先行する仲間を追うカーラは、程なくして、防壁の縁に腰掛けるサラとアリスに追いついた。
周囲は血飛沫こそ撒かれているものの、転がる死体の様子も然程酷くはなく、肉片や臓物が無造作に散らばっているというような事も無い。
「随分と、綺麗に片付けているではないか」
思わず感嘆の声を上げると、アリスはムッとした様子で顔を向けた。
「あのな。私だって、無闇に刃を汚したくは無いよ。お前と言いマリアと言い、私を何だと思ってるんだ」
「こっちも同じだね。無理に
アリスの向こうから同じ様に顔を向けるサラだったが、その表情は対比のような笑顔だ。
受け止めるカーラは苦笑いの様相だが、ふと、足元に転がる死体群を見渡す。
「まあ、聞かなかったことにするのは良いとして……どうする? それこそエマであれば、
別にそれは苦でも無いし問題も無いのだが、積極的に集めなければならない程「肉」に困っては居ない。
食用には主にアリスが狩った山野の獣や鳥、更には食用として買い込んだ物も有る。
カーラが人形作成に使うものやメンテナンスポッドで使用する分に関しては、主にマリアとエマが
有っても腐らせる事はないが、現状躍起になって溜め込む理由も無い。
死体の有り様を検分するように眺めていたカーラが顔を上げると、酷く嫌そうな表情のアリスと目が合った。
「……うっかり忘れてた、で済ませちゃダメかな?」
心底嫌そうなアリスの向こうで、サラが不思議そうにアリスに目を向けている。
カーラも内心で言えばサラに近いが、知っているだけにアリスの内心を慮る事が出来なくもない。
アリスの
「良いのではないか? 今日だって、それなりに集めていたのだ。現状で人形の100や200は余裕で作れる程に備蓄は有るのだし、慌てる必要も理由も有るまい」
海を渡る前ならばともかく、今はニナが居るのだ。
食事に人肉を出すわけにも行かないが、カーラが人形造りで消費していたとは言っても、まだまだストックは数多く有る。
ここで10やそこらの死体を見逃した所で、すぐに何かに困ることにはならないだろう。
「ホントかい? いやあ、助かるよ」
「……何がそんなにイヤなんだか。まあ、どっちでも良いんだけどねえ」
安堵をその声にまで乗せるアリスに、サラはどうでも良さそうな表情で、しかし視線を外す事はない。
アリスの事情を知らないからだろう、そう思うカーラだが、一方で考える。
マリアもまた中身は人間だと言うし、見ていて成る程と頷く部分も多いが、しかし。
アリスと比べるまでもなく、マリアの有り様は人間として
マリアの危うさ、浮き沈みの度合いは、どちらかと言えば……造られて間もない人形に近いように見える。
もっと言えば、人間らしさに縋って真似ているだけの、人恋しい人形そのものに見えるのだ。
誤解を恐れずに言うならば、マリアは、人間の理解が……浅い。
サラやエマの妹と言われて、納得出来る程度には。
――マリアとは、何なのか。
考えた所で、カーラには答えは出せない。
「同じ様な姿をした相手から、死体とは言え手足をもぎ取るのはこう、抵抗が有るんだよ。言っても
考え込むカーラを他所に、アリスはサラへと顔を向け直す。
受け止めた方は、理解出来ないと言う事を肩を竦めるジェスチャーで返してから、改めて口を開く。
「なんだそりゃ、殺すのは良いけど食うのはダメって? まるで人間の物言いだな?」
その言葉はカーラを現実に引き戻したが、直接向けられたアリスは頭を掻いてから大きく背筋を伸ばし、そして何でもないことのように答える。
「言ってなかったっけか、私とマリアは、中身は人間なんだよ。だからまあ、お前らから見たら、色々と中途半端なんだろうな」
あっけらかんと答えるアリスに、カーラは静かな、サラは不審げな視線を向ける。
「中身が人間? ガワは人形なのに? それじゃまるで禁忌人形じゃないか。1000年も前の悲恋だったか? まあ、そんな事はどうでも良いんだけどさ」
目元はともかく、口元には緩く微笑みを浮かべたサラは、どこの国とも知れないお伽噺を口にする。
それは、カーラも知っている。
愛する姫を失った悲しさから、姫によく似せた人形の
姫の魂に相応しい
ヒトの言葉すら解さない、化け物と成り果てた。
その最後は王子を喰い殺したと言うものや王子を殺してすぐに行方を眩ませた、悲しむ王子にすぐに破壊された、或いは王子の愛によって姫の人間性が取り戻された等々、様々に語られている。
信じたい話を好きに選べば良いと思うが、カーラの見解としては、その話が事実であったなら……すぐに破壊されただろうと思っている。
人の魂は、長く留まる事はない。
いずれ、この大地を走る地脈に溶け込み、
それを拒んだ魂はどうなるのだろうか?
