳しい状況を視たのだろう。
その上で、エマが危険だと判断したらしい。
探知ではなく、探査か鑑定でも使ったのだろうか。
カーラの出した「扉」は私の持つものよりも上位であるため、私では開けられない。
それに気付いたらしいカーラがノブに手を掛け、扉を押し開ける。
「半径で言えば、およそ2キロに及ぶ広大な破壊範囲だ。それを要塞にひとつ、更に周囲の敵性反応等に向けて残りをバラ撒いたのだろう」
カーラの背に続く私たちに、不吉すぎる言葉が聞こえた気がした。
……半径2キロ? 何の冗談だ?
「……魔力の大半を自身の防御に回して尚、この威力だ。こんなものを至近で受けて、エマが本当に無事である筈がない」
カーラの声を耳にしながら、私の前に広がるのは、一瞬方角を見失うほどの拓けきった空間だった。
周囲に有ったはずの関連施設や国境線代わりの分厚い防壁も、敷地を囲っていた森林も、全てが一緒くたに破砕されていた。
その爆発は一定範囲内の空気をも弾き飛ばしたのだろう。
突如生み出された真空地帯は、生まれてすぐに周囲の空気を、その他と一緒に一気に吸い込んだらしい。
クレーターと化したそこには、もはや元がなんだか判らない瓦礫があちこちに散らばっている。
地面がガラス化しているように見えるのが気の所為で無ければ、余程の高温と高圧に晒されたと言う事なのだろう。
「モニターが使えなかったのは、この周囲の魔素が一時的に吹き払われたからか、或いは扉が閉まる寸前、エマの爆発の影響を受けてしまった為かもしれん」
自分の「扉」を
見渡す限り、およそ人工物と思しきものは無くなってしまった様に見える。
私の探知を限界まで走らせても、人間らしき反応どころか動物類の反応も無い。
私たちと、少し離れたところにエマの反応が有るだけだ。
「要塞の破壊だけなら、先に使った物と同じ魔法で良かった筈だ。何故、エマはこんな……まるで暴走ではないか」
カーラを真似てエマの方へと歩きながら、私は心が落ち着きつつあると感じていた。
そもそも、エマはその存在自体が暴走しているようなものだ――その程度の事を考えられる程度には。
「……これは……
現場を実際に目にし、小さな緊張を含んだサラの平板な声も、往時を知らない私ではピンとこない。
考えたくないだけだと言うのは、自分でも良く
私は、現在のエマについてはともかく、出会った当初のエマが「己の設計思想に反発を続けていたから強いのだ」と評したのは、間違っていたのだと痛感した。
魔法を嫌い、それを敬遠していたエマは、弱くなっていたのだ。
そんな彼女が
「あー、マリアちゃんだぁ」
歩く私たちの先に、エマは居た。
「ごめんねぇ、ちょぉっと本気出しすぎちゃったぁ。ちょっともう歩けそうにないから、運んでくれるかなぁ?」
カーラは、なんと言っていたか?
エマは、その大半の魔力を費やし……己の防御にも尽力していた筈だ。
そんな彼女は、痛々しいほどに半壊したその四肢で、辛うじて立っていた。
両腕は完全に
或いは人工筋繊維どころか、その
その両足は、立っていることこそ出来ているが、あちこち吹き飛んでしまい、やはり
いや、その
私はらしくもなく、何かを言う前に駆け寄っていた。
背後では、私に付いてくるアリスの気配と、カーラが「扉」を展開した気配が伝わってくる。
「すぐに運びます。魔力炉は無事ですか? 人工精霊は……頭部のダメージはどうですか?」
努めて冷静を装いながら、しかしそれに失敗して、私はエマの
「どっちも大丈夫だよぉ。だけど、魔力を使いすぎちゃったぁ。ごめんねぇ?」
私の腕の中で横抱きにされながら、右目を失ったエマはにっこりと微笑む。
痛みとは無縁の人形だが、それでもその姿を見せつけられるのは、心が痛い。
「お気になさらずに。すぐに、メンテナスポッドに運びます」
エマの顔が、笑みの形に崩れる。
本人が大丈夫と言っているのだし、フレームも損傷はあれど全て残ってはいるので、何も問題は無い。
私は自分に言い聞かせるように、「霊廟」へと急ぐ。
「えへへ。なんだかねぇ、エリスちゃんの敵なんだって思ったら、ついね、やりすぎちゃったんだぁ」
いつも元気に跳ね回るエマが、私の腕の中でおとなしく、いつも以上に小さく見える。
エマが抱えていた想いを心に留めながら、しかし返事を返すのももどかしく、私は走るだけだった。
「爆殺」エマが、人間の為に? 随分な冗句ですね?