エマをメンテナンスポッドに放り込み、修復には相応に時間が掛かりそうなので、私たちはひとまず談話室に屯している。
気を利かせてくれたニナが軽食を乗せたワゴンを押してきてくれたので、昼食もここで摂る、と言う形になった。
「これからどうするのだ? エマは修復と魔力回復に時間が掛かるだろうし、マリアも魔力を無駄に……無闇に消費してしまっただろう?」
サラダサンドを頬張っていたカーラが、食事の手を止めて私を見た。
……のは良いのだが、さり気なく私をディスろうとして言葉を選び、結局あんまり隠せていないのはどういう事なのか。
「あー、そういや最初は3つくらい砦を落として、それからアイセスブルト国内で適当に騒ぎを起こしてトンズラする、って話だったよな?」
こちらはグリルした鶏肉のサンドイッチを頬張りながら、サラも私に顔を向けてきた。
人形生活が長かった割りに、随分普通に食事に混ざっている。
コイツもまた、人形としては変わり者なのだろう。
「……そうですね。勢いが付いていたので、あとひとつくらいは砦を潰しておきたかったのですが……不甲斐無いことです」
嫌味で返そうと思っても、私の魔力が低下しているのは事実である。
たまごサラダのサンドイッチを頬張る前に苦虫を噛み潰してから、私は素直に心情を吐露した。
そんな私にどうでも良さそうな調子で、軽く声を投げて寄越したのはアリスだった。
「いや? それ、お前やエマちゃんが居なくても出来るだろ? 私もサラも余裕有るし、カーラも大丈夫なんじゃないの?」
私は行儀も忘れてサンドイッチを咥えたままアリスの方に顔を向ける。
「ん? まあ、壁越えがいるかどうかで変わりはするが、ただの人間相手なら私でもどうとでもなるな」
サラダを突付いていたカーラが、アリスの言葉に少しだけ考える素振りを見せてから、案外軽く答える。
「はあん? 私もちゃんと数に入れて貰ってんだねえ? 建物は頑張らないとダメそうだけど、殺すだけなら余裕よ、ヨユー」
「砦そのものに関しては、確かカーラになんか奥の手有るんだろ? だったら私らの相手は人間だし、楽勝じゃないの?」
チキングリルサンドが気に入ったらしいサラが、嬉しそうに2個めを頬張りながら軽口を叩き、アリスが朗らかに応じる。
……気楽に構えすぎて足を掬われそうとか色々と気になるのだが、それ以前にこの場にはニナも居るのだ。
もう少しだけでも、発言に気を使ってはどうだろうか?
ちらりとニナを見てみれば、どうして良いのか判らず引き攣った笑みを浮かべている。
この様な会話に慣れろと言うのは、普通の人間であるニナには酷であろうし、そもそも筋が違うとも思う。
それは置くとしても、アリスの提案にはなるほどと頷かされる。
「霊廟」の出入りはカーラが居れば良いし、そのカーラも戦闘能力を備えていない訳ではない。
むしろ操り人形を展開すれば私たちの中でもかなりの戦力となるし、建築物の破壊に関してもアリスの言う通りで、カーラは物騒な爆弾を100個単位で持っている。
アリスは冒険者としての活動の中で、サラは思うがままに、それぞれ対人の経験は必要以上に踏んで来ただろう。
現状を考えると、私やエマが居なくとも特に問題は無いだろうし、想定外の事が起きたのなら素直に撤退すれば良いのだ。
……撤退に失敗? 私に影響が無ければ、特に問題は無いだろう。
そうなると、懸念と言うには小さな事かも知れないが……気になっていたことを解消さえすれば、本当に任せてしまっても良さそうだ。
「あまりニナの前で物騒なことを言わないようにして下さい。さておき、アリスの案は良いと思います」
私は少しだけと決めて食事の手を止め、アリスを見ながら言葉を紡ぎ、それからサラへと視線を固定した。
サラはと言えば、私の視線に気付いて目を向けては来るものの、グリルチキンサンドに夢中の様子である。
……何個食べる
「その前に、サラ。
呆れを抑え込んで声を発すると、カーラとアリスは勘付いた顔で私とサラを交互に見たが、当のサラには何のことやら
私の言葉に動きを止めたものの、その
「……はあ? なんだって?」
そしてその口から押し出されたのは、不信感丸出しの、しかし知性とは縁遠いモノだった。
諸々の経験を経ていた、サラを除いた私たち。
作戦決行はおおよそ1時間後、と決めて、何のことか
ちなみに、エマが修復されているのは隣の部屋である。
「それではサラ、脱いで下さい」
「はああ!? なっ、何言い出してんだいきなり!?」
諸々の説明を省いて行動を促しただけで、サラは大いに慌てふためく。
ほぼ下着の様な姿で、今更何を恥ずかしがるというのか。
そもそも、お前が何を考えているかは詮索しないが、想像しているような事ではないから、顔を赤らめるのをやめろ。
「……言葉が足りな過ぎるだろ、ちゃんと説明してやれよ」
呆れ顔のアリスが、その表情に良く似た声を私に向けてくる。
わざと言葉を省いたと見抜けないのか気付かないのか、どちらにしても面白みの無い反応である。