……余程強い意思を持っていなければ、霧散して結局は地脈に取り込まれるだろう。
件の王子は魂の永遠を信じて、人形の完成に時間を掛け過ぎたのだ。
結果、人形に宿ったのは……たまたま付近を漂っていた獣の魂か、悪ければアンデット化したヒトの魂の残滓だった可能性すらある。
加えて、人形制作のイロハも整っていない時代の話だ。
人形としての出来も粗末で、下手すれば呪術人形の域を出ない代物に、得体の知れない魂か何かを封じて、お姫様になる訳も無い。
まともに動くかどうかも怪しい。
結果、ヒトには見えない挙動で声とも言えない唸りか奇声を発する何かが出来ただけだろう。
なまじ外見を美しく仕上げたが為に、より一層醜悪な怪物に見えた事は、容易に想像出来る。
「アリス、アンタは
古い物語を思い起こしていたカーラは、サラの声で再び意識を現在に戻す。
見れば、一転してアリスが不思議そうな顔でサラを見返し、サラが不敵に微笑んでいる。
「マリアは、狂っては居るけど、人形だろう?」
アリスは答えることも出来ず、口を閉ざす。
カーラは、ただ小さく頷いてサラの言葉を肯定する。
マリアの言っている事を疑う
と、言うよりは、カーラにとってはどちらでも良かった。
人間に焦がれた人形が人間のフリをしているのだとしても、人間が壊れて擦り切れて、人形に近づいているのだとしても。
「どうあれ、マリアはマリアだ。本人が人間だと言い張るなら、好きにさせてやろう。その身が人形であると言うことだけは理解しているのだから」
カーラが口を開くと、サラは興味深そうな視線を、アリスは驚愕の眼差しを、それぞれ同時に向けてきた。
「アリス。マリアは不安定で、危険な人形だ。禁忌人形はお伽噺だが」
カーラは敢えてサラの視線を無視し、アリスのそれと目を合わせながら言葉を紡ぐ。
「マリアはヒトと人形の間で彷徨っている。お前自身も言っていただろう。アレが我々の中で、最も厄介な人形だと」
アリスの
確かに彼女がかつて発言したことだが、彼女自身は、それほど重要なことだと思っていなかったのだろう。
或いは、そんな意図で発した台詞でも無かったのかも知れない。
だが、どんな
少し間を置いてみたが、アリスの口から反論らしき言葉が出てくる様子はない。
「……アレがいつか、現代の禁忌人形に成り果てる可能性は充分にある。私とて、そんな未来は望んでいないし見たくも無いが、その可能性から目を背けるな」
アリスは何かを言おうとして口を動かし、しかしすぐに言葉は出てこない。
もどかしげに目を逸らすと、言い訳をする子供のように、アリスは唇を尖らせた。
「
未来から目を背けて現在の目的を確認するように行く手遥かを見るアリスに、サラは興味深げな視線を、カーラは痛みを堪えるような慈愛の目を向けた。
――その時が来たならば、私はどうするのか。
カーラ自身、その答えにはまだ届いていないのだった。
アリスの素直さには、好感が持てますね。それ以外の、勘の良い人形は……。