ぎこちない表情で固くなってしまった空気を背負い、アリスは行く手遥かに目を凝らす。
そうした所で見える距離に目的の建物は無いのだが、何かしなくては落ち着かないのだ。
その背を眺め、サラは刀の峰で自分の肩を叩く。
「ま、誰が人形で誰が化け物でも、どうでも良いじゃないの。個性だよ、個性」
アリスの心情を思っての発言を装っているが、ヘラヘラとニヤついていてはそうと受け取っては貰えないだろう。
「……お前は、マリアと仲良くなれそうだな? やる気のない慰め方がそっくりだ」
「お? 随分な褒め言葉じゃないか。私の銘は本当は『慈愛』の予定だったんだぞ? あんな鉄面皮の悪魔と一緒にされると、流石に傷ついちゃうね」
「ほざけ。そもそもその言い振りがそっくりではないか。流石は姉妹だな」
カーラとのやりとりに肩を竦めて返し、サラは立ち上がる。
腕組みを解いたカーラは空を見上げ、そして考える。
――今から動くとしても、夕刻にも届かず
「このまま、おおよそ20キロも進めば目的地だ。
未だに暗い表情のアリスとどこまでも呑気に笑っているサラが、カーラの声に反応して振り返る。
「どうせお前たちのほうが先に着くのだろうし、折角だから使い方を覚えて行け」
そんな2体の前でカーラが素体備え付けの保管庫から取り出したのは、拳大の、楕円の球体に何やら取り付けられたような何か。
「……それが、魔力炉の暴走をヒントにしたっていう、爆弾かい?」
カーラの側に歩み寄って素直に受け取りながら、アリスはしげしげとそれを眺める。
それを横目に、サラも同じ様に受け取り、やはり興味深そうに手の中……から少しばかり溢れているその爆発物に目を向けた。
「まあ、簡単に言えばそうだ。起動させてから衝撃を与えれば爆発する。……大丈夫だろうとは思うが、投げるときに全力過ぎると、目の前で爆発する恐れが有る。せめて音速は越えない程度に、適度に手を抜いてくれ。起動方法だが……」
アリスに答え、そして2体に簡単かつ普通は無いであろう注意事項を伝えてから、取り扱いの仕方を説明する。
両名ともにそれなりに真面目に聞いている様子だが、果たして本当に大丈夫なのか、カーラにも判らない。
「なるほどなるほど、とりあえず起動したらすぐに相手にぶつけてやれば良いんだね? で、どれくらいの威力なんだい?」
面白そうに放り投げては受け止めて遊ぶサラの様子にハラハラしながら、カーラは彼女の疑問に答える。
「危ないからそれで遊ぶな。……取り回しの為、と言うよりも素材をケチったから、我々の魔力炉に比べれば容量が遥かに小さい。それひとつで、半径100メートル程度は吹き飛ばすだろう……多分」
「ひゃ……?」
カーラの説明に、サラではなくアリスが顔色を変え、手の中のそれを慎重に握り込む。
「……手で投げるモンにしちゃ、随分過激な爆発じゃないか? 下手に近場で爆発したら巻き込まれるじゃないか」
「だから説明したのだ。なるべく遠くに、そうだな、最低でも目標から150メートルは距離を空けて使え」
「……なるべく遠くに、全力を出しすぎないように? 難しい注文じゃないか……」
思っていたよりも厄介な代物を渡され、アリスは肩を竦める。
そんな危険物を、ひとりあたり2個。
「ちなみに、相手の魔法なり、遠距離の攻撃にぶつかったら?」
「爆発するだろうな」
接敵すれば向こうも攻撃してくる、それを考えての質問に対しての答えは、理解は出来るが頭を抱えるものだった。
150メートルと言えば離れている様に思えるが、相手は軍だ。
その程度の距離で攻撃する手段がないとは思えない。
「……相手の攻撃を掻い潜りながら、全力出さずに投げて……届くのかね?」
もう既に持て余しつつ有る新兵器を、アリスはなんとも言えない目で見下ろしている。
「なあに、何事も工夫次第だ。遠くからぶつけるだけが使い道ではないぞ? 例えば、起動して10秒経てば、衝撃がなくても勝手に炸裂する。それを応用すれば……」
「おい! それはもっと早く言っておけよ! 知らずに先行してたら、下手すりゃ自爆してたぞ!?」
そんなアリスにヒントでも与えようと、どこか得意げなカーラが説明を始める。
だが、それを遮ってアリスがカーラの鼻先に手投げ弾を突き付けながら吠える。
「む? 言っていなかったか?」
「たった今聞いたばかりだよ! それがなきゃ、衝撃を与えなきゃずっと持ってても平気だと思ってたよ!」
「あっはっはっ、これはうっかりしていたな。すまんすまん」
「笑い事じゃないよ!」
アリスとカーラのやりとりに、サラは苦笑いを浮かべて手元を眺める。
そうしてじっと手元の爆発物を眺めているが、アリスとカーラはそんなサラに気付いた様子はない。
「なあなあ、これ、起動したら解除は出来ないのかい?」
横合いから掛かった呑気な声に、カーラはのんびりと視線を向ける。
その視線の先では、いたずらでもしそうな笑顔のサラが、まっすぐに視線を向けていた。
「そうだな、解除は出来ん。出来る限りすぐに投げるか、置いてその場を離れろ」
そんなサラに、当然の事とでも言いたげに、カーラは答える。
――最低でも150メートル以上遠くに投げろとか、10秒で150メートル以上離れるとか、普通の人間にはちょっと難しいんじゃないか? 中級以上の冒険者くらいなら、出来るのか?
カーラの堂々とした受け答えを見ながら、アリスの頭には疑問が湧き上がる。
元より人間向けの武器ではない、と言われればそれまでだが、アリスはついつい、人間の尺度で考える事を止められない。
しかし、サラの言葉、というよりも行動は、アリスだけでなくカーラの思考をも一瞬停止させるものだった。
「そっかー。所で、これ起動しちゃったんだけど? どうしよ?」
「え?」
にこにこと呑気に口を開くサラに、カーラとアリスは声を重ね、そして顔を見合わせる。
「……ばっ、馬鹿者! なんで今起動したのだ!?」
「何してんだお前は! どこか遠く……あっちだ! アイセスブルト側に投げ込め!」
慌てるカーラはオロオロと周囲を見回し、いち早くアリスが方向を指し示しながら叫ぶ。
「あっはははー。お前ら面白いな?」
「良いから早くしろ!」
「
慌てる2体にヘラヘラと笑い返し、サラは手の中の爆弾のひとつを放り投げる。
人間を遥かに超える膂力で放り出されたそれは、あっという間に小さくなり、200メートル程先で炸裂した。
驚くべき飛距離とも言えるが、問題はその爆発が空中で発生したことだ。
それは手元を離れて、体感で3秒あったかどうか。
「……ギリギリだったじゃないか! なんで起動させたんだお前は!」
「ち、力加減を間違えたらあれ、音速越えてたんじゃないか? 色々
サラに詰め寄るカーラと、爆発の余韻を眺めるアリス。
「お前ら、面白いなー」
そして、どこまでも脳天気なサラ。
「面白くないッ!」
またしても、カーラとアリスの声は重なる。
カーラは、
アリスは、恐らく先行して一緒に動く相方がこの有り様で、自分の身をちゃんと守り切れるのかと。
溜息までもが、綺麗に重なるのだった。
サラはバ……少しばかり悪ふざけが過ぎる辺り、本当にマリアに似ていますね?