「そこに置いてある水槽、先程エマを入れたものと同じですが、それはザガン師による人形の修復用のメンテナンスポッドなのです」
私が指し示せば、サラは取り敢えず視線を動かした。
「……それはまあ、さっきも見たし。でも、私は修理するほどガタは来てないぞ?」
私に顔を戻したサラは、腕組みで胸を隠しつつ、露骨な不信感は隠しもしていない。
何が気に入らないというのか。
確かにサラは、エマほど無茶な暴れ方もせず、自分を凌駕する強敵に叩き潰されるような経験も無かったのだろう。
大きな修復を強引に重ねる事もなかった彼女の
だが、どうしたって200年以上の時間を越えてきたという事実は見過ごせない。
細かな自己回復で処理しきれなかった小さな歪みがひとつも無い、とは言えないだろう。
そして何よりも……特にザガン人形かそれに近い人形にとっては、この設備はただの修復では済まない効果を持っている。
それを体感し、そして目にしたアリスとカーラは私の思惑が理解出来ている筈なのに、何故か私に向けられているのは、とても残念なモノを見る目だ。
「小さな歪みは無視出来ませんし、
特に意識した訳では無いが、なるほど確かに私は少しだけ言葉が足らなかったかも知れないと、小さな溜息を落としてから、説明を始めようと試みる。
「あん? ああ、そう言えば言ってたね。3式……3シリーズってのも良く
変わらず不信感丸出しで、サラは歪み云々は無視し、私の型番について反応する。
相手の興味が向いたのなら、こちらの説明も早い。
私は手短に、自分がマスター・ザガンの最後の作品である事とそれが3シリーズであること、そのメンテナンスポッドを使用すればサラも3シリーズの
「実際に、エマも
説明しながら思い出せば、やはりメアリの完全なる3シリーズ化だけが異常で際立っている。
或いはサラもそうなるのか、少し考えただけでは答えなど出はしない。
「はあん? キャロルとか、また懐かしい名前だね? メアリってのは知らないけど」
浅く想い出に浸る私とは対称的に、サラはいつもの様に、どうでも良さそうな感想を口にする。
物事を深く考えて居ないとしか見えないその有り様だが、しかしその目は、案外と遠くを見ていた。
エマと同じく2シリーズ最初の6体だったサラは、エマまでの姉妹とは直接の面識が有る。
私の知らない姉妹たちとの触れ合い、エマが居なくなった後から自分たちが解き放たれるまでの、それぞれ短かったであろう時間の共有。
当時メアリは存在すらして居なかっただろうし、仮に仕様書が存在したとして、サラの現在の有り様を思えば、それを読んだとも思えない。
それは置いても、やはり彼女なりに、造られた直後の思い出と言うものはそれなりに特別なものなのだろう。
短すぎる、遠い自分を眺める視線を現在に戻し、サラは口を開く。
「3シリーズ化ってのは、
僅かに、ごく僅かに瞳が揺れたのは、思い出を振り返った余波などでは無いだろう。
好い加減そうに見えるその不敵な笑顔の中、今、私に向けられているその
「本当ですよ。エマやキャロルどころか、そこに居るアリス。彼女は元は
私が返すと、サラはその視線をアリスへと向け、そして何やら考え込む。
アリスはと言えば、サラの視線よりもむしろ私の説明に言いたいことが有るらしいが、言い方はともあれ事実では有ると言う事と最終的に微妙に持ち上げられた事から、変に居心地が悪い様子で黙って半眼を私に向けているだけだ。
珍しく褒めたのだから、素直に喜べば良いのに。
「……まあ、私が私でなくなる、って訳じゃ無いなら、何も問題は無いけどね」
「そこだけは保証するよ。私は
いつしか視線をメンテナンスポッドに向けていたサラに、アリスが彼女らしい言葉で、しっかりと返す。
それを受けて、サラはボレロを脱いだ。
「……何を見てるんだい。ちゃんと入るから部屋を出ていくか、せめてあっち見ててくれよ」
上半身はもはやレザー製のブラのみとなったサラは、何故か恥ずかしそうに私たちに言うと、顎で扉の方を示して見せる。
正直、元々そんな格好だったのに今更何を、と再度思わなくもないが、言い合っていても時間を浪費するだけだ。
「操作説明も有りますし、不測の事態が無いとも言えません。お望み通り背を向けていますから、さっさと済ませて下さい」
溜息を
アリスやカーラも、それぞれにサラに背を向けたのが気配で伝わってくる。
サラの裸体に興味が無いと言えば嘘になるが、しかし一方で割りとどうでも良かったりもする。
いつもほぼ裸、という理由だけではなく、彼女は私の興味を引くほどの胸囲を持ち合わせて居ないのだ。
優しい私はそんな事実を告げることをしないし、サラはおろか、アリスもカーラもそんな事に気付く筈も無い。
背後に脱衣しているらしい物音を聞きながら、私は少しだけ残念な気持ちを抱え、サラからの操作に関する質問を待つのだった。
あまり他人様の格好を、とやかく言うものでは有りません。